知人から聞いた話です。
大学生G君と、その恋人である専門学生Sさんのお話です。
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真っ直ぐに伸びた二本のすらりと長い腕。
ほんの数分前までは、真っ白に透き通っていた。
それが今では無数の引っかき傷にミミズ腫れ。
所々、皮膚がえぐられ、血が滲んでいる。
先程までは別の事に集中していた為、気にならなかったが、落ち着いてくると両腕が痛み出した。
とりあえず、シャワーでも浴びてすっきりしよう。
ベッドから立ち上がると、浴室に向かった。
服を脱ぎ、洗面台の鏡に映し出された姿がふいに目に入る。
汚い。
あまりにも汚い。
両腕とその他の部位を見比べると、いかに両腕が醜くなったかは明確だった。
シャワー後、寝室に戻り、ベッドの上に目をやる。
先程まで息をしていたものが、両目を見開き、天井を見つめていた。
呼びかけてみるも反応は無い。
寝よう。
動かなくなった恋人の隣で目を閉じた。
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翌朝。
目が覚めると隣には息絶えたSさんがいた。
G君は昨夜の出来事を思い出そうとしたが、酔っていたせいもあり、断片的にしか思い出す事が出来なかった。
ただ、Sさんとの他愛も無い口げんかが原因でこのような結末になってしまった事は疑う余地が無かった。
G君はまず、何をすべきかを考えた。
携帯電話を取り出し、ボタンを押す。
【1、1、…】
最後に【0】を押すか悩んだが、結局【7】を押した。
G君の耳元に警察では無く、現在の時刻がひたすら繰り返される。
時報を数分間聞き続けた後、G君は携帯を閉じた。
G君の脳裏から【自首】の二文字は消えた。
いかにしてSさんを処分するかを考える事にした。
海に沈める?山に埋める?ゴミに出す?
もちろんどれも却下だった。
マンションの入り口には監視カメラが設置されている為、遺体を持ち出すのはあまりにハイリスクだ。
仮にマンションから上手く持ち出せたとしても、遺棄した遺体が見つかれば交際相手のG君が真っ先に疑われるのは目に見えていた。
【遺体が存在しなければ、事件にはならない】
ふいにテレビで聞いた台詞を思い出した。
遺体をバラバラに解体して、ドラム缶で燃やして証拠隠滅を謀るドラマのワンシーンだ。
バラバラに解体する案は採用するにしても、遺体を燃やすドラム缶なんてこんな都会では用意出来無いし、仮に用意出来たとしても人目に付かず燃やす自身は無かった。
バラバラに解体した後、ミキサーにかけてトイレに流す方法も考えたが、そんな高性能なミキサーは持ち合わせていない。
「あ…」
G君はお腹をさすりながら薄ら笑みを浮かべた。
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浴槽にSさんを座らせ、浴室の床にSさんの家中からかき集めた様々な道具を一通り並べ、G君はじっとSさんを見つめた。
Sさんの髪の毛をつかむと、手にしたハサミで根元から散髪し、剃刀で頭部に残った髪の毛を全て剃り落とした。
スキンヘッドになったSさんはデパートの売り場に置かれたマネキンのようだった。
G君は床に散らばった髪の毛をビニール袋にまとめると、ニッパーを手に取った。
Sさんの手をつかむと、指の関節に刃を当てた。
表面の肉は簡単に切れたが、骨が引っかかりなかなか切断出来ない。
試行錯誤しながらも、中華包丁とニッパーを駆使しつつ、作業を進めた。
浴槽の角に置かれたタッパーには間接毎に切り離された一口サイズの骨付き指がびっしりと敷き詰められた。
G君はタッパーを見つめながら、再びお腹をさすった。
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数時間後。
浴室での解体作業を一通り終えたG君は冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫の中身を片っ端からゴミ袋に詰め込み、タッパー類に入った食べ物は中身だけ捨てた。
積み重なったタッパーを一つ一つ丁寧に洗う。
タッパーを洗い終えると、台所にあった大小様々な保存容器をまとめ、浴室に向かった。
浴室の中はまさに地獄絵図と言ったところだろうか。
あまりの臭気にG君は何度嘔吐したことか分からない。
G君は浴室内に散らばる肉片をシャワーで一つ一つ丁寧に洗い、洗い終わった肉片は浴槽内に投げ込んでいった。
得体の知れない細々とした臓物と、腸内に詰まっていた汚物はバケツにまとめ、トイレに流した。
鼻が慣れてきただけかも知れないが、この時点で先程よりは随分臭いが和らいできたように思えた。
あれやこれやと片付けている内に、気が付けば外が暗くなりだしていた。
浴槽内には見事に分別されたSさんだったものが置かれていた。
右側には肉片と臓物。
左側には骨をまとめた。
これがSさんだったとは誰も思いもしないだろう。
