長編18
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狂〜KURU〜完結

〜セワアロ語〜

この世で一番怖いのは人間だ。

__高二の頃の出来事だった。

正直、入学する前はヤンキーに目をつけられないか心配だった。

そんな心配を他所に俺は平和な学生生活を送っていた。

あの事件が起こるまでわね…。

残念ながら学年に1人だけ虐められているA(仮名)という女子がいた。

高一の夏頃からイジメが始まったらしい。

Aも大したもんで休まず登校していた。

高二の頃はクラスが一緒だったこともあり、イジメ現場をよく見た気がした。

イジメなんかしなきゃいいのにと思うが、面と向かって止めることはできなかった。

多分俺以外にもそーゆう人はいただろうけど、皆見て見ぬフリをしていた。

教師ですら、真剣に対応していなかった。

こういう人達はイジメが世間に知られると、気づきませんでしたとか言って誤魔化すのだろう。

そんな大人達に失望感を抱いている時、俺の目の前でイジメが行われていた。

イジメをしている奴らは同じ学年で男子のX(仮名)、女子のY(仮名)、Z(仮名)の3人だった。

高二になってからイジメはエスカレートしているように思えた。

Aは殴る蹴るなどの暴行を加えられていた。

(この世で一番怖いのは人間だ。平気で人を傷つけ、それに快楽さえ感じてる。)

もちろん周りは見て見ぬフリ。

(この世で一番怖いのは人間だ。傷つけられている人を前にしても助けようとしない。)

結局は俺も見て見ぬフリをしている。最低な人間だ…。

そんなことを考えていると、Aが蹴られてバランスを崩し、机に頭をぶつけた。

イジメている奴ら、X、Y、Zは授業が始まりそうになると何処かへ行った。

俺は頭をぶつけて座り込んでいるAが流石に心配になり、声をかけてみた。

『大丈夫?』

『………。』

Aは無言で自分の席に座った。

(無視かよ)

そう思ったが、口には出さないことにした。

次の日、学校に着くと黒板に落書きがしてあった。

何人かは黒板のほうを見ている。

18782+18782=

そう黒板に大きく書かれていた。

『何あれ?』

友達に聞いてみた。

『わからん、ただの落書きだろ。』

確かに誰が見ても落書きだ。

ただ、気になるのは全クラスにこの落書きがしてあったらしい。

そんな落書きのことはみんな忘れ、いつも通りの一日が始まった。

トイレに行こうと思い廊下を歩いていると、Aがまたイジメられていた。

いつものことだったので通り過ぎ、トイレに向かった。

用をたして教室に戻ろうとした時、まだAがイジメられていた。

イジメているやつはいつものX、Y、ZでそのうちのXがAの首に腕を回している。

Aは苦しそうに手をほどこうともがいている。

それでも周りは見ないふりでX、Y、Zに至っては楽しそうに笑っている。

これは流石にヤバイんじゃないかと思い、声をかけた。

『なあ、それはやり過ぎじゃね?』

これでも一応顔は広いのでそいつらと何回か遊んだこともあった。俺も笑顔を作りながら半ば冗談のように装って、止めようとした。

『そおか?』

Xは"首を締めたら人は死ぬ"という事を知らないのだろうか。

Aは白目になり今にも気絶しそうだった。

これくらい大丈夫だって~、とY、Zもヘラヘラしている。

こいつらには良心というものがないのだろうか。Aとは全く親しくなかったが、どこからか怒りが込み上げてきた。

『ゴホッゴホッ』

咳き込みながらゼーゼーと息をしている。

いつの間にか、Aは解放されていた。

『コラァお前らなにやってる!』

後ろを振り向くと怒鳴りながらくる教師がいた。

X、Y、Zの方に目をやると、もう居なかった。

(その逃げ足を他に生かせばいいのに)

Aに大丈夫か?と声をかけ、あっさりと次の授業があるであろう教室に入って行った。

『保健室で休んどきなよ』

Aはコクンと頷いた。

なんとなく保健室まで見送ることにした。

2人とも無言だったが保健室の扉の前で、

『私推理小説とかに出てくる暗号が好きなんだ。イジメてくる奴らも見ないふりをしている奴らも皆嫌な奴、あなたなら止められるかもね。』とAは呟いて入っていった。

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彼女は何を言っているのだろう。普通に考えてイジメのことだろうけど、残念ながら俺は正義のヒーローじゃないんだ。

