霜月というだけあって、最近はめっきり冷える。私は暑いのも寒いのも苦手。
うちの学校の制服はグレーのブレザーで趣味の悪いエンジのネクタイ。スカートはプリーツではなく、前身ごろの左右にタックがあるだけ。なんて味気ない制服なんだろう。
自宅から近いというだけで選んでしまったから文句は言えない。
とにかく、色がグレーなものだから着合わせが難しい。女子はみんながピンクを使いたがる。なので私はピンクを使いたくない訳で...白か黒が多くなってしまう。
私はユウ、高校二年生。こんな事で悩む普通の女子高生。霊媒体質と言う以外は...
制服の上から藍色のコートを着て制服を隠し、鮮やかなオレンジ色のマフラーをして家を出た。
「あっ、アラタ、アラター!待って待って、一緒に行こー!」
しばらく歩いていると少し前をアラタが学校に向かって歩いていた。大声で呼び止め走って行くとクックッ、と笑いを堪えながら「おはよう。」と言うアラタ。
「おはよ。」ハァ、ハァ、と息を切らせながら挨拶した。何が可笑しいの?ぷっ、と膨れながら隣に並んで歩き出すとゴメンと言ったアラタの口角は上がっていた。
「今日俺のクラス、数学の小テストがあるんだ。」
「アラタなら楽勝でしょ?」そう、いつもテストでは上位にいる。苦手科目あるの?って位、理数系も文系もイケる。羨ましすぎる。
「テストが心配なんじゃないんだ…」ハァと、ため息をつくほど厄介な事って…
「もしかしてタカヒロの事?」
「当たり。」
そう、アラタと同じクラスのタカヒロは理数系が苦手。いつもテスト前はアラタにヤマを張ってもらいドタバタと慌ただしく頭に詰め込む。そんなんで大丈夫なのかと思うが、本人は頭の出来がちがうと言って憚らない。なら最初から勉強してれば問題ないのにね。
「タカヒロって理数系ダメって言ってるクセにアラタに教えてもらって何となく出来ちゃうよね。」
「要領がいいんだよ。記憶力もね。だから直前に少し教えるだけで出来ちゃうんだ。」
「本人が言った通り、頭の出来がちがうって事?」
「そういうこと。」
アラタはなんだかんだ言ってても楽しそうだった。最近はよく笑うようになった。
「アラタ、楽しい?」私たちと居て楽しい?もう寂しくない?一番気掛かりな事だった。
「俺、今まで友達いなかったからね、楽しいよ。」
身体が熱くなった気がした、良かった。
~~~~~~
学校に着くと、いつものようにアキ、ミズホと廊下で昨日のお笑い番組の話でもりあがった。
隣のクラスではタカヒロが眉をしかめ必死にノートに書き込んでいる。
「タカヒロは、また直前漬け?」直前漬けとは一夜漬けの直前バージョンの意。ミズホが茶化すような言い方をする。傍からみると、いつも言い合いばかりで仲が悪そうにみえるらしいが私たちにはジャレているようにしか見えない。
「タカヒロはあれでいいんだって、アラタが言ってたよ。ミズホはタカヒロをあまり怒らせないでよね。後でめんどくさいんだよ、なんだかんだと文句言ってくるからさぁ。」
「ほっといていいよ、どうせ本気じゃないって。」
手をヒラヒラさせてどうでもいいって感じのミズホをアキは複雑な顔で見ていた。
「ところでさぁ、今日の帰りにみんなで新しく出来たあの店に行かない?あそこのシチューデニッシュ美味しいよね?」
最近、学校のすぐ並びに珍しいファストフード店が出来た。デニッシュにシチューやクラムチャウダーを入れたパンで、寒くなってきた昨今、とても熱々で美味しいと評判になっている。もちろん私たちもオープン初日に並んで食べたクチだ。
