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shake
パンッ!
絶望を迎えたようにアタフタしている丸山をしばし見ていた前田は、丸山の目の前で手を叩いた。
ピタッと止まる丸山。
「ハァ.....ハァ.....。」
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「まぁ、落ち着けよ。
俺は、何も「今すぐ死ぬ」なんて言ってねぇよ。
そもそも、お前は必ず助からなきゃいけねーんだろ?
ベイビーちゃんのためにもよ。
だったら、まずは落ち着け。
今できる最善を常に考えて、行動する必要があるだろうが。」
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(....た、確かにそうかもしれない。
でも....自分の死が目の前にある状況で、どうやって落ち着けってんだ。)
目の前には、今だ赤黒い手型がビッシリと浮かぶ窓ガラス。
その不気味な光景が、永遠に丸山を夢から覚ましてくれないような感覚にさせる。
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「そういやよ、お前が夢で見たっつーあの首のガキ。
小さい子供を料理して食ってたって?
本当かそりゃ?」
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...思い出したくもない。
丸山は、思い出すだけでも吐き気に襲われた。
おぞましいあの光景も、あの少女の微笑む血だらけの大きな口元も.....。
丸山は、小さく「あぁ。」とだけ呟いた。
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「....そいつは、恐らく「カニバリズム」ってやつだな。
要は人肉食って言えば分かりやすいか?
あのガキはそれの持ち主だ。
その夢の内容が本当に起きた話なんだったらな。」
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カニバリズム....?
丸山は聞いたことがあった。
以前、何かの小説に出てきた聞き慣れない言葉。
それ故に印象的で、忘れてはいなかった。
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「そのガキがどれに属するかは知らねぇが、カニバリズムは色々な原因が考えられてる。
性精神障害、食障害、性とは結びつかない単なる精神病による奇行であるとか、色々だ。
まぁ今でも中国じゃ赤ん坊の脳みそ食ったりするし、日本でも妊婦の胎盤刺身にしたりすんだろ。
それだって一種のカニバリズムだ。
....ま、そんなこと今はどうでもいいんだけどな。」
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薄ら笑いを浮かべながら、前田は淡々と話している。
何故、こいつはそんなこと知ってるのだろうか?
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(もしや、こいつも.....?)
目の前で、ムシャムシャとコンビニのサンドイッチを美味しそうに前田が食べているのを見て、丸山はホッと安心した。
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(....まっ、それは無いか。)
そんなことを考えていた時だった。
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コンコン....
運転席側の窓ガラスを、軽く叩く音がした。
コンビニの店員が、長い間駐車してるのを見て注意しにきたのだろう。
.....そう思ったが、少し前田の様子がおかしい。
まるでノックする手には視線を向けず、険しい表情を浮かべ固まっているのだ。
そして同時に、車の鍵を即座にロックした。
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コンコン....
暗闇に、身体が同化しているからだろうか?
助手席からは、窓ガラスを叩く手しか確認が出来ない。
それも、随分と下から手が伸びているような....。
セダン型の前田の車は、実際かなり車高が低い。
にも関わらず、叩く手はガラスよりも大分低い位置から伸びているのだ。
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「お、おい前....。」
そこまで言いかけた途端、前田がシッ!と焦るように丸山を黙らせた。
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コンコン.....
なおも続くノック。
更に丸山が目を凝らすと、手はまるで血が通っていないのではないかと思う程に青白く、所々に血のような赤黒い「何か」が付着している。
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....すると、しばらくノックが止んだ。
(.....収まった....のか?)
....その時だ。
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shake
ドンッ!!!!
shake
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
shake
sound:18
「!!!!!?」
今度は、その「手」は激しく窓ガラスを叩いた。
(ま、また「アイツ」が....!?)
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丸山は頭を手で抑え、丸まるようにして震えた。
しかし、先程と違うことがある。
.....それは、前田にも見えていることだ。
手は、いずれ車のドアノブへと移った。
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shake
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ....
激しくドアノブを開けようとする音が、車内へ響く。
丸山は、いつ死ぬか分からないことをついさっき知ったことも手伝い、恐怖で頭は真っ白になっていた。
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ドアノブの音が、まるで死へのカウントダウンのように聞こえる。
丸山は、もしこのドアが開いたら「終わり」だと察した上で、震えながら心から「生きたい」と願った。
(神様、神様神様神様...!)
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「....おい、もう大丈夫だぞ。」
どれくらいの時間願い続けていたのだろうか。
前田の声にハッと気づいた時には、すっかり辺りは明るくなりつつあった。
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「なぁ....「アイツ」...だったのか...?」
丸山は、止まらない震えを必死に抑えながら、前田へ聞いた。
前田はしばらく考えた様子だったが、「恐らく...。」とだけ答えた。
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「でも、お前にも見えたってどういうことだ?
運転席側から、あの手はどう見えた?
