「今から十年前のことなんですが……」
宮原さん(仮名)は重い口を開いた。年齢は三十代半ばだと聞いていたが、頭髪が全て真っ白なこと、目元や頬に刻まれた深い皺があることから、失礼だが六十代と言われても違和感がない。
宮原さんは一旦言葉を区切り、珈琲を苦そうに啜った。そして、ようやく重い口を開いた。今にも泣きそうな顔をして。
「……ほんの悪ふざけだったんです。まさかあんなことになるなんて思わなかった……。だって、ねえ、分かるでしょう?若い時なんて、勢いだけで生きてるんだから……だから……、だから……、」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
宮原さんは誰にともなく頭を下げて謝り、罪を告白した。十年の間、ひた隠しに隠していた罪を。
それはあるテレビ番組から始まった。何気なくテレビを見ていると、ドッキリ番組がやっていたという。
ドッキリ番組とは言っても、手の込んだものではない。一般人が自分のビデオカメラや携帯電話で撮った面白い映像をテレビ内で発表するというものだ。
これがなかなか見応えがあり、宮原さんは興味を持った。そしてこれくらいなら自分でも作品が作れるのではないかと考えたそうだ。
善は急げ。テレビを見終わった宮原さんは、その足でホームセンターへと出向き、丈夫なロープと木の板を購入。それらを家に持ち帰り、すぐ準備に取り掛かった。準備とはいえ、マジックで木の板に大きな文字を書くだけなのだが。
ーご自由にお使い下さいー
木の板にはそう書いた。そしてロープ共々車に積み込むと、ある場所へ向かった。有名な自殺の名所、富士の樹海である。
道の端に車を停めた宮原さんは、木の板とロープを車から下ろした。そして適当に歩き回り、ちょうどいい枝振りの木を見つけると、ロープの先端の部分に輪を作り、残りの部分を枝に固く縛り付けた。最後の仕上げに、「ご自由にお使い下さい」と書かれた木の板を根元に立て掛ければ完成だ。
「これでよし!」
悪趣味な作品だったが、宮原さんは大いに満足だった。ただ、新品のロープや木の板がどうにもリアリティではない。そこで数日間野放しにし、ロープや木の板が少し朽ちて汚くなったところで、ビデオカメラで撮ろうと思い、その日はそのまま家に帰った。
三日後。宮原さんは再び車を走らせ、富士の樹海に向かった。ビデオカメラを片手に目的の場所まで歩く。
と。
「……、!?」
誰かが、いた。長い黒髪に白いワンピース。その出で立ちから女性だとすぐ分かった。彼女は宮原さんが木に括り付けたロープにぶら下がり、キィキィ揺れていた。
女性はこちらに背を向けていたため、どんな表情をしているかは分からない。だが、だらりと力なく垂れた手足からは生命力を全く感じない。風もないのに、キィキィと体が右に左に頼りなく揺れている。
キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……キィキィ……
どれくらい呆然としていたのだろう。宮原さんはハッと我に帰り、わけの分からない奇声を発して車に戻った。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、……」
俺のせいか?俺があんなことしたから、だから彼女は……いやいや、違う。彼女は元々、自殺する気でいたんだ。でなきゃ富士の樹海なんかに誰が行くもんか。自殺するつもりだった時に、たまたまロープを見つけて、それで衝動的に……でも、俺があんなことしなければ、彼女は死なずに済んだかもしれない。自殺するかどうか、まだ迷っていたのかもしれない。これは犯罪になるのか?直接は手を下してはいないが、自殺を助長したことになる……のか?
俺が殺したも同然なのだろうか。
宮原さんは結局、警察に通報しなかった。震える手でハンドルを握り、そのまま逃げ帰った。
話を終えた彼は、ガックリとうなだれたまま、長い溜め息をついた。そして、おもむろに辺りをキョロキョロと見回す。どうしたのかと尋ねると、宮原さんは強張った顔をして呟いた。
「……あれ以来、ロープが軋む音が耳元でするんですよ。キィキィ、キィキィって……。仕事をしている時も、家でくつろいでいる時も、ひっきりなく……。はは、生きた心地がしませんよ……」
最後に彼はポツリと言った。
「今でも彼女はロープにぶら下がっているのかもしれません。キィキィとロープを軋ませながら……」
作者まめのすけ。-2