「いいね。アキも来るでしょ?」
「うん...」
何かあったのかな?なんて野暮な事は聞かない方がいいだろう。ミズホとタカヒロの事が気になっているのだろうから。
タカヒロは無事に(?)小テストをクリアして機嫌がよかった。アラタに感謝するのを忘れないで欲しいな。何故か私がドヤ顔になっていた。
熱々のデニッシュをハフハフ食べながらタカヒロがまたミズホに説教し始めた。
「だからお前は軽すぎるんだよ、発情期にはまだ早い。せめて高校を卒業してからにしとけ。」
「え~、玉の輿に乗るには今から見る目を養わないと...」
「やかましい!考えが甘すぎる!」
だいたいいつもこんなやり取りだ。そして私とアラタが諌めて終わる。今回もいつものパターンで笑って終了した。アキ以外は。
解散前、アキにそれとなく話しかけてみた。
「今日、一緒に帰らない?」
「ユウの家は方向が違うじゃない、どうしたの?」
「ん、隣の駅前にミスド出来たでしょ?カエデが食べたいって言ってるからさ。」
我ながらナイスな口実と思いニンマリしたいのを堪える。
私たちの家の方角は学校を中心に東に私とアラタ、それよりやや南にタカヒロ、北にミズホ、さらに北に隣駅の少し先まで行くとアキ。アキは一番遠く、実に一駅分を毎日往復している。片道一時間を健康のためと言って。
「じゃあ私、今日はアキと帰るね。また明日ね。」と言ってみんなと解散。ミズホは途中まで一緒だった。ミズホがいる間、アキはおとなしかった。俯いてあまり話そうとしない。
「じゃ、また明日ね。」と言ってミズホが帰って行くとアキは「はぁ...」と短いため息をついた。
「そのため息の訳はミズホとタカヒロの事?」
そのものズバリを聞いてみる。遠まわしな言い方ではとぼけられてしまって確信に迫れないと思ったから。
「気づいちゃった?」
アキは少し涙目になっていた。
「ミズホの事、嫌いになっちゃった?」
一番私が危惧していること。ミズホは誤解されやすいけど本当は素直でピュアなんだ。
「このままじゃ、一緒にいるのが辛くなるから、もしミズホとタカヒロが付き合ったりしたら...」
「ありえないね。」
アラタ風に言ってみた、説得力ありそうでしょ。えっ?て顔のアキにタカヒロの気持ちを教えたいけど、ここは私の出番じゃないでしょ。
「もう少し待っててあげてよ、アキはミズホのこと嫌いじゃないんでしょ?」
「もちろん!」
アキは顔を真っ赤にして泣きそうだった。きっとタカヒロもミズホも大好きで一人で悩んでたんだ。もう少し早く聞いてあげるべきだった。
「アキ、ごめんね一人にしちゃって。」
大丈夫とアキは笑った。
ちょうどアキが気に入ってる公園の遊歩道にさしかかる。ここは季節ごとに色々な花が咲いている。アキは毎日ここを通って花を見ながら季節の移り変わりを楽しんでいた。今はコスモスやシクラメン、さざんかが咲いていた。
「いいとこだね。」
たぶんアキは「うん。」と言ったのだろう。私は激しい耳鳴りに襲われ聞き取れなかった。
耳鳴りにまじって声が聞こえる、頭の中に直接きこえてくる感じ。そういつものあの感じ。
「あの時は変なヤツに吹き飛ばされて粉々にされたが、やっと力を取り戻して仕返しをしてやろうと来てみたら、美味しそうな奴が一緒にいるじゃないか。」
突然きこえてくる声に辺りを見回す。姿は視えないが、この気配、どこかで....
「おまえは?」
なんとなくこの気配は覚えがある、なんだった?
