それは突然訪れたんだ。何の前触れもなく……。
大学時代からの仲間と河原でバーベキューをしていた時にふと気付いた。伊藤という男友達が焼けた肉や野菜を皿に移して俺に手渡してくれたんだが……。
「はいよ、コレお前の分」
「サンキュー」
伊藤は俺のほうに顔を向けていたんだが、目を合わせようとはしなかった。眼球がギョロッと一回転する手前で止まっているような……やけに上のほうを見ていた。
「…おい、伊藤。人と話す時は相手の目見て話せよ」
「は?俺、お前のことちゃんと見てんじゃん」
「いや……でも、」
「おっと。火加減見てくるわ。肉、食っとけよ」
伊藤はそのまま行ってしまった。その時はただの勘違いだと思ったんだが……違った。
仕事先の会社でのこと。後輩にコピーを頼んだら、「分かりました」と言うものの、やはり俺と目を合わせない。伊藤の時と同じく、眼球がギョロッと動き、上のほうを見ているだけだ。
「何ですか?」
俺がジッと顔を見ていたからだろう。後輩はキョトンとしてそう聞いてきた。俺は眉間を揉みながら「何でもない」と答えるのがやっとだった。
疲れているのかもしれない。だが、幾ら寝ても休んでも状態は変わらなかった。念のため病院で脳やら目やらを診て貰ったが、異常はないという。
「うーん、これと言って特に悪い部分はないですから……。あなたの気にし過ぎか、勘違いってことかもしれませんよ。疲れから幻覚が見えることは実証されてますしねぇ」
向かいに腰掛けた医師はそう言った。やっぱり俺と目を合わせずに。
……人から目を合わせて貰えないことが、こんなにもストレスになるとは思わなかった。半年も過ぎると、俺の精神は呆気なく蝕まれ、崩壊していった。
会社を休みがちになり、町にふらふらと出掛けては見ず知らずの他人に声を掛けた。誰しもが「はい?」と言って振り向く……振り向くのだが……
俺の目を見ろよ
俺の目を見て話せよ
何だって誰も俺の目を見ないんだ
何でだよ
見ろよ
見てくれよ
誰か
誰か
誰でもいいから
誰か お れの め を
狂ってしまったのは俺自身なのか。それとも世界なんだろうか……。
あれから数十年経つが、未だにこの状態は続いている。
「……なあ、誰か。こっち向けよ、なぁ。俺を見てくれよ。おい……そこのお前。そう、そうだよ、お前だよお前。こっち見ろ。俺と、俺と、俺と、」
目 を 合 わ せ て く れ。
作者まめのすけ。-2