翌日、事件は起きた。

Aが包丁を振り回し、42人の生徒と止めに入った2人の男性教師が負傷した。

中でもX、Y、Zは傷が深かったため病室で息を引き取った。

俺も危うく刺されるとこだった。

Aは血まみれで寄ってきて、

『こないだイジメを止めようとしてくれたでしょ?私あなたのこと好きになっちゃった』

こんな状況で狂ってる。

『狂ってる。頭おかしいぞ』

恐怖心からか思わず声が震えた。

『狂ってる?狂ってるのはどっちよ!人を平気でイジメる奴らやそれを見ないフリしている奴らのほうじゃない!!』

にんまりとした表情から一転、鬼のような形相でAは包丁を大きく振りかざそうとした。

その隙に教師が止めに入ったのだった。

あとになって知ったのだが、

18782+18782=という落書き。計算すると37564になる、語呂合せで読むと【皆殺し】

つまり、嫌な奴+嫌な奴=皆殺し

あの時これを書いたのはAで、もしかしたらこの事件のことを止めてほしかったのだろうか。この事件の被害者はAなのかもしれない…。

そんな事件も、時間が経つに連れて徐々に薄れていった。

俺は、大学に入り無事に卒業。

そしてそこそこの会社に就職した。

残念ながら単身赴任中であまり会うことが出来ないが、今では妻と子も出来て幸せだ。

たまに高校時代の友達と飲みに行ったりもする。

風の噂で聞いたのだが、Aはあの事件以来おかしくなってしまいこの辺の精神病院に入院しているらしい。

あと、最近少し困ったことにストーカーにあっている。

カーテンの隙間から外を見ると、女がこちらを見て立っていた。

〜愛して…〜

『まだ居やがる、何時だと思ってんだ。』

時刻は夜の十二時を回っている

俺が仕事から帰って来た時は、八時。

女はその時から居た。

四時間も突っ立ってこちらを見ているなんて正気だとは思えない。

不幸中の幸いか、単身赴任中なので恐らく妻と子どもに被害が及ぶことはないだろう。

もう1週間こんな状態だ。

明日警察に相談しよう。

___3日後。

警察官が見回りに来た。

もちろん、その日も女は居た。

女が金切り声を上げながら警察官に連れていかれていった。

次の日から女は来なくなった。

付きまとわれている感覚は消えなかったが、気のせいだと思うことにした。

数日後、一通の手紙が来た。

『アイシテ、ナツンバ、タモデナ…?』

タモデナ以降も意味のわからない言葉が4文字ずつ並んでいる。

アイシテは"愛して"なのだろうが、ナツンバ、タモデナ…て何だ?

意味のわからない手紙だったが、それが余計に不気味に思えた。

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ア イ シ テ

─────

ナ ツ ン バ

─────

タ モ デ ナ

─────

ノ ミ カ サ

─────

コ テ ラ ナ

─────

ト ル モ イ

もう一度手紙をよく見た。

『…勘弁してくれ。』

怒りと恐怖で気が狂いそうだ。

目の前に笑っている女が見えた気がした。

女はあの時から来ていない…。

〜濫觴〜

W(仮名)は自分の娘を見ると罪悪感と後悔の念が押し寄せる。

女手一つで育てるために、娘が高校に入ってから朝から晩まで働いていた。

そのため家に帰る時は、疲れてすぐに眠ってしまっていた。

(もっと話を聞いてあげれば…)

