これは、僕が高校一年生、そして、この話でのメインとなる人が高校生の時の話だ。
季節は冬、そして夏。
冬休みの後半と、夏休みの半ば。
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・・・・・・・・・。
冬休みも残り3日。
僕はその日も、炬燵でコタツムリ体制になりながらデロデロと残り僅かな休みを満喫していた。
・・・え?宿題?
冬休みに入る前に終了している。
《毎日コツコツやるのが云々》とか何とか言う話もあるが、折角の長期休暇なのだ。やっぱりゆったりしたい。
そんな訳で僕は、こたつで何をするでも無くダルダルしていた。
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ピロリロリン♪
「・・・ん?」
メールが来た様だ。
どうせ変な広告のメールだろうな、と思いながらも僕は携帯を引き寄せようとした。
lineの出来ないピザポの場合も考えられるし。
「んー・・・!!」
こたつからニョロンと身を出し、携帯を掴む。
「・・・ん?」
メールアドレスは登録されている物では無かった。
タイトルには
《のぶどうくんへ》
と書いてある。
「烏瓜さん・・・?」
恐る恐る本文を開く。(今思うと大分不用心だった。反省している。)
本文にはたった一言。
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《ごめんたすけてもちたろ》
と書かれていた。が、
「胡散臭いなぁ・・・・・・。」
今まで散々おちょくられて来た僕としては、正直言って此れも信用出来ない。
「また悪ふざけかな。ったく・・・。」
再び炬燵へと潜り込む。
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ピロリロリン♪
見ると、また烏瓜さんらしき人からだ。
《ごめんたすけてのぶどうくん》
《もうたよれるののぶとうくんだけ》
《まっている》
と書かれている。
「・・・・・・チッ。」
僕は舌打ちをしながら炬燵から這い出した。
のそのそと着替え、鞄を持つ。
「・・・直接に文句を言いに行くだけで、別に心配な訳では無いぞー。」
無駄にツンデレたりもする。
鞄にダンベルが入っている事を確認すると、僕はコートを着ながら玄関へ向かった。
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・・・・・・・・・。
バスに揺られて幾つかの停留所を通り過ぎ、僕は烏瓜さん宅の近くにあるバス停へと降り立った。
バス停の椅子には、ちょこなんと烏瓜さんの愛兎である《もちたろう》が座っていた。
「もちたろう、無事だったのか。」
僕が呼び掛けると、もちたろうはピョコン、と椅子から飛び降りて、僕の足元まで来た。
ガシガシガシ
もちたろうが僕の靴の靴紐を囓った。
「ちょっ、もちたろう!」
ピョコン
もちたろうが僕から跳ね退いた。
そして、そのまま物凄い勢いで駆け出す。
「もちたろう?!」
僕も駆け出したもちたろうの後を追い、走り出した。
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・・・・・・・・・。
竹林に囲まれた一軒の家。
烏瓜さんの家だ。
もちたろうはその家の前でピョコンピョコンと跳ねていた。
「えと・・・もちたろう?」
・・・いや、正確には《郵便受けの前》だ。
「もしかして・・・此処に何かある?」
もちたろうがまた僕の靴紐を囓る。
僕が郵便受けを開き、中を覗き込むと、奥の方に小さな封筒が入っているのが見えた。
取り出すと、ファンシーな兎柄の封筒だった。
差出人は無い。
どうやら何か入っているらしく、揺らすとチャリチャリ音がする。
もちたろうはまだ僕の靴紐を囓り続けている。
「・・・・・・・・・?」
取り敢えず、此れは中に居るだろう烏瓜さんに渡す事にしよう。
僕はそう思い、その封筒を手にしたまま玄関まで歩き、チャイムを鳴らした。
ピンポーン♪
・・・・・・誰も出ない。
ピンポーン♪
・・・やっぱり誰も出ない。
ピンポーンピンポーンピンポーン♪
・・・出ない。
扉に手を掛ける。
・・・開かない。どうやら鍵が掛けてある様だ。
もちたろうは兎用の出入口があるにも拘わらず、僕の足元でモソモソと丸まっている。
「・・・もちたろう、此れ、もしかして誰も居ないんじゃないか?」
