婚約者の麻衣子を死なせてしまった。二人でドライブに行く道すがらのことだった。運転していた俺の脇見運転により、事故死してしまったのだ。
麻衣子は一人っ子だった。そのためか、彼女の両親は麻衣子のことが大事で大事で仕方がなかったらしい。初めて麻衣子の両親に挨拶した時も、くれぐれも娘のことを宜しく頼むと言われたばかりだったのに……。
葬式の日。俺は麻衣子の母親に呼ばれ、彼女の実家に来ていた。涙を流して土下座し、謝罪すると、母親は寂しそうに笑った。
「今日、あなたを呼んだのは見てもらいたい物があったからなのよ」
そう言うと、母親は本棚から一冊のアルバムを取り出した。最初のページには、赤ん坊の麻衣子が母親に抱かれている写真があった。
「これね、麻衣子が産まれてすぐに撮った写真なのよ。待望の女の子でね……主人と大喜びしたわ」
母親は涙声で言いながら、ページを捲っていく。幼稚園の頃の写真だろうか。麦藁帽子を被った小さな麻衣子がブランコに乗っている写真があった。
「これはあの子が三歳の時。おてんばさんでね、外で遊ぶことが大好きだった。よく近所の公園に遊びに行ってたのよ」
更にページをまくっていく。小学校の入学式と思われる写真があった。紺色のワンピースを着て、赤いランドセルを背負った麻衣子が両親と共に写っていた。はにかむ時、上目遣いになるのは、今も変わらない麻衣子の癖だった。
麻衣子のことを全て知っているようで、何も知らなかった。このアルバムの中には、俺の知らない麻衣子がたくさんいた。たくさんたくさんいて、幸せそうに笑っていた。
でも、もう麻衣子はいないのだ。もうどこを探したって見つからない。子ども好きな麻衣子は、早く自分の子が欲しいとよく言っていた。これから新しい幸せを掴もうとした矢先、死んでしまったのだ。
……俺のせいで。
そう考えると、後から後から涙が出てくる。黙って俯いている俺の肩に手を置き、母親は言った。
「可哀想ね……。麻衣子、可哀想ねぇ……。まだ二十四歳だったのに。仕事も頑張ってたのに。婚約して、結婚して、これから幸せになろうって時だったのに。可哀想ね。可哀想ねぇ。麻衣子……」
か わ い そ う ね。
ガツンと後頭部に衝撃が走った。俺は身を捩らせて倒れ込む。視界の端に、ハンマーを持った麻衣子の父親が俺を見下ろしていた。
「た、たすけて……」
這いつくばって逃げようとしたが、次の一撃が襲ってきた。朦朧とする意識の中、母親が小さく呟いたのが聞こえた。
ーーーだって。
麻衣子が可哀想でしょ?
作者まめのすけ。-2