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「上等じゃコラァァァ!!
もういっぺんぶっ殺してやらああ!!」
突如として聞こえた怒声に身を竦める。
今、目に見えるのはくたびれ、所々鉄筋が見え隠れする壁と、闇だ。
「嗚呼…なんでこんなことに…」
と誰にともつかない溜息と独り言を吐き出してみる。
事の始まりは一時間ほど前に遡る。
「廃墟に行くぞ」
という友人の誘いを安請け合いしてしまったことから始まる。
その団地では過去に、ある宗教団体に所属する若者が集団で心中したというおどろおどろしい噂話が蔓延っているとも知らず。
友人のスクーターを40分走らせると、そのアパートは現れた。
見た所10年は雨風にさらされているように見える、壁は黒く黒ずんでいた。
「見ろよ、あの三階の窓」
ニヤニヤしながら友人がそう言ったかと思うと、小走りにその団地の入り口へと向かっていく。
廃墟慣れしてない僕はというと、足に力が入らず、その場で動けずにいた。
待つこと10分、友人の帰りが遅く堪らなくなった僕は廃墟へと歩み寄っていた。
《三階の窓》という彼が言った言葉が重く頭の中を這いずり回っていた。
なにせ、その団地は二階建てで、三階なんてなかったのだから…。
中の様子はかなり荒れていた。
天井の穴の中の闇からこちらを覗き込む顔が見えたような気がして、頬をペチペチと叩く。
「枯れ尾花だ、何をビビっているんだ僕は…」
そう自分に言い聞かせ、歩みを進める。
一先ず二階に上がろうと、今にも折れそうな朽ちた鉄の階段に足をかけた時だ。
「上等じゃコラァァァ!!
もういっぺんぶっ殺してやらああ!!」
という怒声が聞こえ、身を竦める。
友人の声だ。
溜息と愚痴をこぼしてから、その声の主の名前を呼ぶ。
返答はない、声は頭上から聞こえたのだから、階段を上がると、思いの外、広い部屋に出た。
「ここって…アパートだよな…」
アパートにしては広すぎるように感じる。
部屋の奥から物音が聞こえ、咄嗟に懐中電灯をそちらに向ける。
友人がいた…のだが、ギョッとする。
その体には無数の手や、顔が絡み付いていた。
友人は無表情で、どうした?と聞いてくる。
「ど、どうしたもなにも…!」
そこまで言うと
「ここはもうヤバイ、出るぞ」
と手で制された。
「入る前に言っとった三階ってどういうこと?」
アパートを出るなり、手やら顔やらが絡み付いている友人に問いかける。
「あ?あるやろ?三階」
そう言いながらアパートの見えないはずの三階を指差そうとするが、その指がスッと下げられる。
「あれ?おかしいねぇ、なくなってるね」
彼がそう言った直後、アパートは魂が抜けたかのように大きな音を立てて崩れ去った。
「帰るか」
友人はそういうとスクーターのエンジンをかけた。
作者慢心亮
僕編