斎藤 彦左衛門は頭を抱えていた。彦左衛門には城内にある屋敷を取り壊して新たに土蔵を造れとの、殿よりのお達しが下されたのだが、問題はその屋敷にあった。
その屋敷とは城下でも有名な怨霊の住みかと呼ばれる屋敷であった。
何、人の噂話なぞ信じる奴はうつけ者よと言い放ち、ひとつ拙者が枯れ尾花の正体を暴こうぞと城内で自他ともに認める豪傑がその屋敷で無惨な屍となった。
眼を見開いて虚空を睨む頭と手足がバラバラに散乱した遺体は悲惨を極めた。そして今や誰もが知る怨霊屋敷となっている。
彦左衛門は困り果て友人である剣術指南役の久保田 慎之介に相談した。
結論から言うと、二人の門下生と息子の三人に向かわせたいと慎之介は言ったが、彦左衛門は反対した。剣の力だけでは到底、敵わないと思ったのと友人の息子と門下生を危険と知り行かせたく無いとの理由である。
慎之介は静かに口を開いた、、、
「恥を忍んで話す、我が子の八兵衛だが、どうも男らしくない衆道の気がするのだ。
(注)衆道とは男色らしいです
それにその二人の門下生だが、功名心があり、血路を切り開いてでも、名を上げようと懸命に稽古に励んではいるが、天下泰平のこの世では、なかなかその様な機会は無い」
「・・・」
「あ奴等を不憫とは思ってはくれぬか?拙者は奴等には無理に行けとは申さん、あくまで個人の意思次第だ。しかし、あ奴等の心中察すれば返事は判る」
彦左衛門は拳を握りしめた慎之介の目尻が濡れるのを見て頭を下げた。
「すまぬ、お主がそう申してくれるなら拙者も助かる、かたじけない」
*****
怨霊が巣食う屋敷の前に三人の武士と一人の僧侶が立っていた。一行に僧侶を加えて欲しいと彦左衛門は慎之介と殿に懇願したのだった。
磯谷 十兵衛(18)、山本 久兵衛(19)、
久保田 八兵衛(18)と今間 伊作こと僧侶の珍念(20)の四人は昼下がり、噂の怨霊屋敷へと足を踏み入れた。
埃まみれの廊下を草鞋が擦れる音がしない様に、まさに抜き足、差し足で歩いて行く。 雨戸が閉じられたままなので辺り一面は暗い。あたりは据えたカビの匂いがする。突然、奥の間から重いモノを床に落としたような音がした。
どすん、ゴロゴロ、、、
「何者じゃ」と叫ぶ十兵衛、
あっはっはっは〜と子供の笑い声がした。
「いけない、一度外にでましょう、お武家様と言えどもこれは危険だ。作戦を立ててから又、入りましょう」
一番の年長者でもある、僧侶の言葉を無視する訳にはいかなかったし、怨霊討伐を断念する訳でも無い。ここは従うしかなかった。
珍念は1両日ほど時間が欲しいと三人に申し出た。この屋敷にとり憑く怨霊に無知のままだと、ただ取り憑かれ殺されに行くだけだと譲らなかった。
一旦は命がけの決意をした血気盛んの三人の若武者は気を削がれたと言わんばかりだったが、珍念は首を縦に振らなかった。
珍念が調べた上げた怨霊の話では、この屋敷に住まいしていたのは、現在、当主である殿が幼少の頃から仕えた、言わば殿の幼馴染の武士の屋敷だったらしい。
豪胆だったこの男、遠慮会釈なく殿様に意見をする男だったが、城中の者たちはそれを疎んだ。すなわち、権力闘争の始まりであるが、この男は全く意に介せず飄々としていたが、周りはそうでは無かった。
殿様を恐れず利害など頭に無くハッキリと意見を言い放つ男には、企てを画策したい側近のコバンザメのような連中にはただ、ただ邪魔だったのだ。
その男はあまりに純粋で、政治力を持たなかったのだ、謀略に計られた男の最後は純粋に殿の友人として生き、殿の為に良かれと信じ自らの腹を裂いた。
それだけでは終わらず、老いた両親と妻、幼き子まで処刑されてしまった。
*****
怨霊屋敷の廊下の雨戸が早朝より撤去された。日が差し込む廊下には赤黒い血の痕が、ところどころに見える。
玄関横から草履を履いたまま、廊下を渡り四人は屋敷内へと入った。
ドスン、ゴロゴロ、、、奥の間では侵入者を威嚇するように、音がした。
その部屋の襖に手をかけた十兵衛がそぅっと押し開くと、十兵衛の足元、床に腹ばいになり同じく部屋を覗く久兵衛が「静かに」と声をひそめた。
ふすまの向こうには首のない赤銅色の怨霊がいて、床には仁王の様に虚空を睨んだ首がある。
悲しいかな武士の習性で腰の大刀を抜いて切らねばと思うより早く十兵衛の右手は左腰の柄を握った、?はずだった。
「せ、せ、拙者のマゲでござるぅ」
床に伏せ十兵衛の腰元から部屋を覗いていた久兵衛が叫んだが勢い余った十兵衛の右手は止まらない。
ビィタァ〜ン
チョンマゲを掴まれて部屋の床に叩きつけられた久兵衛に十兵衛も怨霊も息を呑んだ。
「え?」
