隣りの部屋が煩いと感じるようになったのは半年ほど前のこと。私の住んでいるアパートの隣室には、若い夫婦と五つになる女の子が住んでいるのだが……どうもわけありの家族らしい。
旦那は仕事をしていないようで、部屋から出る様子がない。一方、妻はパートの仕事をしているらしく、たまに顔を合わせる時があるのだが。顔を合わせても挨拶をしないし、そそくさと立ち去ってしまう。無愛想というか礼儀を欠いた人だった。
夫婦仲も最悪で、酷い時は朝早くから大喧嘩をしていた。初めはお互いの罵り合いから始まり、妻の金切り声が上がったら本格的にバトルモード。食器が割れる音、壁を叩く音、ドタバタとした足音……薄い壁一枚隔ててあるだけなので、全てが筒抜けだった。
夜中まで諍いは止むことはなく、私は布団の中で体をぎゅうと縮こませ、ひたすら堪えるしかなかった。
そんな状態だったのにも関わらず、ここ数日は隣りから一切物音がしなくなった。あれだけ大きな音がしていた時は、睡眠不足で腹立たしかったけれど。しかし、物音がしなくなったらしなくなったでどうも気になる。
「何かあったのかしら」
余計なお節介を承知で、私は隣室へと出向いた。
チャイムを鳴らしてしばらく待つと、奥からトタトタと小さな足音が聞こえた。ガチャン、と扉が開き、中から女の子が顔を覗かせた。
突然の来訪者に驚いたのだろう。ぽかんと口を開けて、私を見つめている。女の子に警戒されないよう、柔らかい口調を意識して尋ねた。
「こんにちは。私、お隣に住んでるんだけど、用事があって来たのよ。ねえ、パパかママはいる?」
女の子はあどけない口調で答えた。
「うん、いるよ。ままはね、おふろはいってる。あかいおみずでじゃぶじゃぶして、つかれてねんねしてる」
「……じゃあ、パパは?」
「ぱぱね、おうちのなかでぶらんこしてる」
ーーーぞわわ。
背筋に寒気が走った。
作者まめのすけ。-2