身体はあったのか??」
丸山は、疑問に思ったことをまとめて前田へ押し付けた。
前田は、また少し考えたような素振りを見せ、こう答えた。
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「さっきの手、どう見ても人間のものじゃねぇわな。
助手席のお前からどう見えていたのかは分からねぇけど、こっから見てもサイドミラーで確認しても、どういうわけか「手」しか見えなかったんだよ。
あと、俺にも見えた理由だが....。」
前田は頭をボリボリと掻きむしりながら、フゥー...と息を吐いた。
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「もしかしたら、俺も呪われちゃってるのかもなぁ〜。」
遠い目をしながら能天気に答える前田に、丸山は怒りなのか不安なのか、自分でもよくわからない心境になった。
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「ま、待てよ。
お、お前が言ったんじゃねえか。
あのテープで首の少女と俺が目が合ったことを、俺に決めたからだとか何とかって...!」
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正直、丸山は前田を相当信用していた。
前田の発言は間違いないと。
しかし、次々に前田の「予想」外の出来事が続き、焦りを隠せなかったのだ。
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「...おい、勘違いすんなよ。
俺だって何でもかんでもわかってるわけじゃねえ。
あくまで推測として話してるだけだ。
もしかしたら呪われたのはお前だけかもしれないし、一緒にいる俺もかもしれない。
テープを見た人間全てかもしれない。
んなこと、あのガキにしか分かるわけねぇだろ??」
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丸山が反論することは到底出来なかった。
悔しいが、前田の全ての発言がごもっともだった。
丸山には、彼程の洞察力も知識も感も無い。
それ故に、本来関係無いはずだった前田という人間に頼っている部分がかなりある。
むしろ頼ること自体、前田にはいい迷惑と言えばその通りなのだ。
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「.....すまん。」
丸山は、結局謝ることしか出来なかったのだったーー。
*************
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ーーしばらく、丸山と前田は会話をしなかった。
外を見ると、出勤するサラリーマンが近くのバス停で待っている。
時間を見ると、午前8時半を回ったところだった。
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「....よっこらしょ。」
前田が、わざとらしく座席に座り直し、丸山の肩をポンっと叩いた。
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「いいか、俺は好きでお前の事情に首を突っ込んでんだ。
だから、気にしなくていい。
それよりも、あと30分弱で市役所が開く時間だ。
今日は忙しくなるから、今からその覚悟でもしとけ。」
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その言葉に返す言葉が見つからない丸山の心中を察した前田は、グッと親指を立てて微笑んだ。
市役所は、コンビニから車で10分程の所にある。
明るくなって初めて見える白山市内の風景は、木々に囲まれた綺麗な街だった。
二人は役所の前に路駐をして、時間が過ぎるのを待った。
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「.....9時だ。行くぞ。」
ガー....
役所の自動ドアを入ると、感じの良さそうな総合案内のおばさんが笑顔で迎えた。
「おはようございます。
どのようなご用件でしょうか?」
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「あぁ、はい。
少しここの地域の歴史や土地について調べたいのですが.....。」
そう言うと、嬉しそうな顔をしたおばさんは元気よく、
「はいっ、それでは正面入って右奥の地域課へどうぞ。」と案内した。
恐らく、自らの地元を詳しく知りたいと言われたことが、地元人として嬉しかったのだろう。
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案内された地域課には、総合案内のおばさんとはうって変わって無愛想な中年男性が出迎えた。
「...ご用件は何でしょうか?」
無愛想なのは、顔だけでなく声もだった。
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「えーっと...
ここら辺の周辺に、昔小さな村があったか調べたいのですが...?
もしくは、神山接骨医院という病院の場所でもいいので知りたいのですが....。」
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一瞬間を置いた男性は、無愛想に「少々お待ち下さい。」とだけ告げ、奥へ消えていった。
丸山は貧乏揺すりをしながら待っていたが、なかなか男性は戻ってこない。
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(....早くしろよ、これだから役人はマイペースだとか言われんだぞ。)
5分ほど経っても戻る気配はなく、二人は地域課の受付の前で待ちぼうけをくらっていた。
更に5分程待っていると、奥から60歳程と見られる男性が出てきた。
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男性は、二人を確認するように見た後で、
「ここではアレなので、此方へどうぞ。」
と、「相談室」と書かれた6畳程の部屋へ案内された。
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(たったあれだけの質問で、なぜ別部屋へ案内されるんだ...?)
「へっ、何かあるなこりゃ。」
前田がボソっと丸山に耳打ちをした。
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相談室の中は、向い合うようにして置かれたソファーと、その間に小さなテーブルのあるシンプルな空間だった。
よく会社にあるような「待合室」のようなイメージだろうか。
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「失礼ですが....。」
男性は、おもむろに口を開いた。
「もう一度、ご用件をお聞きしても宜しいでしょうか?」
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先程の無愛想な男に聞いたのではないのか?
