『麗奈も行くやんね?』
予備校の自習室の窓から、ぼけーっと外を見ていたから、由梨花の問いかけに全く反応出来なかった。
見ると佳苗もこちらを見ていた。
『ふぇ!?』
『ふぇ、じゃない。肝試しいかんの?』
『そういう話になったん?』
『もう!』
『いつから聞いてなかったの』
結構前から聞いていなかった気がする。夏休みは勉強の予定しかないよねっていうくだりは、まだ会話に参戦してたかも。
という旨を伝えると、由梨花はため息混じりに説明してくれた。
大学受験の登竜門、夏休み。だけど勉強ばっかじゃつまらないし、最後に何か思い出作りをしたい。せっかくの夏休みなんだから、肝試しかなんかいこう。ということらしい。
京都で肝試しとなると、深泥池とか?嫌だなぁ…。
『あ、深泥池なんか行かん行かん。鴨川』
『鴨川ぁ?』
すっごい近所。あんまり怖い噂とか聞かないし…。
『えー、だってほんとに呪われたりしたら嫌やもん』
『受験生やしなー』
なんじゃそりゃ。要は夜遅い時間にちょっとした散歩に行くということか…。んー。ま、いいか。ちょうど、倦怠期に突入したところだったし。
『麗奈、行くやんね?佳苗もいくって言うてるし』
『んー。わかった。』
『よし、決まりー。今度の金曜日の、2時集合!!』
『2時?昼の?』
『夜に決まってるやん』
まじか。誰かモーニングコールして。
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親に、由梨花の家に泊まると伝えて、集合場所である橋に向かう。懐中電灯とお茶と財布だけ突っ込んだリュックを、歩きながら背負い直す。なにやってんだ自分。
由梨花は中学生の時からの付き合いで、仲良く同じ高校に進学し、同じ予備校に通っている。オカルト系に目がなく、何かと地球滅亡だフリーメイソンだと騒ぎ立てている。本人に霊感はないそうだ。
一方、佳苗は予備校で知り合った。彼女もオカルト大好きで、由梨花と一緒に語り合っているのをよく見かける。
私はというと、オカルトが好きな訳ではなく、由梨花や佳苗と一緒にいるのが好きだから、こうやって付き合っているのだ。
橋の上に、二人の人影が見えた。由梨花と佳苗だ。
『遅いで、麗奈』
『早く行こー』
『ごめんごめん。なに持ってきた?』
『私は懐中電灯だけ』
『私塩持ってきた!!』
なんと準備のいい。鴨川だけどね。
しかし、いくら鴨川といえど、カップルで溢れかえっている昼間と違い、夜は不気味だ。川の流れる音と、虫の鳴き声しか聞こえない。
『さ、行こー』
なぜかテンションマックスな二人の後ろに着いていった。正直、この二人がいなかったら、私は川辺に降りることさえ怖かっただろう。
『やっぱり夜は涼しいねー』
『うん。きもちいい』
確かに、吹き抜ける風は蒸し暑くなく、夜独特の匂いがまた非日常感を出していて、不気味な雰囲気だということを除いてはとてもきもちいい。毎日予備校に缶詰で、赤本や問題集とにらめっこの日々を少しでも忘れられそうだ。
『ほら、麗奈も来て良かったやろ?』
『まーね』
少しずつ雰囲気にも慣れてきた私は、素直に二人に感謝していた。本当に良い気分転換だ。
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何分くらい歩いただろうか。突然、前を行く二人の足が止まった。何か虫でも踏んだのだろうか。
『どうしたん?由梨花?佳苗?』
『…』
『…何…これ…』
二人の視線の先に、私も目を向けた。そして凍りついた。
お地蔵様が数体並んでいた。それ自体は、不思議なことでもなんでもない。お地蔵様くらい、いらっしゃっても普通だろう。問題はその形だ。
首から上がない。
頭がないのだ。
しばらく無言で、動くことも出来ずに、私たちはお地蔵様を見つめていた。少し、気温が下がった気がする。
最初に口を開いたのは佳苗だった。
『ふ、雰囲気あるやん。ね、由梨花?』
『そ、そうやんね。肝試しはこうでないと。麗奈、びびってるんちゃう?』
そう言って振り返った二人の顔も強張っていて、オカルトマニアの二人にとっても、かなり衝撃だったらしい。
当たり前だ。お地蔵様の首をもぐなんて罰当たりなこと、普通の人間はしないだろう…。
私は今すぐにでも帰りたかった。でも、二人はというと、
『首がないなんて、ひどい…』
『私たちが探してあげよっか』
