「それでは、市営住宅1棟の臨時会議を始めたいと思います。
お忙しい中、お越しいただき、ありがとうございます。」
10階建て80世帯ある市営住宅の別棟の集会所に、10人の自治会の役員が集まっている。
自治会長 小野田の挨拶と共に、7時より役員のみの会議が始まった。
議題は一人の困った迷惑住人についてだ。
「山田さんには、本当に困ったもんですね。」
私は衛生委員をやっている。
昨年度は自治会長をやっていたのだが、再選はよくないということで、今年度は衛生委員になったのだ。
別に私は二期やってもよかったのに。私はまだ子供が小さいので、週に2回アルバイトしているだけだから、時間ならたくさんあるのだ。
山田さんが問題なのは、まず最初はベランダを勝手に改装して、フェンスをベランダいっぱいにはりめぐらせて、外からほとんど中の様子が見えないようにし、そのベランダいっぱいにゴミを
積み上げていること、そして、アパートの敷地内の芝生部分を勝手に掘り起こして、家庭菜園をしていることだ。
何でも1階に住んでいるので、防犯のフェンスを張り巡らせているとのことだ。
誰がそんな汚い部屋に侵入なんてするものですか、と常々思っている。
しかし、山田さんは普通の人ではない。被害妄想が甚だしいのだ。
ご近所とのトラブルも多い。
「山田さんのお隣と、2階のお宅は、夏の暑い日でも、窓を開けられないそうですよ。
においが酷くて、勿体無いけどずっとエアコンをつけっぱなしだそうです。」
副会長の弘中さんが言った。
弘中さんはもう、来年には家を建てて出て行くんだからいいわよね。
いい人ぶったって、わかってるんだからね。
もう私たちは関係ないわ、って顔してる。
でも、弘中さんも今は深刻なはず。
以前、山田さんから、娘さんが危害を加えられそうになったのだから。
ちょっと山田さんが、勝手に作っている畑を覗いただけで、ぶたれそうになったそうだ。
「俺の畑から、盗もうとしてるんだろう。」
と、わけのわからない言いがかりをつけられて。
山田さんは被害妄想が激しく、精神的に病んでいるっぽい。
最初越して来た時は、奥さんも居て、山田さん宅もそんなに酷い有様ではなかった。
だけど、あの山田さんの性格だから、すぐに奥さんと離婚して奥さんは出て行ってしまった。
それから山田さんは、自分の部屋のベランダにバリケードのようなものを作り、通りかかる人全てに攻撃的になって行ったのだ。
「市に、また掛け合ってみましょうか?」
自治会長が言った。
私は顔の前で手を左右に振って言った。
「ムリムリ、私が会長の時もさんざん掛け合って来たんだから。市役所の人が訪ねてきたら食って掛かるし、しつこく訪問したら無視しはじめちゃって。言うこと聞くような人じゃないもの。」
私はさんざん、市役所に通った。
でも、苦痛ではなかった。逆に何か、自分が必要とされているようで、自治会長という座は、意外と心地よかったのだ。
「そうよね、言うだけ、無駄っぽいよね。あの人さえ居なければね。ここは平和なのにね。」
会計の河原さんが言った。
派手な化粧に派手に爪に施したネイルアート。
大きく胸元の開いたショッキングピンクのTシャツに、ミニスカートから、すらっとした細い足が出ている。
全く、たかが自治会の会議なのに何考えてんだろ。若作りババア。
離婚して元旦那から慰謝料せしめてる上に生活保護まで不正受給してるくせに。
「山田さんが、居なくなればいいんですよね。」
私がぽつりと言うと、皆がいっせいに私の顔を見てきた。
「そんなこと。あるわけないじゃないですか。あの人、一生居座るつもりですよ、あの様子では。」
すると、体育委員の武田さんが
「あの人、おかしいんです。なんか毎日わけのわからないこと喚き散らしたり。玄関で偶然出会ったりしただけでも、泥棒呼ばわりするんです。もう私、怖くて。いつ何があるかわからなくて。」
そう言うと涙ぐんだ。武田さんは山田さんのお隣だ。
武田さんは大人しいからずっと我慢していたんだ。
なんだか武田さんが怯えている様子を見ると、気の毒に思えてきた。
「居なくなってもらいましょうよ。」