娘は高校でイジメられていた。

娘は内気で仲のいい友達も少なかった。

イジメにあうようになった頃から、友達は巻き込まれたくないからだろう、離れていった。

教師は見て見ぬフリ、友達もいない。

唯一話を聞いてくれそうな人は母親のWしかいなかった。

しかし、朝から晩まで働くWに余計な心配をかけたくなかったからだろう。

娘は誰にも相談しなかった。

殴られたアザはちょうど服に隠れる部分に出来ており、Wも気づかなかった。

そんな娘の心は壊れてしまい、大きな事件へと発展した。

結果的に少年院へと送られたが、少年法の適用とイジメがあった事が考慮され、1年もしないうちに出てきた。

しかし、それ以来嫌がらせの電話は当たり前。

時折、石やゴミが投げ込まれ、カーテンの隙間から覗かれている事もあった。

日本人形を玄関に置かれたり、バラバラにしたぬいぐるみが置いてあったりと、気味の悪いイタズラもされていた。

娘の一度壊れてしまった心は脆く、世間からのバッシングで再び壊れてしまった。

常に何かに怯えるようになり、自殺未遂をくり返すようになった。

Wは最愛の娘を何とかして守りたかった。

しかし、自分の手で守りたくともこのままでは娘はいつか本当に死んでしまう。

そう思い精神科に通わせる事にした。

しかし、一向に良くならない。

医師の推薦もあり、苦渋の決断だったが入院させる事にした。

病院が違う県にあり、近所からのバッシングも酷かったために引っ越した。

日が経つにつれて徐々に娘も落ち着き始め、母親と普通に会話するようになった。

『ここを出たら何処かに旅行しよっか。遊園地とか。』

『遊園地かぁ、最後に行ったの覚えてないや。行きたいかも。』

『じゃあ決まりね。』

女とは恋愛話が好きな生き物である。

『貴女に彼氏ができたら一緒に出かけてくれなくなるだろうから、今の内に行っとかないと。』

『私には出来ないよ。あんな事しちゃったし。』

『人生長いわ、出来るわよ。好きな人くらいはいるんでしょ?』

『うーん、内緒。』

しかし、親子でここまで楽しそうに恋愛話をするのは稀であろう。

娘の心の傷は少しずつ回復しているように見受けられた。

享年19歳。

娘は自ら命を絶った。

病室で首吊りをしているとこを発見。

職員が慌てて降ろしたが既に息絶えていた。

『苦しかったのね、辛かったのよね。貴女にはもっと幸せな人生を歩んで欲しかった。イジメさえなければこんな事には…。』

Wは遺体を見ても泣かなかった。

葬儀中も葬儀後も同じだった。

まるで現実を受け入れられていないようだった。

数ヶ月後、遊園地に入るWの姿があった。

二枚の入場券を握りしめて。

『お母さん、どれ乗る?』

『まあ、はしゃいじゃって貴女が小さい頃を思い出すわ。』

〜疑い〜

『一緒に死んでぇぇえ!』

包丁を振り回すAの姿に腰を抜かし、動けない。

このまま刺されて死ぬ、そう思った瞬間目が覚めた。

夢か…。

時刻は十八時を回っている。

急いで支度しなければ。

今日は久しぶりに高校時代に仲の良かった友人達と飲みに行くのだ。

待ち合わせ時刻は十八時三十分。

幸いにも家から歩いてすぐの店だ、走れば五分とかからないだろう。

走ったせいで少し息が切れ気味に店に入る。

店員に案内されて連れられると案の定先に誰か来ていた。

『おっ!久しぶり。元気だったか?』

雄一だった。

『よっ!』

そう言って後ろから肩を叩いてきた雅次。

しばらくはたわいもない会話を楽しんだ。

酒も回ってきた頃、ふとストーカーにあっている事を相談した。

『毎週同じ手紙が届くんだ。』

『そーいやお前、Aにも好かれてたよな〜。変な女にモテるな。』

雄一は笑いながらそう言った。

『冗談やめろよ。』

Aの名前が出るとあの事件の記憶が鮮明に蘇る。

あんな事件思い出したくもない。

『警察には言ったのか?』

『ああ、こないだ言ったけど…』

凄く簡単に説明すると、現在のストーカー規制法では、まずストーカー行為をやめなさいと警告し、それでも続くようであれば禁止命令が出され、それでも続くようだとやっと逮捕、もしくは罰金が課せられるという仕組みだそうだ。

『あっ、そーいえばそれAじゃないかも。』

(なんでAの話に戻るんだよ)

