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中編4
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温かな家庭。

僕には恋人がいる。その名を桃子、という。

桃子とは大学生の時に知り合った。同じゼミに所属していたことがきっかけで仲良くなり、付き合うようになった。桃子は元々、結婚願望が強く、本当のところ僕とはすぐさま結婚したかったらしい。学生結婚をしようと言われたことだってある。

僕も結婚のことを考えていなかったわけじゃない。桃子は優しいし、気立てもいい。面倒見もいいし、料理や炊事、掃除だって得意だ。なんでもござれ。まさに女性の中の女性。結婚相手とすれば申し分のない人だ。

しかし。まだ若かった僕は、結婚そのものに対して不安だった。結婚するということは、自分の人生に他人を巻き込むものだという話を母親から聞いたことがある。結婚すれば、もう僕の人生は僕だけのものだと言っていられなくなる。生活環境だって大きく変わるだろうし、経済的にも今まで通りとはいかなくなる。何より僕達はまだ学生中の身分であり、お世辞にも裕福ではないのだ。まだまだ勉強中の身、学びたいこともやりたいこともたくさんある。

僕は桃子にやんわりと、今の心境を伝えた。いずれは結婚いたいと考えているが、何分僕達はまだ学生中だということ。大学を出て就職し、生活が安定してからでも遅くないんじゃないかということを、桃子に伝えた。桃子は黙って僕の話を聞いていたが、聞き終わるや否や泣き出してしまった。

必死で宥めると、ようやく泣き止んだ。桃子は真っ赤に腫らした目を擦り、ぽつりぽつりとこんなことを話し始めた。

---私は早くにお母さんを亡くしたの。確か亡くなったのは、私が2歳になる少し前のことよ。だから正直、お母さんの顔も声もよく覚えていないの。

一人っ子だったから、兄弟も姉妹もいなくて。お父さんとずっと二人きりで生きてきた。お父さんは私が寂しい想いをしないよう、必死で育ててくれた。いつも一緒にいてくれた。それは感謝している。幾ら感謝してもしきれないほどにね。でも……お母さんがいないことは、どんな埋め合わせも無駄だった。お父さんがいて、お母さんがいて、それから私がいて。当たり前のことかもしれないけれど、当たり前の幸せが欲しかったの。

だからね、ずっと夢見てたの。温かい家庭を作りたかったのよ。

そうだったのか。そういえば、桃子の実家に遊びに行った時、仏壇に遺影が飾られていたんだっけ。よく見なかったけれど……そうか、あれは桃子の母親の遺影だったんだ。

身につまされる話を聞き、僕は一大決心をした。

「結婚しよう。温かい家庭を二人で作ろう」

桃子は再び泣き出した。何度も何度も「ありがとう、ありがとう」と繰り返し、顔を覆って泣いた。僕も泣いた。彼女の事情も知らずに結婚を先延ばしにしたことを深く悔み、これからの人生は桃子と一緒に生きていくと心に固く誓った。

プロポーズをしてから一週間後。桃子は自分の実家に来るようにとん頼んできた。彼女の父親に会ってほしいらしい。桃子と同様、父親もまた彼女の結婚が決まったことを、心から喜んでいるという。僕は一も二もなく了承し、土日を利用して桃子の実家へと足を運んだ。

桃子の父親は気さくな人で、緊張気味の僕に色々と気遣いを見せてくれた。桃子がまだ小さい時の思い出話や、ちょつと笑えるエピソードなどを話してくれた。桃子も楽しそうに父親に寄り添い、話は大いに弾んだ。すっかり打ち解けることが出来た僕は、桃子との結婚を決めたことを彼に伝えた。父親はうんうんと感慨深げに頷き、

「何も心配はしていないよ。君となら安心だ。どうか娘を頼むよ」

そう言ってくれた。

その夜、桃子が夕食を作ってくれた。何でも桃子の家ではよく食べられているメニューらしいが、僕はまだ食べたことがないらしい。一体どんな料理かとわくわくしながら食卓に着く。炊き立てのご飯、大根の味噌汁、きゅうりの漬物。そしてメインディッシュはーーー

「……砂?」

そう。お皿に山盛りに盛り付けられているそれは、どう見ても砂だった。公園の砂場に敷き詰められているような、さらさらとしていて、細かい砂利が混じったあれ。僕が唖然としている横で、桃子と父親が同時に「いただきます」と手を合わせ、箸を動かす。

信じられないことに、二人は何事もなかったかのように砂を口に運んでいた。まるで普通のおかずを食べているかのように、さも美味しそうに。少しずつ口に運んでは咀嚼を繰り返している。溜らず僕は言った。

「あ、あのう……これ、砂ですよね」

父親は顔を上げ、「そうだよ」と答えた。桃子も何の違和感もなく、砂をじゃりじゃりと口に含みながら僕を見ている。

「す、砂は……普通、食べないんじゃないですか?」

「嗚呼……。そうか。君にはまだ話していなかったね」

父親はニヤリと笑い、ことんと箸を置いた。

「うちの何代か前のご先祖様がね、聞きしに勝る悪党だったんだよ。人殺しや放火、強盗……悪事ばかり働いていた。その報いは子々孫々へと受け継がれることになり、良くないことが立て続けに起きるようになった。そこで私の祖父がお偉い坊さんに相談したところ、清めた砂を食すれば災いは起きないと聞いてね。それ以来、うちでは砂を食しているんだよ。これがご先祖が犯した罪を清める、唯一の方法なのだそうだ。君も桃子と結婚してうちの一族に入るのだから、清めだと思ってどうか一緒に食してくれ」

……僕はそっと視線を動かし、仏間を見た。そこにはえらく若いうちに亡くなった、桃子の母親の遺影が飾られていた。

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山田太郎さん、コメントをありがとうございます。

文明化が進みつつあるこの現代社会にも、昔ながらの風習を色濃く残す文化もまた有り得る世の中です。
日本人のÐNAがそうさせるのでしょうかね。何故かテレビで着物姿の女性を見れば心和んだり、琴や三味線の音が奏でられていると懐かしく思ったり。
時代は進みゆくものであり、止まることも後戻りすることも出来ません。しかし、根付いてゆくものもまた、確実に存在する。
今も昔も怪異に悩まされる人間が後を絶たぬように。

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