と、怖がってるわりにはノリノリで、帰るという選択肢はないらしい。
まじか。なんかずっと寒気してるし、気づくと虫の声も聞こえなくなってる。明らかにおかしい。
『麗奈も真面目に探して!!お地蔵様が可哀想やろ』
『可哀想やけど…明日予備校授業ないし、明るくなってからでも…』
『見つけたときに探さないと、呪われるかもよ?』
えええ…私が首をもいだ訳じゃないんだし、なんで私が呪われるのよ…。
私はしぶしぶ懐中電灯で、木の隙間や草の繁っているところを照らした。二人も、お地蔵様を中心とした半径5,6メートルのところにバラけて、草を掻き分けている。
懐中電灯が照らすところ以外は漆黒の闇で、何も見えない。ぽっかりと丸く浮かび上がる範囲に、お地蔵様の首はない。
困ったな…。携帯の時刻を見ると、3時を回ったところだった。緊張感からか、眠くはなかったけど、疲労感が限界に達していた。
『由梨花、佳苗。そろそろ切り上げて帰――』
最後まで言えなかった。振り返りながら懐中電灯を振ったとき、丸く照らされたなかに、何かがあった気がした。
ゆっくり、懐中電灯と顔を戻す。やはり、そこにあった。
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転がっている首と、目があった。
でも、お地蔵様の首ではない。
女の人の、首だ。
心拍数が跳ね上がって、息が苦しくなった。でも、目を離すことが出来ない。
由梨花…佳苗…。二人を呼ぼうとして気付いた。音が聞こえない。さっきまで、ガサゴソと足音や草を掻き分ける音がしていたのに、今はその音が全く聞こえない。
怖い…苦しい…誰か…。
そのときだった。女の人が、口を開いた。
『――代わってよ――』
私は気を失った。
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遠くで、誰かが私の名前を呼んでいる。
『…な……ぃな………麗奈起きなさいっ』
『ふぇ!?』
私が目を開けると、心配そうな顔をしている由梨花と佳苗がいた。
『あれ…ここどこ?』
『由梨花の家。もう、麗奈が悲鳴あげて倒れたからびっくりした』
『ほんまに、家まで運ぶの大変やってんから』
ぼんやりした頭で、部屋にかかっている時計を見ると、4時少し前を指していた。
『…朝の4時?夕方の4時?』
『朝や。帰ってきてまだ10分たってないで』
頭がはっきりしてくるにつれて、さっきの出来事を思い出してきた。
『うわぁぁ』
『何?変な声あげて。呪われた?』
縁起でもない。私は、さっき見たものを二人に聞かせたが、二人とも信じたくないようだ。
『何かの見間違いやて。…な?』
『そ、そうやそうや』
『ほんまに見てんて!!信じてぇや』
しばらく議論していたが、三人とも疲れきっていたので、とりあえず寝ることにした。
私は、どうしても真ん中で寝たかったので、二人に挟んでもらう形で寝た。
翌朝。佳苗と私が同時に目覚めると、由梨花が青ざめた顔でパソコンに向かっていた。
『おはよう、由梨花』
『由梨花?』
『…おはよ…ちょっと…これ見て』
疲労困憊で、立ちたくないんだけど。でも、由梨花の様子がおかしいので、ふらふらと佳苗と一緒に机へ向かった。
由梨花が見ていたのは、京都の歴史について書かれたサイトだった。
『んー?何?』
『ここ…鴨川の欄に書いてあること…』
由梨花の指差すところに書いてあったことを要約すると、
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昔、鴨川沿いは処刑場であり、処刑で切り落とされた生首を晒す場所だった。また戦国時代には、多くの戦いの激戦地となっていた。その御霊を供養するため、首なし地蔵がたてられた。
ということらしかった。
『…麗奈が見たのって…』
『…うん…』
きっと、そのなかには無実の罪で処刑された人も、たくさんいたのだろう。
私じゃない。私はやってない。誰か、代わってよ。
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その日、私たち三人は、あのお地蔵様に花を供えにいった。
特にそのあと、何か異変が起こることもなかった。
ただ、2度と私たちが肝試しに行くことはなかった。
作者ほたて
始めて創作を書かせていただきました。自らの創造力のなさに驚きます。創作ですが、出てくるお地蔵様等は本当にあるらしいです。