俺は心の中で呟いた。

雅次によると昔はこの辺りの病院に入院していたが、すでに亡くなっているらしい。

そして母親がおかしくなり、噂によると二重人格になってしまったらしい。

『あくまで噂だけど。』

『分かったからAの話しはもうやめてくれ。』

もう思い出したくないんだ。

あの事件も、Aの事も…。

二人とも俺がAに刺されそうになったことを知っている為、俺の気持ちを察したのかAの話しはしなくなった。

でも本当は刺されそうになったからだけじゃないんだ。

本当は…

X、Y、Zと出会ったのは高一の終わり頃だった。

『なあなあ、ギター教えてくれん?』

休憩時間中にXが突然話しかけてきた。

それまで全くと言っていいほど接点のなかった俺は一瞬戸惑った。

当時はバンドも組んでいて、確かにギターは多少弾けた。

『いいけど、なんで俺に?』

と聞くと、なんとなくという返事が返ってきた。

で、最初はマンツーマンでXの家に行ったり俺の家に呼んだりで何度かギターを教えていった。

そのうちXのバンド仲間候補のYとZも一緒に集まるようになった。

元々、X、Y、Zは仲が良かったようだ。

たまにその三人と俺の四人でカラオケなんかに行って遊ぶこともあった。

あれはボウリングに行ったときの事だった。

『おい、賭けようぜ。』

Xが言い出したことにYとZがいいねとノッてくる。

俺は賭け事はあまり好きじゃないんだが、女子二人が受けたのに俺だけ嫌だと言うのは気が引けた為、受けることにした。

『じゃあ負けたやつには罰ゲームな。』

そう言ってゲームが始まった。

あの時無理にでも嫌だと言っておけば良かったのかもしれない。

で、結局俺のボロ負け。

他の三人で話し合って罰ゲームを決めているようだ。

『よし、決まった。』

『罰ゲームはAに告白。』

いやいやいや、何言ってんだこの人達。

『なんか飲み物おごるから勘弁してくれよ。』

俺の泣き寝入りも虚しく、三人は意見を変えなかった。

『てかなんでAなんだ?』

俺はこの時、Aが虐められていることを知った。

『あいつ、なんか気に食わないんだよな〜。』

『あいつのツンとした態度マジうざい。』

『ちょっと顔がいいから気取ってんだよ。』

三人ともAに何かされた訳でなく、ただ気に入らないらしい。

まあそんな罰ゲームなんて受ける気はさらさらなかった。

それから少ししてXはギターを諦めたようで、次第に遊ぶこともなくなっていった。

罰ゲームのことはなんとか有耶無耶にしながら二年生になった。

その頃にはX、Y、Zとは学校で顔を合わす程度になっていた。

そして、二年生になった頃からAへのイジメがエスカレートしているように思えた。

俺はある日、見るに見兼ねて三人にイジメはやめないかと言った。

すると俺の予想とは裏腹にあっさりと承諾してきた。

『Aに告白したらな。』

俺は迷った末に罰ゲームを受けることにした。

Aを学校の近くにある河川敷の橋の下に呼び出し、罰ゲームを実行することにした。

『Aの事が好きでした。付き合ってください。』

『………』

Aは何も言わずに俯いている。

『………』

『ごめん。罰ゲームなんだ。』

俺は耐え切れなくなって訳を話した。

『あの、もし良かったらそのまま罰ゲームだと思って付き合ってくれない?』

まさかの答えが返ってきた為、俺は少し戸惑った。

まさに鳩に豆鉄砲とはこの事である。

『あんまり調子乗ってんじゃねえ。』

そう言って少し離れたところから様子を見ていた三人が出てきた。

『あんたと付き合いたいやつなんていねえよ。』

『てか付き合って何するのー?』

『お手手繋いで、チューして、イチャイチャしたいの?』

『ああ、セックスか!』

『ち、違う。私はただ…。』

三人がAを茶化しながら壁側へ追い詰める。

XがAの服を脱がそうとしていた。

俺はその辺りから他人の目で見たものを見せられている様な錯覚に襲われた。

『ゃめ…。』

声がかすれて上手く出ない。

『お前らやめろって!』

今度はしっかり声が出たはずだった。

しかし、三人は止まらずAの下着が露わになっていた。

Xの腕を掴み無理矢理やめさせたが、振り向き様に強烈なストレートを御見舞いされた。

気がつくと、乱れた服装のまま力無く横たわるAが見えた。

その横で何故かズボンを直しているXがいた。

YとZは携帯を見ながら何か興奮気味に喋っていた。

そして、そのまま何処かへ行った。

俺はAに駆け寄り、俺の上着をかけて警察に通報しようとした。

『ごめん。止められなかった。』

それまで抑えられていた感情が溢れ出してきたのだろう。

Aは泣いていた。

『警察に電話するから、その…服直せるか?』

『ゥ…ヒグッ…ぐすっ……待って。』

警察には通報しないでくれとAに頼まれた。

事がことだけに知られたくないのだろう。

俺はAの意見を尊重することにした。

…お……い、おい。

何ぼーっとしてんだよ、と雅次に呼ばれて我に返った。

『なあ、さっき料理とか持って来た人ってAの母親じゃね?』

最初は冗談かと思ったが、適当に飲み物を注文し、名札を確認する。

Aと同じ名字だった。

(どうりで何処かで見たような…)

