久しぶりに友人宅に行くことになった。
高校を卒業して以来、10年近く会ってなかった友人。最近になって急に連絡がきたから驚いた。半年前に結婚し、今は東京にいることをメールで知った。最初こそ、近況報告や仕事のことなどをメールでやり取りしていたのだけれど……そのうち、あの子は愚痴るようにメールに書き込んできた。
「最近、ストーカー被害に遭っていて……困ってるの」
ストーカーと聞いて、私は勝手に男だと認識した。彼女はなかなかの美人だったので、高校時代からしても言い寄る男が絶えなかったのを知っているし、あの子が二股だか三股だか掛けていて、トラブルも頻繁に起きていた。結婚したことを妬んだ元カレの嫌がらせかな……と単純に思ったが、そうではなかった。
「旦那の元カノなのよ、そいつ」
聞けば、今の旦那とは略奪婚だったという。旦那には婚約していた彼女がいたのだが、その女性を振ってあの子と結婚したらしい。詳しくは聞かなかったし、あの子も言わなかったけれど……かなり泥沼化した痴情のもつれがあったようだ。お金で示談に持ち込もうとしたが、相手の女性が受け入れず、「別れるなら死んでやる」と物凄い剣幕で怒鳴り散らし、大騒ぎになったとか。
それ以来、その女性はストーカーと化し、毎日のようにつけ回れているのだそうだ。マンションの下からじっと見上げている姿をベランダから確認する度、何度も警察に電話をした。だが、これといって何をされたわけではなく、警察官が駆けつけた時には既にいなくなってしまう。「被害がない場合は何も力になれないんです」と飄々と嘯く警察官の顔を恨めしく睨んだことは数え切れない。
マンションの部屋の前に生ゴミが撒き散らしてあったこともある。生ゴミなんてまだ可愛いほうで、酷い時は切り刻んだ髪の毛やら汚物やら……ぐずぐずに腐った猫や雀の死骸の時もある。だが、証拠はなく、警察も身を入れて捜査してくれない。そんな時に限って、旦那は出張中。せめて旦那が帰ってくるまでは実家に帰りたかったが、姉がお産で里帰りしているため、それも難しい。かと言って、一人でいたくない……だから、同じく東京に住んでいた私に連絡したということだった。
「週末、一緒に過ごさない?うちに泊まりに来てよ。一人じゃ怖くて……」
ちょうど私も長く付き合った彼氏と別れ、凹んでいたので、軽く了承した。彼女の住むマンションまでは電車で2駅と割と近い。久しぶりに会って朝まで語ろうと言い、その日はそれで終わった。
そして週末。私は大荷物を抱え、はるばるマンションにやってきた。下着やらパジャマやらメイク道具やら卒業アルバムやら、とにかくやたらに詰め込んできたので、やたら重い。ひいこら言いながらようやくあの子の部屋の前まで辿り着き、インターホンを押した。
だが、何度押しても誰も出て来ない。ダメ元でドアノブを回したら、鍵は掛かっていなかった。チェーンもしていない。不用心だと思いつつ、部屋に上がった。私が来ることを忘れて買い物にでも行ったんだろうか……キョロキョロしながら廊下を進む。
「あすみー、ちょっとどこにいるの?いないのー?」
リビングにはいない。トイレ、バスルーム、キッチンにも、収納部屋も覗いたがいなかった。最後に寝室を覗くと、遠目にあの子が寝ているのが見えた。ダブルベットの真ん中に仰向けになり、熟睡しているのかぴくりともしない。
「あすみったら。起きてよ、ねえーーー」
ベットに近寄った私はぴたりと足を止めた。寝ているあの子を確認し、再びベットの裾を見て。
無言で踵を返し、マンションを飛び出した。その足で駅前の交番に飛び込み、息せききってまくし立てた。
「きっ、来て!すぐ来て!友達が危ないの!早く早く!」
警察官が何事かと目を丸くしている。私は彼の胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「早く早く!あすみが!」
「お、落ち着いて。どうしたんですか」
まだ若い警察官は困惑気味で私を見た。髪の毛を振り乱し、恐怖と緊張で汗びっしょりの私は狂乱者に見えただろう。だが今はなりふり構っていられない。私は上擦った声で何とか説明した。
「い、今、友達のマンションに行ったんです。ドアには鍵もチェーンも掛かってなくて……一応、上がってみたんです。友達を探して寝室に入ったら……あ、あすみが、ベットで仰向けで寝てて……ベットの裾から……あ、足が。足が、見えて……」
警察官はぷっと吹き出した。
「それがどうしたんですか。寝ている友達の足が見えたんでしょう?」
「……違う」
だって、その足……踵が上だったもの。
作者まめのすけ。-3