「アリーシア、ここは俺に任せて逃げろ!」
「アキラスを置いてなんて逃げられない!」
「バカ、死ぬぞ!大丈夫だ、俺の炎の攻撃魔法で敵を木っ端微塵にしてやる。
アリーシアは、俺がぜってー守る!」
俺はそう叫ぶと、魔方陣の中で呪文を唱え、ファイヤードラゴンを召喚し悪しき王に向けて放ったのだ。
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よし、今日は執筆活動はこれくらいにしとくか。ベッドの上に転がった、ポテトチップスの袋にアキラは手を伸ばす。脂ぎったその食物を鷲づかみにし、ベッドの上にこぼれるのもかまわず、貪り喰う。その脂で汚れた手で、パソコンの横に置いた1・5ℓの黒い液体の入ったペットボトルを掴み、口の中に流し込む。一応、気持ち悪いのか、その脂ぎった手を自らのTシャツでぬぐってから、マウスを握り、下書き保存のボタンをクリックした。そして、うっとりした目で、自分の書いたシナリオをまた頭の中でなぞる。
そうだよ、アリサちゃんは僕が守らなきゃ。アキラは、壁に貼られたアイドルユニットのポスターを見つめる。僕が守るって言ってるのに、アリサちゃん・・・。アキラは昼飯時に見たワイドショーを思い出して、腹を立てていた。
「あんな、チャラい男に騙されやがって。」
きっと異世界では、アリサちゃんは僕の良さに気付いてくれるんだ。そうだよ、この世界こそが僕にとっての異世界だ。僕が太っているというだけで皆が馬鹿にして、運動ができないというだけで馬鹿にして。勉強だって、僕が本気を出せばきっともっとできたはずなんだ。この世界では、周りがクソだ。親も、同級生も、教師達も。本当の僕の能力を引き出せるものは誰一人いやしない。この世界の人間は無能だ。僕はきっと異世界では、この小説のように凄い能力があるに違いないのだ。
アキラは、眠くなって来た。パソコンをつけたまま、ベッドに横たわり、そのまま寝てしまったのだ。
「アキラス、アキラス、起きて。」
アキラは女の子の声で目が覚めた。
「え?もう朝か?」
アキラは寝ぼけている。
「違うよ、アキラス、おめでとう。貴方は見事敵を倒して、この世界に転生することができたの。」
はぁ?何を言ってるんだ?それは小説の世界の話。この声、どこかで聞いたことが。アキラは眠い目をこすり、目を凝らして女の子を見た。
「アリサちゃん!どうして?ぼ、僕は、アキラだよ。アキラスじゃない。」
「私はアリサじゃないわ。アリーシアよ。あのね、アキラはあちらの世界が嫌いだったでしょ?おめでとう。アキラは死んだわ。貴方は今日からアキラスとして生まれ変わるの。」
ははーん、これは夢か。なーんだ。
「そっか、僕は勇者なんだ。」
「そうだよ、無敵のアキラス。」
岩陰の向こうからツインテールの女の子が出てきた。
「まりり!」
僕は思わず叫んだ。アリサの次に推してるメンバーだった。
「ううん、私の名前はマリーナ。」
微妙に異世界っぽい名前になってるのか。
よく見れば、僕の好きなKYB48のメンバーが周りに揃ってるじゃないか。
ここはハーレムか?全員が僕を見ている。こんな夢なら大歓迎だ。
その時、急に地面が揺れ、咆哮が聞こえた。
僕らのギルドに向かって、何か得たいの知れない、大きな物が走って来るのが見えた。
大きなトカゲに似ている。アキラはそれを見て、腰を抜かした。
「ひ、ひぃっ!」
情けない声がアキラの喉の奥から出た。
「アキラス!戦うのよ!ほら、魔方陣を作って!呪文を唱えるの!」
アリーシアが叫ぶ。無茶言うなよ、僕には出来ない。アキラはどうして良いかわからず、とりあえず魔方陣を出すことを念じた。小説のようにすぐに、魔方陣が出てこない。トカゲのモンスターは凄いスピードで迫ってくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。魔方陣、作るからぁ~。呪文も唱えな・・・。」
アキラはトカゲモンスターに頭を咥えられた。声を出す暇もなかった。
トカゲモンスターはアキラを咥えて振り回した。アキラが血の雨を降らす。
そしてトカゲモンスターは上を向いて、血まみれのアキラをゆっくりと飲み込んだ。
アキラを飲み込んだトカゲモンスターは口の周りの血をぺろりと舐め取った。
KYB48に似た女戦士達はあとかたもなく、その場から消えていた。
トカゲモンスターは、どんどんと小さく姿を変えて行った。そして、黒尽くめの長身で痩身の、肌は抜けるように白い青年に姿を変えたのだ。
「あー、こいつ何食ったらこんなにマズいんだよ。オェ。」
黒尽くめの男は、胸の辺りを気持ち悪そうに撫でた。
「ご苦労様。獏。」
黒尽くめの男にねぎらいの言葉が投げかけられた。
「今回は特に、クソ不味かったから高いですよ?総理。」
「わかったよ、報酬は弾むよ。まったく、前政権のバカがニート保護法なんて、国民に媚びた法律を作るからニートが増えすぎてね。せっかく働き口があっても、これでは働かない得みたいになってしまって。ニート歴が長い者はやむを得ず消えてもらうしか無いよ。これじゃ国が破綻してしまうからね。」
総理がそう言うと黒尽くめの青年は、アキラの意識から静かに浮上して来た。
一国の総理が悪魔と契約するなど、世も末だな、と獏は思った。
「だから、カロリーの高い物ばかり食べるのはやめなさいって言ったのに。」
アキラの母親がアキラの亡骸にすがって泣いている。
「アキラ君、心筋梗塞だって。ちょっと太りすぎてたから心臓に負担かかっちゃったのかしらね。」
ひそひそと縁者が語る。
「まあ、もうアキラ君なんて歳じゃあないんだけどね。49だから。確か一度も就職したことなかったんだよね?」
「しっ!聞こえるわよ。」
作者よもつひらさか