本当にAの母親(以下Wとする)なのかはさっきの話を聞かれてたらと思うと、気まずくて聞けなかった。

俺たちはその居酒屋を足早に出て、別の場所で飲み直すことにした。

歳のせいだろう。

三人とも眠くなり始めた為、そろそろ帰ろうかということになった。

帰路の途中、誰かが後ろから着いて来ている気がした。

怖くなり走って家まで帰った。

家に帰るなり、すぐに鍵をかけ窓の戸締りもチェックした。

覗き穴や窓から外の様子を伺ったが誰かいる気配はなかった。

それからWらしき人物を自宅近くで見るようになった。

週末の帰りのことだった。

『○君?』

後ろから不意に呼び止められた。

長い黒髪の女性だった。

『私、Aだけど覚えてる?』

Aにしては歳を取りすぎている気がする。

よく見ると居酒屋で見たWだった。

髪を下ろしているせいか居酒屋で見た時とは印象が違う為、気づかなかった。

『人違いです。』

俺はそう言い残し、走ってその場を離れた。

雅次が言っていた、二重人格とはこの事だったのか。

走りながらふと気付いたことがある。

(ストーカー女と似ている?)

それから何日か経った頃。

家に帰ると、鍵が開いていた。

朝閉め忘れたのだろうか?

それとも…。

嫌な胸騒ぎを感じながらもそーっと家に入る。

すると、リビングに誰かがいた。

Wだった。

俺はとっさに外に出て扉を閉めて警察に電話した。

そのまま走って逃げようかと思ったが、物を取られたら困る。

ましてや何かから嫁達がいる家を特定されたらそっちに危険が及ぶのではと脳裏によぎってしまった。

あいつが出てこないよう全体重を使って扉が開かないように押さえた。

そりゃあもう必死だった。

何故ならあいつは包丁を手にしていたから。

Aの姿がフラッシュバックする。

警察が来るまでの間、中から開けてという叫び声が聞こえてきたのは言うまでもない。

『ねぇ、開けて。私はストーカーなんかじゃないわ。』

ストーカーが、はい私がストーカーです、とは言わないだろう。

しばらくすると、警察が来てパトカーへと連行されていった。

連行されるとほぼ同時に、先ほど来た警察官とは別の警察官が来た。

『すいません。一度お話を伺いたいので署の方までご同行お願いします。』

『分かりました。でもその前に何か取られていないかチェックだけしてもいいですか?』

『そうですね。では下でお待ちしております。』

そう言って警察官は一階のほうへ降りて行った。

これで何か取られていたらすぐに取り返してもらわないと…

特に何か取られた形跡は見当たらない。

無事にストーカー女も捕まったことだし、これで一安心かな。

早いうちに会社に訳を話してここから離してもらおう。

それが無理なら辞めて嫁と子のいるとこへ戻ろう。

終わり

…?

……………スーッ。

スーッと暫く使っていない押し入れが開く音がした。

『あの女、邪魔しやがって。』

『ねえ、私のこと嫌いじゃないよね?』

『警察が来て注意してくるんだよ。ストーカー行為をするなって。』

『私達って両想いだよね?』

『両想いはストーカー行為にならないのにね。警察も勘違いしてるから困っちゃうよね。』

『この世界は邪魔が多いから私達二人だけの世界に行こうよ。』

いつからそこにいたんだ?!

それよりもしかして、こいつが本物のストーカー?

