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中編6
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振り向く

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大学一年生の冬だった。

僕の大学のサークルに牧下という奴がいた。

牧下は僕の大学時代の数少ない友人の一人でもある。

「車貰ったからちょっと遠出しようぜ」

そんな彼から誘いを受けた。

なんでも父親の知り合いから車を譲り受けたのだという。

11月9日に出発。

今日は11月2日、手帳のカレンダーを確認するが、予定は入っていない。

僕は指でOKサインを出すと、牧下はニッコリと笑い大きく頷いた。

6日が過ぎ、当日、僕の住むアパートの前に軽四が止まった。

家の扉を開けると、軽四の前で牧下がおっす!と手を挙げていたので、うーすと気の抜けた声で返事をする。

助手席は空席だが、後部座席からは人の気配を感じる。

後部座席のドアを開けると、そこには大学の先輩の泉井さんが座っていた。

「ドア開ける時くらいノックせぇ!」

と怒られる。

どうやら牧下は僕以外に彼女も誘っていたようだ。

慌ててスミマセンとドアを閉め、助手席に乗り込む。

「出発!」

と牧下が上機嫌に声を上げると、後ろからうるせぇ!と泉井さんが運転席の背もたれをひと蹴りした。

今日の目的地は淡路島にある滝。

冬に滝とはと言いかけるが、何でも泉井さんの希望なのだと言う。

文句は言えない。

明石海峡大橋を渡り、淡路島に上陸する。

海が綺麗だ。

当分車を走らせると、鮎屋の滝に到着した。

駐車場からは徒歩1、2分ほどで行けるそうだ。

大自然の中を歩くと遠くから水の流れる音が聞こえる。

「いいとこやな〜」

と一眼レフのファインダーを覗きながら牧下が言う。

滝まで来ると、やはり肌寒さを感じる。

滝の音と、シャッターを切る音だけが聞こえる。

ふと思い、後ろを振り返る。

そう言えば泉井さんが居ないな。

来た道をじっと見ていると、遅れて泉井さんが現れた。

なにやら思案げな顔をしているかと思っていると、ニヤニヤとした顔になった。

その顔が記憶の中の誰かの表情と重なったような気がした。

「どこ行ってたんですか?」

そう尋ねると

「普通に歩いてただけや」

やけに歩くのが遅いなと思った。

僕はファインダーを覗きながら、また、度々立ち止まり、シャッターを切りながら歩く牧下に合わせて歩いていた。

勿論、駐車場から歩いてきている時は泉井さんがすぐ後ろにいることは確認済みだ。

ジャッポジャッポと水を切る音が聞こえて振り返ると、牧下は水に手をつけ、冷てぇーとはしゃいでいた。

「ここはな、割と有名な心霊スポットでもあるんやで」

そう話し出したのは泉井さんだ。

「駐車場から滝にくる道中、その反対もしかり、後ろを振り向いたらあかんねんて」

「振り向いたら…どうなるんですか?」

心臓の鼓動が早くなる。

足元がぐらぐらと揺れる感覚。

「後ろにな、白い女が立っとるんやってさ」

ただそれだけと泉井さんは笑った。

次行こーと泉井さんが牧下に声を掛けると、牧下が、分かりました!

と一眼レフを本体を背中にしながら肩に掛け、僕達の方に歩み寄ってきた。

その帰りの道中、後ろからの視線を感じながらも駐車場へと戻ってきた。

その後は普通に淡路観光をし、地元へと帰り解散となった。

後日、牧下からその時の写真が送られてきた。

鮎屋の滝の写真、僕がラーメンをすすっており、隣では泉井さんがチャーシューを箸でつまんでいる写真、泉井さんが珍しく満面の笑みで猫を抱いている写真、夕日が海に沈んで行く風景をバックに、僕がどアップで映っている写真。

そして、夜の真っ暗な鮎屋の滝の遊歩道に全身が真っ白な女が一人で佇んでいる写真。

思わず携帯を取り落としそうになる。

なんだこれ?