もちたろうは相変わらずモソモソしている。
僕は、兎柄封筒をソッと日に透かした。
「・・・・・・あ。」
中には、鍵が入っていた。
「不用心だな・・・。なー?」
もちたろうに話し掛けたが、無視された。
「・・・・・・此れは空き巣では無い。断じて空き巣では無いんだからな。」
封筒を破る。
鍵を鍵穴に差し込み、回す。
ガチャリ
鍵が開いた。
「し、失礼しまーす・・・。」
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・・・・・・・・・。
恐る恐る家に入ると、もちたろうは玄関のマットにゴシゴシと足の裏を擦り付けた。足を綺麗にしているのだろう。
そして、玄関で立ち尽くしている僕の前に移動し、一回ピョコンと跳ねた。
「・・・付いて来いって?」
yesと答えるかの様に、もちたろうがジッと此方を見る。
僕は靴を脱ぎ、ピョコピョコと飛び跳ねながら進んで行くもちたろうを追った。
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・・・・・・・・・。
家は思っていたより広く、廊下は薄暗い。
「・・・誰も居ない。」
まぁ、烏瓜さん以外の知らない人が出て来たら、そちらの方が困るのだが。
「・・・・・・ぅおっと。」
もちたろうが急に立ち止まり、危うく踏んでしまいそうになる。
「・・・この部屋?」
僕が問うと、もちたろうはその場でピョコンと跳ねた。
コンコン、と軽くノックをしてみる。
当然の如く返事は無い。
ソッと襖を開いてみる。
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・・・・・・・・・。
部屋には、一組の布団が敷かれていた。
そして、その布団の中には
手を組み、顔に白い布の掛かった烏瓜さんが横たわっていた。
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「・・・・・・え?」
予想外の出来事に、一瞬全ての思考が途切れる。
きっと《頭が真っ白になる》とはこう言う事なのだろう。
「烏瓜・・・さん?」
烏瓜さんは返事をしない。
「烏瓜さん!」
駆け寄って名前を呼ぶ。
「烏瓜さん!烏瓜さんてば!!」
しかし、何回名前を呼んでも、烏瓜さんは返事をしな・・・・・・
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「・・・ん。御早う。まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ。」
「うわ返事した!!生きてた!!!キモッッ!!」
聞こえたしゃがれ声に、思わず飛び退く。
しかし、当の本人は片手で顔(の上の布)を押さえながら、何でも無さそうに
「あー・・・。ごめん、本棚の辺りに面が置いてあるから、取って貰えるかい?このままでは喋り辛いし、何より息苦しいからね。」
と言う。
僕は酷く混乱した。
「・・・・・・面?」
「そう。野葡萄君が来るなら、顔を隠さなければならないからね。でも、取りに行くのも辛い。仕方無いから、額に乗せていた濡れタオルを顔に付けていたんだ。」
「・・・・・・・・・そうなんですか。」
本棚の中段位に、面が置いてあるのが見えた。
移動し、面を手に取る。
「これですか?」
「見えてないから分からないけど・・・多分其れだよ。・・・何時もの猿の面だろう?」
「はい。」
しかし、その面は、どうやら木を彫って出来ているらしく、結構な厚みがあった。
普段から烏瓜さんが付けている、皮膚と一体化している様なあの面とは、何かが違う気がするのだが・・・。
「・・・・・・どうぞ。」
取り敢えず、手渡してみる。
「有り難う。・・・少し、後ろを向いていて貰えるかい?」
僕が後ろを向くと、烏瓜さんが布団から起き上がる気配がして、軽くゴソゴソと言う音も聞こえた。
「・・・もういいよ。」
振り返ると、烏瓜さんはまた布団に寝ていて、顔に付けられていたのは何時もの猿面だった。
面は、さっきまでの厚み何て無かったかの様に、その顔にへばりついている。
それは、まるで彼の顔を面が乗っ取ってしまった様にも見えた。
「さて・・・と。来てくれて有り難うね。野葡萄君。」
「今日は一体何の用何ですか?」
僕は、少しだけ恐ろしさを感じながら言った。