「この前は惜しいところで邪魔が入ってお前を喰い損ねた。今度はそうはいかない邪魔者はいないようだしな。」
耳鳴りに慣れてくると段々見えてきた、真っ黒で輪郭がもやもやしてる。目はあるが鼻も口もない。とても大きく目の前の一面が顔だった。
そうだ、思い出した!あの時の、私がアカネを憎んだ時に来たヤツだ。おそらくキクコさんに吹き飛ばされたのだろう、今まで私に仕返しするために力を付けてきたと言った。
「お前はもちろんだが、この娘も旨そうだ、いい具合に憎悪を蓄えているな。」
はっ、とアキを見ると気を失っていた。と言うより眠らされたの?今のこの状況でアキが気を失うはずがない。
「待って、アキは駄目!私だけでいいでしょ?」
そう、アキは大丈夫と言った、私の様にはならない。アキの前に立ちふさがりヤツの動きに細心の注意をはらう。アキには絶対に手をださせない。
「まぁ今回はお前を喰えればいいんだ。もたもたしてるとまたあいつが邪魔しにくるからな。」
ヤツはニッと嗤ったようにみえた。
「私はどうなるの?死ぬの?」
アカネにひどい事をした。呪いは必ず自分に帰ってくる。逃げる事は許されない。
「わははっ!死ぬことはないさ、ただお前の身体の一部をもらう。お前の魂全部をもらうとどんな仕返しをされるかわからないからな。」
キクコさんがよっぽど怖いのかな?まぁ粉々にされたのなら怖いはず、懲りてない、と言うかそれだけ私が憎いって事か。
「早く終わらせて、もたもたしてられないんでしょ?」
「そうだな...」
ヤツはそう言って一段と禍々しい気を撒き散らしだした。立ってられない程の気に押され飛ばされそうになる。なんとか踏ん張ってるが力が抜けてくる。もうだめ、飛ばされる...
「ユウ!負けちゃダメだ!弱気になると喰われる。」
アラタの声!
「アラタ、ダメなの、これは私の罪。受け入れなきゃいけないの。」
そう、アカネを傷つけたペナルティー、罪を犯せば罰を受ける。
「邪魔をするな小僧、この娘は罰を受けたがっている。」
「うるさいっだまれっ!聞いちゃダメだ、ユウの潜在意識がこいつを呼んだ、アキの思いに気づき自分の様にさせてはいけないと思い、無意識に自分が罰せられる事を望んだんだ!否定しろユウ!」
「だめだよ...アラタ...」
力が抜けてもう考えることもできなかった。受け容れて楽になりたかった。
「もういいだろう、この娘はいただく。」
ヤツが私に干渉してきているのがわかる。私の何かを吸い取っていく。
「くそっだめだ!ユウはだめなんだ、やめてくれ、俺で勘弁してくれ、たのむ...」
「本気で言っているのか?小僧。俺は憎しみを喰う、お前もただではすまないぞ。」
「かまわない。」
だめだよアラタ、私だけで済むなら、私は大丈夫だから、ヤツは死ぬことはないって言ってたでしょ、だから私は大丈夫、アラタを巻き込まないで。
全身に刺すような激痛、その後に脱力感、口を開く事もできない。私は何をなくすの?何でもいい、アラタが無事なら。どうか、アラタを無事に帰して。
ヤツの笑い声がきこえる...
~~~~~~
「小僧、お前と小娘から半分づつ頂いた。俺を怨むなよ、いや怨んでくれた方が俺にはありがたい。またお前らを喰いにこれるからな。また会えるといいな、は~っはっはっはっ!」
私はヤツの笑い声を遠くで感じていた。気配はあっという間に消え頭の上でグルグルと渦が撒いてる感覚に吐き気がしていた。
「アラタ、どこにいるの?アラタ!」
力がまだ抜けていて口を開くのがやっとだった。
「ユウ、大丈夫か?」
すぐそばから声がする。無事だった!声のする方に這っていくとアラタが倒れていた。
何倍もの重力で地面に貼り付けにされている様な身体を、やっとの思いで引きずりアラタに縋った。
「...アラタ、私は大丈夫、アラタは...アラタは!」
パニックだった。涙が止まらない。アラタの身体に異変がないか確認することに必死だった。
「ユウ、そこにいるのか?」
「いるよ、ここにいるよ!アラタっ!」
顔をあげたアラタ、良かった...動いてる...でも...アラタの視線は私を捉えているはず。まっすぐ私を見ている、でもどこか虚ろで...