僕たちは鮎屋の滝に夜には行っていない。

それどころか、夕方には地元に戻ってきている。

思い立ち、泉井さんに電話をかける。

彼女はこの手の類の話に詳しいだけではなく、ある程度の対抗はできる、ある種霊能者のような人でもあった。

5回ほどコール音がなった後、もしもし

と眠たげな彼女の声が聞こえる。

「泉井さんですか?!」

『何の用や?』

この声の様子からまだ写真は見ていないなと、推測する。

「写真見ましたか?」

『なんの?』

「この前の淡路島の写真です!」

『見てない』

「じゃあ見てください!」

『面倒くさい』

カチャカチャと携帯を操作する音が聞こえ

『なんや、フツーの写真や…』

声がそこで途絶える。

「どうしました?」

『これはヤバイかもしれんな

ウチの部屋分かるな?すぐに来い』

それだけ言うと、携帯の通話は切られた。

すぐに身支度を整え、自転車に跨り全速力で漕ぐ。

泉井さんの部屋はそんなに遠くはない。

と…、背後に気配を感じた。

まだ昼の真っ只中だ。

咄嗟に後ろを振り向く。

さっき渡った横断歩道の向こう側にやけに背の高い女が…。

ガッシャァアンという音と共に、視界が揺れ、僕の体は宙を舞っていた。

目を覚ますと、見慣れない白い天井と、その左右に心配そうに僕の顔を覗き込む二つの顔が見えた。

泉井さんと牧下だ。

「大丈夫か?」

と泉井さんが尋ねる。

体を起こそうと腕に力を入れると激痛が走った。

ここは病院のようだ。

「良かったなぁ、腕一本で済んで」

そう言ったのは牧下だ。

後ろを振り向いているときにどうやら車道に突っ込んでしまっていたそうだ。

「泉井さん、白い女が居ました」

泉井さんの眉間にシワが寄る。

「そうか…」

そう言うと、怪訝な顔をしながら席を立ち病室を後にした。

その後は牧下の昔の不幸話を散々聞かされた。

30分ほど経った頃だ。

牧下がトイレと言いながら病室を後にし、僕だけが部屋に残された。

他に入院患者はいないようだ。

バチバチと音を立てながら蛍光灯が瞬く。

プツッと電気が消えた。

停電かと思ったが、廊下の窓からは光が漏れている。

ぺち…ぺち

と窓の方から音がした。

雨かな?なんて思いながら視線を移すと、そこには顔を窓にベッタリとくっつけるように中の様子を伺う女がいた。

病室は三階にある、ベランダもない。

叫びそうになるのをこらえ、頭まで布団をかぶる。

突然掛け布団を捲られた。

病室には電気が付き、窓の外には人の影も形もなかった。

布団を捲ったのは泉井さんだった。

その後ろには何処かで見たことが有るような気がする中年男性が立っていた。

「井野さんだ」

泉井さんが紹介すると、井野さんと呼ばれた彼は微笑んだ。

どうも、と会釈する。

僕も自己紹介しようとすると

「君のことは泉井からも■■からも聞いてるよ」

一瞬彼の言葉にノイズのような音が混じり聞き取れない。

井野さんがベッドに歩み寄り僕の方にポンと手を置いた。

何か懐かしい気分になった。

そんな感傷に浸っていると、井野さんは女の霊だねと呟いた。

僕は少し驚く。

泉井さんが事情を話したのだと思い、彼女の顔を見るが、彼女も同じく驚いたような顔をしていた。

「そんなに強い霊じゃないから大丈夫だよ」

と僕に微笑みかけると、七海と誰かの名前を呼んだ。

スッと女の子が病室に入ってきた。

歳は…僕より一つか二つ年下だろうか?

「井野七海です」

と会釈する

「わたしの娘だ」

と井野さんが紹介する。

七海ちゃんは躊躇わずに僕の額に自分の額を合わせると目を閉じた。

僕も息を止めて習ったように目を閉じる。

顔に七海ちゃんの息遣いを感じ鼓動が脈打つ。

「淡路の鮎屋の滝、霊園、戦時中、女、30代…」

次々と単語を呟くと、すっと僕の額から離れる。

ハッハと、井野さんが笑う。

「急に悪いね、七海は私以上に詳しく、ハッキリと霊視が出来るんだ」

七海ちゃんが少し恥ずかしそうに病室を出て行くところが見えた。

「今回のは私たちがなんとかするから安静にしていなさい」

と言い残すと、井野さんも病室を後にした。

僕と泉井さんは部屋に残された。

時計を見る、まだ井野さんが来てから3分ほどしか経っていなかった。

井野さん達と入れ替わりに牧下が病室に入ってくる。

「あの人達は?」

「知り合いや」

と牧下の問いに泉井さんが即答する。

「泉井さん、井野さんって一体?」

「…まぁ…、あるお寺の住職さんでな…ちょっと縁があって知り合ってん」

歯切れ悪くそういった後

「今回はその…悪かったな」

と僕に頭を下げた。

その日の夜からあの女の霊を見ることはなかった。

それどころか、僕と泉井さんが見たあの写真すらも残ってはいなかった。

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