G君は台所から持ってきたタッパー等の保存容器に肉片と臓物を詰め込んだ。
さすがに保存容器だけでは全ての肉片は収めきれなかった為、鍋や薬缶等、使えそうな台所用品をフル活用し、ようやく全ての肉片を片付けた。
それらの肉片が入った容器を、先程空っぽにした冷蔵庫の中に詰め込んでいく。
残った骨はどう処理すべきか考えたが、骨にこびり付いた肉片が腐って臭気の原因になるのはまずいと判断し、骨が入った浴槽内には水を張り、とりあえず臭気を防ぐことにした。
血まみれになった浴室内の大掃除を終えたG君は妙な達成感を感じ、お腹をさすった。
よだれが止まらない。
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次にG君はどうやってアリバイ作りをするか考えた。
もうSさんが見つかる心配は無いが、このままでは矛盾が発生する。
マンションに設置された監視カメラには、おそらくSさんとG君が出入りする姿が録画されているはずだ。
Sさんがマンションから出る映像がを何とかして残さなければ、Sさんが部屋から出ていない事に気が付かれてしまう。
G君はSさんの化粧台の前に座り、鏡をまじまじと見つめながら考えた。
「もうこれしかないか…」
G君は洗面台に向かうと返り血で汚れた顔を綺麗に洗い流した。
そして、再びSさんの化粧台の前に座り、化粧品を物色し始める。
「あった…」
G君は手にした化粧下地を自身の肌に馴染ませる。
次にファンデーションを重ね、頬にはパウダー状のチークを乗せる。
最後に口紅を塗り、数十分でG君のメイクは終わった。
G君には姉が二人おり、練習台と称して姉達からメイクを施された事もあったが、元々中性的な容姿のG君はとても化粧栄えする顔で、姉達と比較しても遜色無かった。
目元はサングラスをかければ誤魔化せたが、一つ問題が残った。
髪型だ。
G君は茶髪ショート、Sさんは黒髪ロングだった。
G君の髪型ではどんなに顔はメイクで誤魔化せても、とてもSさんには見えない。
浴室で散髪したSさんの髪の毛を使おうかとも一瞬考えたが、すぐに問題は解決した。
化粧台の隣に置かれた引き出しの中、黒髪ロングのウィッグが入っていた。
半年程前、セミロングにイメチェンしたSさんだったが、G君に似合ってないと言われ、ひどく落ち込んだ際に通販で購入したウィッグだ。
ウィッグなんて被ってるのがバレバレで使い物にならないと思っていたが、思いのほか自然な見た目に驚かされたのを思い出した。
G君は早速、ウィッグを装着してみたが、鏡越しに見る姿には違和感があった。
「日が落ちてから出歩けば問題無いか…」
【グゥゥゥ…】
お腹が鳴った。
そういえば起きてから何も食べていない。
G君は冷蔵庫を開けると、満面の笑みを浮かべた。
G君のよだれが床にだらだらと落ちた。
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数十分後。
肉料理を作り終えたG君はリビングに置かれたピンク色の小さな丸テーブルにお皿を並べた。
白米、骨付き指のサイコロステーキ、頬肉のソテーを目の前に、G君は両手を合わせた。
「いただきます」
最初に一口、白米を口に運び、次にサイコロステーキを口に入れた。
予想はしていたが、殆どが骨と皮で食べ応えが無かった。
晩御飯ではなく、酒のつまみに合いそうな味と食感だった。
「?!」
頬肉を口にしたG君はあまりの柔らかさと美味しさに感動した。
身近にここまで美味しい食材があるとは思いもしなかった。
食事を終えたG君はソファに寝転がりテレビを付けた。
バラエティ番組の笑い声が絶え間なく繰り返される中、G君は気が付かない内に眠りについた。
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【ピンポーン。ピンポーン】
玄関チャイムの音でG君は目を覚ました。
音を立てないよう、ゆっくりと忍び足で玄関ドアまで向かった。
玄関ドアのスコープから誰が来たのか確認すると、見知らぬ男が立っていた。
白髪混じりの七三分けで、スーツを着ており、サラリーマンのように見受けられた。
黒いサングラスのような眼鏡をかけている。
何かの勧誘だろうか。
【ピンポーン。ピンポーン。トン、トン、トン。ピンポーン。ピンポーン。トン、トン、トン…】
見知らぬ男は無表情のまま、玄関チャイムを鳴らし、規則正しく玄関ドアをノックする。
G君は居留守で乗り切るつもりだったが、数分経っても見知らぬ男はなかなか帰ろうとしない。
さすがにそのうち帰るだろうと思ったG君は再び忍び足で玄関ドアから離れた。
部屋の電気を消し、ソファに腰掛ける。
見知らぬ男はまだ玄関チャイムを鳴らし続けている。
ひょっとしたら部屋の電気が点いているのを外から見られたのかも知れないと思った。
カーテンは閉めていたが、多少の明かりは漏れていたはずだ。
G君は見知らぬ男が帰るの静かに待ち続けた。
【ガチャ】
「え?」
G君は耳を疑った。
玄関ドアが開き、玄関の明かりが点いた。