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※此処から怒涛の台詞祭りです※
・・・・・・・・・。
「風邪?」
「そう。風邪。熱が酷くてねー・・・。昨日何て41℃もあったんだ。一眠りしたら少しは楽になったけど。でも、今も38℃位あるんだよ。平熱が35℃台だからね。結構辛い。」
「成る程。で、僕に世話をしろと。」
「うん?・・・まぁね。別に私の世話はしなくて構わないよ。してほしいのはもちたろうの世話。」
「・・・もちたろうの?」
「正直な所、起き上がるのも大変何だ。足はフラつくし。頭は痛いし。・・・頼むよ。もちたろう、昨日から何も食べて無いんだ。」
「で、飼い主の方はどうします?このまま放置されて風邪を悪化させますか?」
「・・・出来れば、放置しない方向でお願いします。」
「了解しました。」
僕が立ち上がると、もちたろうがピョコピョコと足元に跳ねて来た。
「台所、此処から二つ行った部屋。其処にもちたろうの器とペレットがあるから、其れを専用のカップで一杯。あとね、野菜室にセロリの葉っぱが入ってるから、其れも少しだけ。あ、カップは擦り切りだからね。水も取り替えてあげて。」
「・・・烏瓜さんは、ちゃんと食事を摂っていますか?」
「・・・・・・野葡萄君。バナナは食事に入るかな。」
「食べたのは何時ですか。」
「・・・・・・・・・昨日の朝。」
「で、具体的にどうします?」
「冷凍庫に冷凍したご飯があるけど・・・。」
「それを僕にどうしろと。」
「・・・・・・お粥作って下さい。」
「はい。ネギと卵、あります?」
「・・・冷蔵庫に両方あると思うよ。」
「了解です。・・・あ。」
もちたろうが僕の服の裾をカジカジと噛んだ。
「あ、ごめん。・・・こら、もちたろう。」
「いえ、お腹が空いているからでしょう。お粥、作って来ますね。」
襖を開け、部屋を出る。
もちたろうが走り出し、台所なのであろう部屋へと向かった。
僕も、もちたろうの後に付いて行った。
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・・・・・・・・・。
「おお・・・。」
もちたろうの食べっぷりに目を見張りながら、お粥の準備をする。
「・・・まぁ、正確には《お粥》ではなく《雑炊》だけど。米から煮てないから。」
いや、《雑炊》も正式には米から煮るんだったかな。
そんな事を考えながら、ネギを刻む。
解凍して洗ったご飯と水を火に掛け、煮えてきたらネギを投入。
味を付けて、溶き卵も投入。
数回掻き回し、卵をかきたま状にする。
火を止めて完成。
「・・・良し。」
器に装い、蓮華を添える。
チラッと見ると、もちたろうはまだ食事中だった。
「さて、と。」
出来たお粥擬きと水を盆に乗せ、僕は烏瓜さんの部屋へと戻った。
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・・・・・・・・・。
僕は、起き上がった烏瓜さんの横に膳を置き、言った。
「食べる前に、烏瓜さんが早く治る様おまじないを唱えてあげましょう。」
「いきなりどうした。」
「そっちこそ口調が可笑しな事になってますね。どうしました?・・・ほら、唱えますよー。」
息を吸い、ゆっくりと、心を込めて、僕はおまじないの言葉を口にした。
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「てぃび・まぐぬむ・いのみなんどぅむ・・・」
「おいこら一寸待ちなさい。」
頭に軽くだがチョップをされた。
「何ですか一体。」
「其れは此方の台詞だよ。何でいきなりクトゥルフの怪物を呼び出そうとしてるんだ君は。」
「《星の精》さんを呼び出そうとしただけですよ。」
「確かに名前はファンシーだけど、見た目と行動はR指定確実並みにグロテスクだろ。絶賛病気中の人間に、パンチの効いたボケを噛まさないで欲しいな。風邪が悪化しそうだよ。」
「しぐなすてらるむ・にぐらるむ・え・ぶふぁにふぉるみす・・・」
「こら。無視して続けるな。」
またチョップをされた。
僕は頭を押さえながら言った。
「風邪を拗らせてしまえ。そして《星の精》さんに血液を吸いとられてしまえ。」
「今サラッと酷い事言ったね?!」
「知りませんよそんな事。お粥が冷めます。はよ食べろ。」
「・・・・・・君ねぇ。」
