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僕は一度呪いをかけられたことがあった。
呪いとは言っても、今となっては、よく分からないのだが…。
高校三年生の冬。
僕には自称霊能者の友人と、そのライバル的存在であった、泉井という大学二回生の女性の知り合いがいた。
泉井さんとは、ある夏の怪奇な事件があってからよく会うことがあったのだが、逆に、毎日のようにあっていた友人との距離は離れていく一方だった。
その頃の彼は、遣る瀬無さげで、何処か寂しそうに見えた。
ある日、泉井さんと道端で出会った。
今思うと、偶然を装い彼女から接触してきたのだろうが、彼女の友人であるところの女性にまつわる話を聞くとも無しに聞かされた。
聞いている時に度々不吉なものを感じていた。
三面鏡を使った呪術の話だった。
なんでも、呪術に特化した人物で、最近九州から大阪の大学に通うために僕の地元に引っ越してきたそうだ。
「大阪に引っ越せば良いのに」
と水を差す。
いや、普通なら大阪に行くだろ…。
泉井さんも同じことを彼女に行ったそうなのだが、「ここならあなたと一緒に帰れるでしょう?」と返され、続けて「この辺りには面白い人が居るみたいだから」なんて言っていたそうだ。
彼女は一度、泉井さんの家に泊まったことがあり、その時に男でも見つけたのかな、なんて彼女の話を聞いた当初は思っていたそうだ。
話は遡るが、その日の昼間の話、僕は久しぶりに僕の友人で自称霊能者の友人の家に招かれていた。
彼の家の洗面所にある鏡は三面鏡で、彼も三面鏡は霊界に繋がる穴だとか、霊力を高めるだとかと言っていた気がする。
その日からだ。
はじめに異変に気付いたのは高校のトイレだ。
用を足して、出口に向かう途中、耳鳴りが鳴り、背後から視線を感じた。
後ろを振り向いても人の影も形もない。
次の異変は、夜、連れの家から帰る道中、ガラス張りの喫茶店の横を通り過ぎた時、また耳鳴りと視線を感じた。
後ろを向いても、道行く人の後ろ姿が見えるだけで誰もいなかった。
風呂に入っている時だ。
頭を洗っていると、耳鳴りが鳴りだした。
今は勘弁してくれよ、なんて思いながらシャワーの蛇口をひねり、シャンプーを洗い流す。
目を閉じていると、想像された僕の背後の人影が瞼の裏に浮かびあがろうとする。
慌てて目を開けると、鏡越しの僕の背後に、驚いた様な女の顔があり、消えた。
これにはビビった。
風呂を上がり、着替え、ある住宅街の中にある廃病院へと自転車を走らせる。
冬の夜風が僕の体を芯から冷やす。
廃病院に着くと、若干転びそうになりながら自転車を飛び降り、フェンスを飛び越え、敷地内にダイブする。
普通ならあんな体験をした後にこんな場所に来る奴は居ないだろうが、僕はここにこの境地からの脱却方法を知っているかも知れない人間がいることを知っていた。
敷地内の居住区の様な二階建ての建物の屋上に人影が見える。
それが此方の足音に気付いたのか、振り向き。
「よぉ、どおした?」
僕は慌てふためき、呂律も回らない舌を必死に動かした。
「風呂におっおおんなが!
じゃなくて、えっと…呪いが!」
訳がわからないことを並べ立てる。
人影がプププと含み笑いをするのが分かった。
それは僕の前に歩み寄ってくると、落ち着け、と頭を小突いた。
これをされると、何故か落ち着いてしまうので不思議だ。
この廃病院は彼の隠れ家的存在だった。
彼というのは、僕の友人の変人で、自称霊能者を語っている。
まあ、昼間にも一度会っていたのだが。
事情を説明すると、彼は感慨深げに頷いていたかと思うと。
「か・が・み」
と一音節音に区切り、呟いた。
何のことか分からない、そんな顔をしていると。
「トイレの出入り口の前には基本的に鏡があるね?」
とニコニコしながら言ったので僕は無言で頷いた。
それは、お前の学校のトイレも同様?
と言ったので、もう一度頷く。
彼は続ける。
「次の耳鳴りは喫茶店だね。
あそこの店はガラスが半分マジックミラーになってるんだよ」
確かにそうだ。
「で、お前の家の風呂の鏡」
合点がいった。
全て鏡がある場所で起こっていた。
そして、あっけらかんと言う。
「これからそれに遭遇したくないなら、目につく鏡を全部叩き割れ」
「そんなことできるわけないやん!」
速攻で返す、当たり前だ。
彼は仕方ない…、と呟くと、今日は帰れと言ったので大人しく帰る。
帰り道はなるべく何かが映るような場所があるところは通らなかった。
次の日、彼の家に呼び出された。
洗面所に連れ込まれる。
そこには三面鏡があり、耳鳴りがなったら呼べというと、リビングの方に行ってしまった。
異変が起こったのはすぐだった。
鏡を見ていると、スゥっと人影が浮かび上がった。
耳鳴りが鳴る…そう思った瞬間だ。
「伏せろ!」
と聞こえ、咄嗟にその場に這い蹲ると、洗面所の扉が勢いよく開け放たれ、破壊音が鳴り響いた。
何が起こったのか分からず、パニックを起こしそうになる。
すると、彼が言った。
「これで…鏡になんか映ることはないやろ」
そう言うと、彼は財布を取り出し、その中から木の塊のようなものを取り出す、それは真っ二つに割れていた。
それを眺める彼は、何処か寂しそうに見えた。
その日から、鏡に関する怪異に見舞われることはなくなった。
後日、泉井さんに出会った。
珍しく、浮かない顔をしていたので声をかける。
彼女は言った。
「鏡がな…」
彼女も僕と同じ目にあっているようだ。
ふと、頭によぎったフレーズを言ってみる。
「目に付く鏡を全部叩き割ったらどうですか?」
作者慢心亮
泉井さん!