だとしたらヤバい。

女はジリジリ近づいてくる。

思わず後ずさりをする。

俺はこの時重大なミスを犯した。

そいつの目の前には先程までWが持っていたであろう包丁が落ちていた。

なぜ拾わなかったのか。

『ずっと一緒。』

そう言いながら女が包丁を手に持ち近づいてくる。

隙を見て外にさえ逃げれば警察がいる。

しかし中々タイミングが見つからない。

『やめなさいっ!』

そう叫び俺の目の前に誰か飛び込んできた。

それと同時にドスッともブスッとも聞こえる鈍い音がした。

飛び込んできたのはWだった。

床には徐々に赤い斑点が出来ていく。

Wを追いかけてきた警察官は少し戸惑った後、本当のストーカー女を取り押さえた。

娘は守れなかったが、娘の好きな人は守れた。そう言ってWは一度目を閉じた。

再び目を開けたが、先程までと雰囲気が違う気がした。

『あの時の…河川敷での事は…気にしなくていいから。

あな…たは何も…悪くない。それ…と刺そうとして…本当にごめ…ん…なさ………』

AがXに襲われたことをWに話したのだろうか。

いや…これはまるで…

『Aか?』

そんなはずがないのは分かっているが、思わず聞いてしまった。

Wはニコッと笑ったのを最後に帰らぬ人となった。

その後は色々あったが嫁と子どものいる家へと帰ることが出来た。おまけにその地区の部署に転勤させてもらうことが出来たので会社も辞めずにすんだ。

ただ、警察に事情聴取されたり、会社に事情を説明して転勤させてもらったり、ニュースにも少し取り上げられたのでしつこい取材を断ったり、嫁が気疲れや疲労で倒れたりと苦労した。

暫くすると落ち着き始め、今では幸せな家庭生活を送っている。

こうして俺が生きていられるのも、Wのおかげだ。

本当に感謝している。

AとWが天国で幸せに暮らしていることを願う。

〜かくれんぼ〜

《数ヶ月前、○○町で起きたストーカー殺人の加害者が、今朝、刑務所内で自殺していたことが判明しました。なお、第一発見者は見回りの警察官…》

『行ってきまーす。』

女子高生が二人、いつもの通学路を自転車で高校へと向かっていた。

『ごめん、ちょっと次の電柱までスピードあげよう。』

『え?ああ、わかった。』

空が変なことを言い出すときは、いつも決まって何か視えるとき。

それを芽依は良く分かっている。

『何かいたの?』

『うん、髪の長い女がね。』

『芽依、一応ここの道暫く通らない方がいいかも。』

明らかにこの世の者ではない雰囲気で、手を前にダランと垂れるようにして立っていた。顔は黒髪に覆われていて口元しか見えなかったが、ニヤリと笑っていた。

『あれは、ヤバいかもね。』

空は、今来た道を振り返りそう言った。

(標的は私達じゃないか、少し安心かな。)

狙われていると思ったのは通り過ぎる際に聞こえた言葉からだった。

『ミィヅゲダアァァ。』

髪の長い女がニヤリと笑う。

____________数時間後。

『あいつが、来る、来る、くる、あいつがく…』

『何か分かったか?』

『いやー、駄目ですね。ずっと[来る]としか言わないですね。』

『やはりそおか、狂ってるのか演技なのか。』

『まったく…、何が[来る]のやら。』

二人の警察官はそう言いながら溜息を漏らしていた。

実の妻と子供を殺害した容疑で、取調室に男が連れて来られていた。取り押さえられた時は、俺はやっていないと言っていたらしい。

だが今は、狂ったように同じ言葉を呟いていて警察は全く証言が取れないでいた。

その警察官を横に取調室に髪の長い女が入ろうとしている。

普通ならば部外者は立ち入り禁止だ。

しかし、警察官の目にはその女の姿が映っていなかった。

『くる、クる、くル、クル、クルクルクルクル、狂。』

取調室にいる男は、ずっと下を向いて呪文のように呟いていた。

不意に正面に何かいる気配がした為、前を向くが…何もいない。

また下に向き直した瞬間、そいつはいた。

目は窪み、肌は白く、口は笑い、不気味な笑みと冷たい手で男の顔を掴んできた。

『ずッとイっしョ。』

う゛わあ゛ぁ゛ぁ゛ああー

叫び声が聞こえてきた為、警察官が取調室に入る。

男は座ったまま死んでいた。

アへへヒヒハハヒヒヒヒヒ。

何処からともなく狂った様に女の笑い声が聞こえていた。

-完-

Concrete
コメント怖い
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kkさん。
コメントありがとございます。
頑張ります。

返信

長編お疲れ様です。
怖さと悲しさと後味悪い感じが好きです。
次回作期待してます。

返信