マゲを毟られた久兵衛が仰向けのまま、踵で床を蹴って痛がるのを黙ってみていた怨霊は無言で自分の頭を床から持ち上げ、奥の間へと去って行った。
「おのれ十兵衛、拙者のマゲを掴んでの、この狼藉、間違いではすまぬぞ」
己れの間違いに気が動転した十兵衛は、
「すまぬ、久兵衛殿、マゲの代わりに、羊羹でも頭に乗せぬか?」と口走った。
久兵衛は柄に手を掛けて、、、
「お主を切る」
居合いの達人の久兵衛は十兵衛の胴をはらった。袴を切り裂き腹の皮一枚で済んだのは十兵衛も又、剣の達人であったからであろう。
「久兵衛殿、本にすまん、これで勘弁はしてくれぬか?拙者の過ちだと分かっておる故、お主が許すと言ってくれぬと、、、」
「うむ、お主が拙者に腹の皮まで切られてもそう申すなら水に流そうぞ、しかし、お主の袴はもう使いものにはならぬな」
「今から怨霊討伐じゃ、ふんどし一丁でも拙者の剣術がくもる事は無い」
マゲの無い久兵衛とふんどし一丁の十兵衛が頷き合うのを後ろで見ていた八兵衛と珍念は、、、深いため息をついた。
八兵衛は剣術指南役の息子だが、剣術はさほど上手では無く、実の心は女だったのだが、この時代にそれを言う事は、無論はばかれることだった。
それにしても、怨霊屋敷に突入して僅かの間にマゲを失った侍とふんどし一丁の侍、これからどうなるのかと不安だが、もう後には引けない、嫌がる珍念と先ほどの部屋へと入るが、もう何も無い。
「珍念殿、十兵衛殿、拙者は夜がふけるまで此処で怨霊を待つ積りだが、お主達は如何なされる?老婆心ながら久兵衛殿はマゲの手当てに一旦ご帰宅されればよろしいかと存ずるが、、、」
久兵衛は急に険しい顔付きで、
「赤子扱いされるとは心外よ、拙者も朝まで待つ、怨霊どもと対峙するのにマゲは必要無い、目にものを見せてくれようぞ」
十兵衛もまた深く頷いた。
*****
トーン、トーン、トーン廊下から鞠の付く音がする、、、
八兵衛は部屋の襖そぉっと開け、日陰になった廊下の隅を見ると、へこ帯を締めた幼き男の子が黙って鞠をついている。
部屋の中を振り返り見ると、久兵衛は床に伏せて寝ているし、十兵衛は大刀を脇に置き、大の字になってフンドシ姿のまま、イビキまでかいて寝ている。
ふむ、拙者が独りで行かねばならぬ。
「おい、そこの童、迷うたな?行く道も見えぬまま、ただ鞠をついておっても道は見えぬぞ」
急に声を掛けられた男の子は、慌てて鞠の横を叩いた、鞠は軌道がずれて声を掛けた八兵衛の横をすり抜けた。
十兵衛が寝ている足元に転がる鞠を追いかけて男の子が走り出した。
イビキをたてて寝入っていた十兵衛のフンドシの脇から、嬉しそうに毛だらけの顔を出していた十兵衛のキン○マは、、、踏まれた。ものの見事に踏み倒された。
夢の中からいきなり現実に引きずり出された十兵衛は脇に置いた大刀を引き寄せ、怨霊を斬りつけようと、力任せに抜刀したのはいいのだが、、、
十兵衛が左手で握った鞘は抜刀の勢いが止まらず、廊下を見ていた八兵衛の肛門を直撃した。
「わぁ」、、、と十兵衛
「あん」、、、と八兵衛
「ふぅ」、、、と男の子
頭を掻きながら男の子はもう一つ深いため息をつき鞠を抱え「疲れた」とつぶやき壁の中へと消えた。
怨霊屋敷は悲惨な状況を極めた。
十兵衛の鞘を尻に刺し、サソリの様な姿でもベルサイユのバラのような潤んだ目をしている八兵衛。
マゲが引き千切られ、顔の面積が倍になった久兵衛。
踏まれて腫れた巨大なキュウイをフンドシの脇から出している十兵衛。
勘弁して下さいと泣きじゃくり、鼻を垂らした珍念こと今間 伊作。
ドスン、突然、身体に響く音と共に怨霊どもが、四人の前に現れた。
首を持つ赤銅色の首無し怨霊地が地の底から響くような低く恨めしい声で、、、
「阿呆らしい」
「えっ?」
「お主達を見て恨む事など何と馬鹿なものよと、分かり申した。そち達の願いは叶う、この怨霊は黄泉へと旅支度をはじめると約する」
****
お役目を終えた四人は殿にお目どうりも叶い報告をすませ、褒美を仰せつかった。
、、、城を出て青空に伸びをうった十兵衛は股をさすりながら、、、
「それにしても、拙者達は散々な目にあったが、珍念、お主はただ泣いておっただけで災難と呼べるものは何も無いではないか?不公平とは思わぬか」
「何を仰いますお武家様、私の名、今間 伊作の名字はコンマと称します。後ろから読むとそれだけで番屋にしょっ引かれます」
作者神判 時
最後までお読み頂きありがとうございました。関西弁なしのお話に挑戦いたしました、、、がやっちゃいましたか?怖話の道を踏み外して修正が、きかなくなりました。退場処分はいつ?