僕の名は安部 零士。どこにでもいる普通のサラリーマンである。
残業でボロボロになった身体を引き摺ってアパートに帰るのも、ふと思い付いてコンビニに寄り、発泡酒なんかを買って帰るのも、何もかも普通だが、一つだけ人と違う点がある。
「…まただよ」
僕は足を止め、溜め息をついた。
視線の先には、どこにでもある自動販売機。
その脇に、女が立っている。
ただの女じゃない。
彼女には、腕がついていなかった。両腕とも、引きちぎられたようになくなっている。
そう。僕には、この世ならざるものが見える。
(ついてきませんように…!)
僕は女の側を、なるべく彼女が視界に入らないようにしながら通りすぎた。
「…ふー。」
どうやら目はつけられなかったようだ。
「目をつけられると、厄介だからな。」
あの手のものに目をつけられた日には、それはもう大変だ。
夜は寝ないで夜通し奴らの相手をし、成仏を手伝う。
一睡もしてなくても、次の日の仕事は待ってくれない。
「ま、今日は恵まれてる方だな。見るだけで済んだし。」
僕はアパートへの道を急いだ。
ー
「ただいまー。誰もいないけど。」
僕は無事部屋に帰りつき、明かりをつけた。
その瞬間、視界に入ったのは先程の女だった。
「うわ!?」
女はゆらゆらと揺れながらこちらに近付いてくると、顔をあげた。
「おぉっ!?」
僕は更に驚いた。
「…美人だ」
その女は、稀にみる美女だったのだ!
女は微かに唇を動かし、言った。
「あの…。さっきすれ違ったとき、私に気付いてましたよね?」
バレてた…。
「すみません…。今まで幽霊と関わって、ろくなことになった事がないんで。」
顔も見えなかったし。
「いえ、いいんです。私もあなたの事呪うつもりでついてきたんで。」
「は!?」
え、何で見ず知らずの幽霊から呪われないといけないの!?
「えっ、やめてよ、僕が君に何かした?」
「いえ、何も。」
「ひっでぇー、不条理だ!」
「幽霊ってのは不条理なものでしょ。」
「う…。」
そうだけどさ…。
僕は取り敢えず、彼女の話を聞いてみる事にした。
先程買った発泡酒片手に、質問する。
「えーと、まず聞くけど、君はどんな思いがあって幽霊になったの?」
「信じてた彼氏に裏切られたんです。本当、ムカつく!」
軽…。今まで会った幽霊史上最軽…。
「最初はその彼氏のとこに化けて出てやろうと思ったんですけど…。引っ越しちゃったらしくて見つからなくて。で、そこに通りかかった、背格好の似てるあなたを呪うことにしたんです。…あー、何か思い出したらムカついてきたわ。ちょっと祟っていい?」
「ちょっ、そんな軽いノリで祟るのやめてよ。」
黙って浮いてればただの美人な幽霊なのに…。
「…で!その腕はどうしたの?」
「あ、周りのもっと強い悪霊に食べられちゃって…。」
「ふーん。」
「あ、でも不便はないですよ?普通に念力みたいなの使えますから。…はっ!」
彼女が念じると、僕の持っていた発泡酒の缶が潰れて中身が吹き出した。
「わわっ、ポルターガイストすなっ!!」
僕は慌てて吹き出した中身を舐め、溜め息をついた。
(…何なんだ、この幽霊は!)
気を取り直して、次の質問。
「君の名前は?」
「美夜子です。貴船 美夜子。」
いかにも美人ネームだ。
「…じゃ、美夜子さん。今はどうしたいの?」
「あなたを全力で呪いたいです!」
「そーゆーことじゃなくて!嬉しそーに言うなっ!」
美夜子さんはつまらなそうに唇を尖らせた。
「…あ、まだそっちの名前聞いてないんですけど。女性を先に名乗らせるとか、礼儀のなってない人ね。」
「あ、すみません。僕、安部って言います。安部 零士です。」
「へー、安部 零士さん、ね…。」
「…何ですか、ニヤニヤして。気味が悪いです…。」
「私、幽霊なんだから。気味が悪くてナンボよ。」
本当、幽霊らしくないやっちゃなー。
「あのさ、あなたの名前、安部 零士って…。」
「あーもう!そのことに対するイジりとかそういうのいいから! 」
名前イジりは散々受けてきたけど、まさか幽霊にまでやられるとは。
「名前アベレージなくせに、全然平均的な人間じゃないのね。」
「うるさいな!塩かけるぞ、塩っ!」
「残念ながら塩ごときに負ける私ではありませんよー♪」
「く、くっそー!腹立つ!」
本当に、一体全体何なんだ、この幽霊は!
作者狛狼
完全フィクションです。反響があれば、続きを書きたいと思います。