僕は今、山道で道に迷っている。
こんな山奥に来る予定ではなかったのだ。
どういうわけか、道を一本間違えたらしく、どんどんと山奥へと入って行き、一本道のため引き返すことも出来ずにいる。本当に、どうしようもない方向音痴。自分のふがいなさに、ほとほと呆れてしまった。
とりあえず、何か看板のあるところまで走ろう。案内板を探しながらどんどんと山道を進む。とりあえず、昇ってしまうのはまずい。坂道をどんどん下って行けばどこか里へ出れるはず。そう信じて車を走らせる。
だんだんと、道が広くなって来た。いいぞ、その調子。これは里に近づいた証拠。坂を下りきった所に交差点がある。
黄色の点滅信号。
やった、ついに信号のあるところまで着いた。信号があるということは、民家も近いということだ。僕は安堵の息を吐く。それにしても、暗い。街灯も何も無いじゃないか。わずかに交差点に一つ街灯があるのみで、道は真っ暗だ。その街灯の光も弱く、点滅信号のみがぽっかりと浮かんで見えた。
ぱっ、ぱっ、ぱっ。黄色の点滅が規則的に道路を照らす。一瞬、人影が見えたような気がして、僕は急ブレーキを踏んだ。
ドンッ!
車に何かが当たって、衝撃でフロントガラスにぶつかった。
僕は全身の血の気が引き、心臓だけが生き物のように体から飛び出しそうになった。
ヤバイ、何かをはねてしまった。
どうか、人ではありませんように。
動物でありますように。
僕の願いも空しく、そこには髪の長い女性がうつぶせに倒れており、ぴくりとも動かない。
僕は、奥歯がガタガタと震えた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「だ、大丈夫ですか?」
一応僕は声をかけてみた。
だが、返事は無かった。
救急車・・・。
そう考えながら、携帯をポケットから震える手で取り出した。
僕はたぶんこの女性は助からないだろうと直感した。
僕はこれからの長い苦悶の人生のことを考えた。
一生背負うことになる、殺人者という荷物。
途方に暮れた。
僕は周りをキョロキョロと見回した。
見たところ、民家は無い。
こんなところを、若い女性が何故歩いていたのかと疑問に思うほど、真っ暗で何も無い道。行き交う車すらない。
僕は魔が差した。
倒れている女性を引きずり、後部座席を開けた。
女性を後部座席の足元に放りこんだ。
急がなくては。
僕はもう一度、あらためて誰も見ていないか、あたりを確認した。
左、右、前、どこからも車は来ていないし、人影も無い。
よし、今だ。
この女を山のどこか、人目につかないところに捨ててしまおう。
もう車も運転しない。この車は帰ったら廃車にしよう。
僕は、用心深くあたりをもう一度見回す。
信号の赤点滅が僕の車を照らす。
僕は小さな違和感を感じた。
この交差点は黄色点滅ではなかったか?
そう思い、バックミラーを見て、僕は思わず
女のような叫び声をあげた。
nextpage
wallpaper:653
後部座席に長い黒髪の女性が座り、赤点滅の信号に明滅していたのだ。
そして、僕は後ろからの衝撃と共に、目の前が真っ赤に染まった。
作者よもつひらさか