私は自分で発した言葉に驚いた。
「そ、そんなこと。できるわけないじゃないですか。」
自治会長が言った。
「じゃあ皆さんは、このままずっと何もしてくれない市や警察をあてにして待ってるつもりですか?あの人が生きている間中、悩まされたいんですか?」
私はヒステリックに言うと、皆口をつぐんだ。
「今の私の彼氏、組関係の人なんだよね。頼んでみようか?」
河原さんが言った。
皆いっせいに河原さんを見た。
「な、何をするつもりなんですか?」
自治会長が言った。
「消えてもらうんですよ。幸い、山田さんって身寄りがないみたいだし。
行方不明になっても、誰も心配しないし捜索願も出ないと思うんですよ。」
私はどんな情報でも知っているのだ。
人の情報を集めるのが得意だから。
「消えてもらうって、そんな・・・・・。」
「消えて、欲しいです。私は、もう、耐えられない。」
武田さんの目の奥に憎しみの炎が見えるようだ。
皆、腹に据えかねている。
「山田さんは、夕方必ず、勝手に作った自分の畑を覗きに出てくるんですよ。
誰か作物を盗りに来るんじゃないかって、見張りに来るんですよ。
あの畑にしてる所って、植え込みがあって、外部からぜんぜん見えないですよね。
その時がチャンスだと思うんですよ。拉致して、わからないよう山田さんちの玄関に
引き込めばいいんですよ。私、元看護士だから。注射得意なんですよね。」
私は淡々と述べた。
そこからは、山田さんを消す計画の役割分担へと会議は移行して行った。
それから数日後、私は夕方、畑の様子を見に来た山田さんに声をかけた。
「山田さん、精が出ますね。畑の作物、おいしそうに出来てますね。」
私がそう言うと、山田さんは案の定血相を変えて怒鳴り散らした。
「俺の育てた野菜を盗もうったってそうは行かねえからな!」
そう言うと私に近づいてきた。
山田さんの後ろからそっと近づいてきた大男に気付かないようだ。
大男は河原さんの彼氏だ。山田さんを羽交い絞めにして口を塞いで、玄関までひきずりこんで、管理人から借りた鍵でドアを開けた。
玄関から入ると中までゴミでいっぱいで、私はにおいで吐き気がした。
ゴミの山の上に押し倒され、ゴミを口に押し込まれた山田さんは
叫ぶことができず、押さえつけられた腕に私は注射針を刺した。
「山田さん、あなたは周りの人にどれだけ迷惑をかけてるかわかります?
一生わからないようだから、消えてもらいますね。この薬は筋弛緩剤でね、
手に入れるのに苦労しましたよ。元の職場から失敬してきちゃいました。
大丈夫、苦しまずに楽に死なせてあげますからね。ちょっとだけチクっとしますよー、我慢してね。」
私は、言いようのない興奮に襲われていた。
こんな風に無抵抗の人間をいたぶることが、こんなにも快感だとは思わなかった。
山田さんはすぐに静かになった。
見れば、初老のしょぼい爺さんじゃないの。
こんな人に皆が苦しめられてたなんて。
自治会長と副会長、それと河原さんの彼氏の3人で夜陰に紛れて、山田さんを畑まで運んだ。
男性陣は深く深く畑に穴を堀り、2mくらいになったところで、山田さんを放り込んだ。
共同作業だ。自治会が一致団結して作業を行っている。
上から土を掛けて、作業が終わる頃には夜が明けていた。
私たちは達成感と開放感を味わっていた。
これで私たちの生活を脅かす者は何もないのだ。
数ヵ月後、市役所から派遣されてきた業者が、山田さんの部屋のゴミの撤去を始めた。
山田さんは数ヶ月間行方不明で、当然家賃も滞っており、山田さんはここに住む資格をとっくに失っていたのだ。
元山田さん宅はすっかり綺麗になって、悪臭もしなくなった。
山田さんが勝手に畑にしていた敷地は、それからさらに数ヵ月後
駐車場の台数不足解消のために、コンクリートで固められ駐車場となった。
これで、元通りの市営住宅の平穏な生活が戻ってきた。
証拠もコンクリートで固められて、皆は心の底から平穏を得たのだ。
ただ私だけは平穏を得られなかった。
何故なら、その駐車場を通るたびに、駐車場の隅から山田さんが恨めしそうに私を見るからだ。
作者よもつひらさか