そう疑問に思いつつも、丸山はもう一度男性へ尋ねた。
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「ここら周辺に、昔村がありませんでしたか?
もしくは、神山接骨医院という病院をご存知ではないでしょうか?」
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その質問に、男性は一瞬だが曇った表情を見せたが、すぐに愛想のいい顔へ戻った。
それでも、雑誌編集者として様々な取材をしてきた二人には、それは十分すぎる程の「答え」でもあった。
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(恐らく、この地に何かあるのは間違いなさそうだ。)
男性は質問には答えず、更に丸山達へ尋ねた。
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「もう一つ、失礼ですが...。
村のことをどこでご存知に....?」
心なしか空調が行き届いてる筈なのに、男性の額に汗が滲んでいるように見える。
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丸山は、「信じてはもらえないかもしれませんが」と前置きを入れた上で、正直に今までの経緯を説明した。
すると、男性は小刻みに震えだし、顔を真っ青にしている。
これを見て確信を得た前田が、強気に男性を問いただした。
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「すんませんねぇ、先程説明した通り、黙り込まれる程我々に時間なんて無いんですわ。
あなた、何か知ってるんでしょ?
村について?接骨医院について?
さっさと答えないと...。」
そこまで言った所で、男性は急に口を開いた。
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「申し訳ありませんがっ....!!」
突然声を荒げた男性は、全身に力を入れ震えるように言った。
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「....その件につきましては、私の方から申し上げられることは何もありません。
.....お引き取り下さい。。」
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予想外の返答に唖然とした。
明らかにワケありの反応を示す男性は、ひたすら震えながら俯いている。
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「...ふっ、ふざ....」
つい、丸山が怒りをあらわにしようとした刹那、気づけば前田が男性の胸ぐらを掴んでいた。
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「こら、おっさん。
あんた、そんだけきょどった反応しといてお引き取りとはどういうことだ、ん?
あんたが村や儀式とどういう関係か知らねぇが、知ってることは今日全て吐いてもらうぞ。」
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つい先程まで男性へ怒りを覚えていた丸山だったが、あまりの前田の迫力につい怒りは何処かへいってしまった。
いや、むしろ男性へ少し同情したくなるくらいであった。
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そして、その迫力は十分過ぎる程に男性へも伝わったようだった。
話すことへの恐怖と、前田に対する恐怖が混じり合い、何とも言えない歪んだ表情を浮かべている。
......その時だった。
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コンコン.....
ふいに「相談室」のドアをノックする音。
丸山と前田の身体が一瞬強張る。
コンビニでの一件で、この「ノック音」には多少敏感になっていた。
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「.....失礼致します。
すみません、白山自然の里の会の方からお電話が.....。」
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ところが、二人の期待をイイ意味で裏切るように、入ってきたのは役員の女性。
入るなり前田と男性の様子を見ると、驚いた顔をして男性へ駆け寄った。
「....か、神山さん!
だ、大丈夫ですかっ?」
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「!!!!!!?」
丸山の全身に電気が走った。
(今....この女性は何と言った?
神山....だって?)
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「神山だとぉ....?」
今にも殺人を犯すかと思うほどの前田の目線に、男性は諦めたのか、ストンと全身の力が抜けるようにソファーへ座った。
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「大丈夫だよ、仲葉くん。
彼らは私の知り合いでね、悪いがお茶か何かを持ってきてもらえるかな?」
「は...はい....。」
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女性はチラッと此方を見た後、静かに部屋を出ていった。
あからさまに不審そうな目だったが、まぁ当然だろう。
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「あなたが....まさかあの神山接骨医院の....?」
男性は目を瞑ったまま、はぁー....と深いため息をついた。
そして、覚悟を決めたように二人へ顔を上げた。
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「もう隠し通せませんね....。
先程は、失礼致しました。
お二人の仰る通り、私が神山接骨医院の元院長の神山 敦志と申します。」
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丸山は、前田とアイコンタクトをとりながら神山の正面のソファーへ座った。
前田は、立ったまま神山を見下ろしている。
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「....あの、神山さん。
話しづらいことも多々あるとは思うのですが...
ご協力下さい。
あなたは、「何を」ご存知なのですか?」
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丸山は十分に気を使った上で、神山へ問うた。
.....神山は、重い重い口を開くように、ゆっくりと当時の事を話し始めたのだったーー。
続く
作者鳴終魏-NAOKI-
このお話は、以前投稿させていただきました、「赤い村-絶望-」
の続編となります。
沢山の方に読んでいただき、日々感謝しております。
皆様のご期待に添えられる内容かどうかは分かりませんが、ぜひ読んでいただけると嬉しいです^_^
また、ご感想、誤字脱字、矛盾点など、間違いがあった場合には、ぜひ遠慮なく言って下さい。
宜しくお願い致します。