私には結婚を心に決めた相手がいた。
名前は詩織。美人で気立ても良い、最高の女性だ。
出会いは偶然。運命としか言えないようなものだった。
私の働いていた植物の研究所に、彼女は天使の如く舞い降りた。
程無くして私達は付き合い始め、周囲の人間からやっかまれる程によいカップルとなった。
だが、その矢先の事であった。
彼女に余命宣告がなされたのは。
「嘘だろう…、余命3ヶ月?」
彼女は弱々しく頷いた。
「うん…。びっくりしちゃうよね、そんな急に言われても。」
私の目の前は真っ暗になった。
「でも、ついこの間、結婚の約束を…。それなのに、それなのに…!」
混乱し、頭を掻き毟る私を、彼女は宥めた。
「落ち着いてよ。ほら、そんな事したら折角のオールバックくずれちゃうよ。それに…。」
彼女は一旦俯き、もう一度こちらに向き直って笑った。
「あなたが…、陸がそんな顔してたら、私、頑張れなくなっちゃうもん。」
そう言ってこちらを見つめる彼女の目には、涙が溜まっていた。
「…詩織」
私は、その温かい体を抱き締めた。
そうだ。今は私が彼女にできる事を、精一杯やってやるべきだ。
私の持っている、スキルを使って。
―
次の日から、私はある研究に没頭した。
「君、何の研究をしているのかね?」
所長がたまに聞いてくる。
「はい、長命な花の研究をしています。」
「なるほど、それで長寿の薬を作ろうとでも考えているんだな。」
「…。まあ、そんなところです。」
「はは、実現はまず無理だろうが、せいぜい頑張れよ。」
所長は笑いながら去っていった。
馬鹿な男だ。
あんな男には、私の高等な考えなど一生かかっても理解出来ないだろうな。
私は再び作業を始めた。
―
あれから2ヶ月。
ついに私の努力の結晶とも言える、健康な人間と同じ寿命の花が誕生した。
私は彼女を呼び出し、研究の報告をすることにした。
「なあに、話って。」
彼女に花の事を全て話した。
「凄いじゃない!早く学会で発表しないと。」
「いや。そんな事はどうでもいい。」
私は彼女の手を握り締めた。
「あの花の本当の完成には、君の協力が要るんだ。」
「なに、私にできる事なら何でもするわ。」
私は彼女に微笑んだ。
「君に、あの花と一体になってほしい。」
「えっ…?」
彼女は微かに戸惑いの表情を見せた。
困惑した目元が、美しい。
「あの花に足りない決定的なものは、美しさ、いとおしさだ。それを君は兼ね備えている。」
「どういうこと…。」
私が握った手を、彼女は少しよじった。
私は手の内にある美しく愛しいものを逃がさないよう、さらに強く握った。
「ちょっと陸、痛い…!」
「お願いだ、私の研究の一部になってくれ。」
「…いやっ!」
私の大切な「花」は、私の手を振り切って逃げてしまった。
「…駄目だ、駄目だ!」
こんな事では「シオリ」が完成しない!
「ずっと、永久に、一緒にいたくないのか、この私と!!」
私は、彼女に使うつもりだったメスを二本、両手にかまえて彼女を追った。
案外簡単に、彼女は捕まった。
手のなかで必死にもがく様子が、なんとも愛らしい。
「さあ、私と一緒に来い。君を長く、美しく生きさせてあげる。そして、永久に愛でてあげる。」
「いやっ!私は愛でられるだけの花として長生きするなら、人を愛し愛されて残りの命を過ごした方がいい!」
手のなかの花は、美しい音を奏でている。
私は花を研究室に運び、その細い首筋に注射した。
「っー!」
はなはしずかになった。すこしざんねんだ。
わたしはおおきなうえきばちに、はなをうえた。
「…フフフ」
むねのそこからわらいがこみあげてきた。
「ハハハハハ、完成だ!遂に完成したんだ!!」
わたしはうえきばちをだいた。
「これで、ずっと一緒だぁ…!」
めもとからみずがでた。
作者狛狼
何だか尻切れ蜻蛉な話になってしまいましたが…。そこは読者の皆様個人の解釈にお任せします。
何にしろ、行き過ぎた愛情って怖いですね…。という話です。