何処か不満そうな顔をしている(気がする)烏瓜さんは、暫く何かをブツブツと言っていたが、軈て面を少しだけずらし、盆に乗った蓮華を手に取った。
「・・・頂きます。」
僕は、烏瓜さんがきちんと手を合わせて《頂きます》を言ったのが何だかミスマッチな気がして、思わず噴き出した。
「・・・どうしたんだい?」
烏瓜さんが訝しげな表情(口元だけで判断)で此方を見る。
「いえ、別に。」
僕がそう応えると、彼はまた少しずつお粥を食べ始めた。
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・・・・・・・・・。
烏瓜さんがお粥を食べている間、僕はボンヤリと烏瓜さんの部屋を見ていた。
あまり広くない和室。
家具はライトスタンド付きの机と箪笥。
あとは棚が幾つか置いてある。
棚には色々な物が雑多に詰め込まれていて、どれが何用の棚なのか全く分からない。
本も沢山収まっているが・・・。
何だか古くて難しそうな物が殆どだ。
「・・・・・・あ。」
僕の知っている話もあった。
《人間失格》に《夢十夜》に《ドグラ・マグラ》、それと
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《化物語》。
しかもシリーズ全コンプリート(当時までに出ていた物)。
保存状態もかなりいい。
「・・・・・・野葡萄君?」
きっと、今の僕はとても変な顔なのだろう。
烏瓜さんが心配そうに(言葉のニュアンスから判断した)話し掛けてきた。
「・・・え、あ、はい。・・・・・・あのー、烏瓜さんとかもこう言うの、読むんですね。」
「ん?こう言うのって・・・。」
「《化物語》のシリーズ。」
「あー・・・。それかぁー・・・・・・。」
烏瓜さんがポリポリと頭を掻いた。
「・・・何気に恥ずかしい物を見られてしまったかな。うん。」
そして、お粥を食べるスピードを少しペースアップした。
「ゆっくり食べてください。病人何ですから。」
「・・・・・・ごめん。」
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・・・・・・・・・。
「・・・ご馳走さま。」
お粥を食べ終えると、烏瓜さんは僕の方を向き、唐突にこう言った。
「昔話をしてあげよう。」
僕は少しだけ戸惑いながら聞き返した。
「・・・昔話?」
うん、と烏瓜さんが頷く。
「まぁ、あまり多くは話せないけどね。候補の三つの内、何れか一つを選びなよ。」
「・・・・・・はぁ。」
僕が曖昧に返事をすると、烏瓜さんは三本の指を立てて此方に向けた。
「《のり塩さんの武勇伝》か《私の武勇伝》か《私の失敗譚》からね。」
「・・・・・・《のり塩さんの武勇伝》で。」
「下ネタとグロとその他アウトなネタのオンパレードだけど。」
「《じゃあ烏瓜さんの失敗譚》で。」
「了解。」
僕は眉をしかめた。
「・・・・・・最初から《のり塩さんの武勇伝》何て話すつもり無かったんでしょう。」
「そんな事は無いよ。ただ、のり塩さんの話は基本的にアウトゾーンになってしまうんだ。どうしても聞きたいってなら、話すけど。」
「成る程。納得しました。だから話さないで下さい。絶対に話さないで下さい。」
僕の言い方が真剣だったからか、烏瓜さんがクツクツと笑った。
「・・・・・・正しい判断だと思うよ。個人的に。」
そして、大きく深呼吸を一つ。
「此れはね、野葡萄君。私の失敗の中でも一番最初に体験した失敗だよ。自分語りも入るし、何分ボキャブラリーが少ないから、きっと聞き辛い。」
「其処まで言うなら、話さなければいいじゃないですかー。」
「嫌だね。絶対話す。」
「何でですか!」
口元をへの字に曲げ、烏瓜さんが言う。
「話さないと上手く眠れそうにないからね。意地でも聞いて貰うよ。」
「えー・・・。」
僕が不満気な声でそう言うと、烏瓜さんはまたクスリと笑う。
そして、もう一度大きな深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
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「此れは、私がまだ高校生だった時の話だよ。」
※続く※
作者紺野
どうも。紺野です。
ごめんなさいまた前後編です。
どうしてこんなに長くなったのか・・・。
文才が来い状態です。本当に。
しかも次回主役はあの人です。
話はまだまだ続きます。
良かったら、お付き合い下さい。