「S。いるなら早く開けてくれよ。出かけてるのかと思ったよ」
見知らぬ男の口から彼女の名前が出た事に驚いたが、G君が何よりも驚いたのは玄関ドアが何故開いたのかだ。
確かに鍵はかかっていたはずだ。
合鍵を持っていたのだろうか。
【コツ。コツ。コツ。コツ】
見知らぬ男は徐々にG君に近づいてくる。
足音と共に、コツコツと杖をつくような音がする。
女装したままのG君は咄嗟にテーブルの上に置かれたサングラスをかけた。
「S。どうかした?」
G君の背後から見知らぬ男が声をかけてきた。
ゆっくりと振り向くと、玄関ドアのスコープから見えた見知らぬ男が立っていた。
G君は見知らぬ男と対面した。
「S。立ってないで座って座って。ほら、これ食べよう。駅前でSの好きなプリン買ってきたよ」
見知らぬ男はテーブルの上で真っ白な箱を開ける。
箱の中には美味しそうなプリンが二つ入っていた。
スプーンとプリンをテーブルの上に置くと、片方を食べ始めた。
「S?どうした?食べないのか?」
どうやら、見知らぬ男には女装がばれていないようだった。
G君をSさんと思い込んでいるらしく、疑っている気配は全く感じられない。
それからも見知らぬ男は一人で色々と話し始めた。
G君はさすがに声を出したらSさんでないと気付かれてしまうと思い、ひたすら無言で相槌を打ち続けた。
それでも見知らぬ男は嬉しそうな顔で話し続ける。
【~♪~~♪~♪~~♪】
テレビコマーシャルで聞き覚えのある音楽が突然聞こえた。
どうやら見知らぬ男の携帯電話が鳴ったようで、見知らぬ男は携帯に出た。
「あ、もしもし?うん。そう。いまSの家に寄ってプリン食べてた。うん。あ。うん。もうそろそろ帰るよ。うん。わかった」
携帯電話を切ると、見知らぬ男は残念そうな顔をした。
「ご飯冷めるから早く帰って来いだってさ。そろそろ父さん帰るよ」
え?父さん?Sさんの父親?G君は困惑した。
「あ、玄関まで送ってくれるの?ありがとう」
そう言うとS父は足元に置かれた杖を手にし、玄関へと向かった。
どうやら足が悪いようで、左足を引きずりながら歩いている。
G君も立ち上がり、玄関に向かう。
S父は玄関に座り込むと靴を履いた。
「それじゃ、S。帰るね。たまには実家に顔出せよ」
S父は玄関ドアに手をかけたが、すぐに玄関ドアから手を離し、再びG君の方に振り返った。
「ところで、S。その化粧してる男は誰だ?」
S父はG君の後方を見つめながら言った。
「え?」
S父の視線の先が気になったG君は振り返った。
Sさんがいた。
解体してタッパーに詰め込んでおいたはずのSさんのバラバラになった肉片が、真っ黒な糸で一つ一つ繋ぎ合わされ、人の形を形成し、直立不動で立ち尽くしている。
サイコロステーキにして食べてしまった両手の指があるべきところには、指では無く、細長い臓物が数本縫い付けられていた。
両頬が削ぎ落とされている為、口を閉じているにも関わらず、白く綺麗な歯並びが見える。
「わたし、おいしかった?」
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「それで?G君はどうなったの?」
「マンションの監視カメラの映像が証拠になって、あっけなく逮捕されたよ。今は刑務所の中」
「何でSさんのお父さんには死んだSさんが見えてたんだろうね?」
「あぁ、それなんだけどね…実は…」
「実は?」
「Sさんのお父さん、Sさんが殺される数年前に既に事故で他界してたんだってさ」
「って言うことは、幽霊が見えてたのはSさんのお父さんじゃなくて…」
「そう。G君に見えてたってことになるね」
「でもさ、おかしくない?Sさんのお父さんプリン買ってきてたじゃん?」
「プリンも確かにSさんの部屋のテーブルの上に置かれてたよ」
「ほら、死んでるはずなのにおかしいじゃん」
「それが、おかしくないんだよね…」
「なんで?」
「テーブルの上のプリン、賞味期限が数年前のもので、中身は腐って虫も湧いてたんだって。でさ、どうやらそのプリン、お父さんが事故に遭った日、Sさんのために買って帰ったものらしいんだよね」
「へぇ、Sさんも亡くなったから、やっとプリン渡せたてことかね」
「そういうこと」
「Sさん、あの世でお父さんと仲良くしてるかな」
「してないよ」
「なんで?」
「これ見てみろよ」
一人が携帯を取り出し、動画を再生し始めた。
「何これ?」
「まぁ、見てろって」
何の変哲も無いマンションのエントランスの監視カメラの映像だろうか。
エレベーターが開くと、髪の長いサングラスをかけた女がゆっくりと出てきた。
「これって、ひょっとしてG君?」
「そう。G君の女装した姿。ほら、G君の後ろ見てみなよ」
G君の背後には両目がくり抜かれた女、おそらくSさんが抱きついていた。
「Sさん、今頃はG君と一緒に刑務所に憑いていってるな」
「お幸せに」
作者さとる
怖話アワード2014年5月受賞作品に選ばれました。
読んで下さった方々、ありがとうございました。
次回作は6月中に投稿予定となります。