ある昼下がり、わたくしはソファーで昼寝をし、まどろんでいた。
すると、私の腰のあたりに、トンと小さな温かな重みが乗ってきた。
なんだ、シロップか。シロップはうちで飼っている猫の名前だ。
私は眠い目を擦りながら起き上がろうとした。
床に何か白いものが転がっている。
寝起きでぼんやりして見えないので、私はその床の白いものに近づいて見た。
な、何これ・・・。シロップは、得意げに鼻でツンと私の目の前までそれを押しやった。
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め、目玉!
「ギャーーーーーー!」
私は今まで出したことのないような悲鳴をあげた。
その声で母が台所から飛んで来た。
「どうしたの?大声出して。」
「お母さん、こ、こ、これ・・・。シロップが持ってきた!」
お母さんもそれを目玉と認識をして、声が出ない代わりに、足の力が抜け
その場にへたりこんでしまった。
私たちはすぐに、警察に通報した。
警官たちは、その目玉を持ち帰り、調べてくれると言う。
数日後、その目玉の正体がわかった。
どうやら人間のものではなく、動物のものではないかということだ。
おそらく猫のものではないかということだった。
どちらにしても、気持ちが悪かった。
しばらくして、またシロップが目玉を拾ってきた。
どうやらシロップは獲物を自慢しているようだが、こちらはたまったものではない。
どこからこんな物を・・・・。何故目玉?
ある夜、私はシロップがどこから拾ってくるのか突き止めるために
シロップの跡をつけた。
シロップは私に途中で気付き、時々振り返りながら、こっちだよと言うように
わたくしを待ちながら、進んで行った。
どんどん山の中に入って行き不安になってきた。
私、迷子にならないかしら。
しばらく行くと、ほとんど獣道しかないような場所に、一軒の民家があった。
そこにはたくさんの猫が居た。中からおばあさんが出てきて、猫たちに
餌をあげている。遠くからでも、少し獣の臭いがする。
いったい何匹の猫を飼っているのだろう、と思うほど猫だらけだ。
シロップは走ってそのおばあさんの家の敷地内に入って行った。
「おや、お前、また来たのかい。お前も食べるかい?」
そう言っておばあさんはシロップに餌をあげていた。
なんだ、優しそうなおばあさんじゃない。
するとすぐ側で、猫同士が餌の取り合いで喧嘩を始めた。
するとおばあさんは、側にあった薪を拾っていきなり猫を殴りつけた。
私は声をあげそうになった。
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「やめな!ちゃんとお行儀よく食べないとこうだよ!」
その喧嘩をしていた猫たちを何度も何度も薪で殴りつけた。
「にゃあ!」猫が悲痛な叫びをあげた。
ひどい。いくらなんでも、そんなに叩かなくてもいいじゃない。
ちょっとでも優しそうと思ったのが大間違いだった。鬼婆じゃないか。
殴り続けられた猫たちはぐったりなってしまった。
その二匹の猫のしっぽを掴むとおばあさんはニヤリと笑って、
家の中に入っていった。
ヤバイ ヤバイ ヤバイ。あのばあさん、かなりきてる。
私は小声でシロップの名前を呼び、近づいてきたシロップを抱いて
転がるように山を駆け下りた。
私は一部始終を母に話し、シロップを外に出さないようにしようと決めた。
あそこに近づいてはいけない。
ところが、私が留守の間に、うっかり母がシロップを逃がしてしまったのだ。
私は、あそこに行ったに違いない、そう思い、怖いけど意を決して
あの家に向かったのだ。
シロップー、シロップー、私は山の中を歩きながら呼んだ。
シロップがあの家の庭からひょっこり姿を現し、口に何か咥えている。
目玉だ。私は全身があわ立った。
シロップはまた自慢げに私の目の前にその目玉を置いた。
いったい、ここで、何が行われているの?
私はシロップを抱いて、こっそり家の敷地に忍び込んだ。
勝手口が少し開いていたので、中を覗いてみた。
壁一面に猫の皮がぶら下げてあった。
私はひいっと息を呑んだ。その瞬間シロップが私の手の中から逃げた。
そして、家の中に入って行き、また戻ってきた。
するとまた口には目玉が。
ここはヤバイ。 に・げ・ろ。 私の頭の中で警告のアラームが鳴っている。
いきなり勝手口が開いて、おばあさんが鬼のような形相で叫んだ。
「この、泥棒猫!私の大事な宝物を盗んだんだね!」
シロップの尻尾をつかんだ。
私は大声で叫んだ。
「やめてーーーーーー!シロップに酷いことしないで!」
おばあさんは、驚いた顔を一瞬したが、ニヤリと笑って私を家の中に引き込んだ。
「いらっしゃい。お客様とは珍しい。まあ、あがりなさいよ。」
シロップの尻尾をつかんだまま、台所へと向かった。
「シロップを返してください!」
私はおばあさんに向かって叫んだ。
おばあさんは私を一瞥して
「それは無理だね。この子は悪い子だからおしおきをしなくちゃ。」
おばあさんは、シロップの尻尾を掴んだまま、土間に叩き付けた。
「やめて、やめて!」
私はおばあさんを止めようと、掴みかかった。
おばあさんとは思えないような力で私は突き飛ばされ、腕を引っかかれた。
まるで猫にやられたように腕に痛みが走り、傷からは血が滲んだ。
何度も何度もシロップを土間に叩きつけた。
「やめて、やめて、何でそんな酷いことをするの!」
ついにシロップは動かなくなった。
「警察を呼ぶからね!」
私は携帯を出して通報しようとした。圏外。
「つながらないよ。」
おばあさんはニヤリとした。
「あの子が悪いんだよ。私の宝物の、猫の目を盗むから。
新鮮なうちにあれを食べるのが私の楽しみなのさ。」
イヒヒヒと笑った。
狂っている。
私は脱兎のように逃げた。
山の中を走って走って逃げた。
シロップ、助けてあげられなくてごめんね。
私は嗚咽しながら、夜の山の中を走り、ようやく逃げ帰り
携帯がつながる圏内になってから通報した。
私は逃げてきた道を警官を連れて案内した。
そして、辿りついて、愕然としたのだ。
そこには、焼け残った民家がぽつんとあり、人の気配は何もなかった。
わたくしは警察を騒がせたことで、しつこく尋問され、今後このようなことのないよう
重々言い渡され解放された。
なんで?シロップはどこに行ったの?
あの家は何だったの?
あとでわかったことだが、あの家は以前、おばあさんが一人で暮らしていて
晩年、痴呆がひどくなり、とうとう終いには火事を出してしまい、焼死してしまったとのだという。
その後、その家の庭から大量の猫の死体が見つかったらしい。
その猫の死体からは、目玉が全て抜き取られていたということだ。
そんな猟奇的なことが何故ニュースにならなかったかというと、
おばあさんの親族が地元の名士であるため、その事実は握りつぶしたということらしい。
あるはずのない家で私が見たもの、そして、私のシロップは
今どこにいるのだろうか。
「にゃあ」
シロップ?
無事だったのね!
私はシロップに駆け寄った。
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シロップは、私の目の前に
みずみずしい目玉を自慢げに転がしたのだ。
作者よもつひらさか