「よかった無事で。」
アラタはゆっくり私の頬に手を伸ばし確認するように撫でた。もしかして...心臓が飛び出しそうな位に激しく高鳴る、いやな考えが脳内で渦巻いて...
「アラタ...目が...」
「ん...完全にじゃないけど視えない。」
~~~~~~
アラタの視力は両目共0.03未満しかなかった。
眼鏡がなければ歩く事も困難だ。
罪悪感でいっぱいになっている私に「失明した訳じゃないから気にするな。」と笑って言った。どうして笑えるの?急にこんなに視力が低下したのに。
「それよりユウは?なんともない?」と私を心配する始末。
私は見た目なんともなかった。ただ、違和感を感じていた。下腹部に微かにだけど...
生理が近いからだと思って気にしてなかった。
これからアラタの眼鏡を作りに行く。一人では歩けないアラタに付き添うのは私の役目だ。
その後、アラタにどうしてもと進められ病院に行くことにした。
特に異常は見つからなかった。レントゲンにCTまでとってみたけど何も変わったところはない。担当の医師は不信に思っただろうな。だって調子が悪いわけじゃないのに精密検査を受けたいなんてね。
医師は困っていたが、とりあえずどこも異常はないので暫く様子をみることにした。
しかし、数日で異変は始まった。
~~~~~~
「どう?眼鏡男子になった感想は?」
またミズホがデリカシーのないセリフを言う。でも、みんなわかってる。ミズホは自分が汚れ役をする事で調和を取ろうとしてる事を。みんなが触れ辛い事をわざと言うことで気まずい空気を消してくれる。実際、私はこの一言で救われた。
「どうって、別になにも...」
「わかってる、わかってる、皆まで言わずとも。心配ないよ今は眼鏡男子がモテる時代だからね。」
「だから別に俺はモテなくても...」
「そうだった、そうだった、ユウがいればいいんだもんねアラタは。」
「なっ!なにいって...」
いかにもっていう感じのシルバーの眼鏡をかけているアラタは真っ赤になって眼鏡を中指で上げる仕草をして顔を隠した。
「いいかげん、ちゃんとしたほうがいいと思うけどな、アラタもタカヒロもさ。」
二人がビクンと反応する。それをミズホは嬉しそうに見てた。
「ユウ、具合悪いの?」
話をそらそうとアラタが私を見て異変に気づいた。
お腹が痛かった。生理痛だったけど普段はそれほど酷くない。でも今日は様子が変だった。
「真っ青だよ、病院に行った方がいいんじゃない?」
アキに促されアラタの付き添いで行くことにした。生理痛なんてホントはアラタに知られたくないけど、どんどん酷くなる痛みに尋常ではないと感じていた。
~~~~~~
検査の結果は私を暗闇に突き落とした。
PCO 多嚢胞性卵巣症候群
卵細胞が卵巣で作られ成熟すると破裂する。これを排卵と言う。PCOになると成熟しても破裂しなくなる。早い話が妊娠し辛くなってしまったと言う事だ。
医師の話では、まだ若いし完全な不妊症ではないので地道に治療すれば妊娠は可能だと言う。
病院を出ると外は陽が落ち、太陽の名残が地平線をわずかに赤紫に染めている。
アラタは泣きそうな顔をしていた。
私は自業自得だ悲しまないで。希望はあるんだって。きっと大丈夫だよ。
少し歪な笑顔の私を見てアラタは涙がこぼれない様に空を見上げた。
その眼鏡越しに見える空はアラタにはどんな風に見えてるんだろう。
作者伽羅
ユウとアラタの今後を左右する事件でした。
誰かを呪うと謂うのは自分も命を賭けなければなりません。
私の場合、命は助かりましたが、その代償は大きなものでした。
今現在も闘病中です。