歯の痛みでとても眠れない
波のように押し寄せては引いていくその激痛は彼を苛立たせる。
歯医者は幼い頃から苦手で行く気にはなれなかったが、流石に行かなければ寝れないし、学校の勉強にも支障をきたし始めている。
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shake
(ズキンッ!)
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悲鳴を上げそうになる程の痛み。
寝てなどいられない、部屋の明かりをつけて身体を起こす…
顎を突き上げる激痛は既に頭骸骨全体を駆け巡る程となっている…
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「痛っ…てぇ」
立ち上がり、家族を起こさないようにこっそりと洗面所に向かう。
鏡に映る自分の顔面左が異常なまでに腫れ上がっている。
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「やべえな…これ…」
口を大きく開け幹部を確かめる。
よく見えない。
洗面所からリビングに戻りペンライトを探す。
確か、父親が趣味の為に使用している工具入れの中にあった筈だ。
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あった…
それを手に洗面所に戻る。
再び口を大きく開けペンライトで幹部を照らす。
左奥下、黒く変色した歯が見える。
周りの歯茎は真っ赤に腫れ上がり、触れると血が吹き出す有様だ。
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shake
(ズキンッ!!)
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「ひぐぅ…」
思わず声が漏れる。
洗面所の隣の部屋には母と父が眠っている為、あまり大きな声が出せない。思わず口を抑える。
もう一度口を開け幹部を覗き込む。
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「ん?」
先ほど見た時と少し様子が変わっている。
歯茎が紫色に変色しているのだ。
shake
(ズキンッ!ズキンッ!)
shake
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「ぎゃぁっ!」
あまりの激痛、叫ばずにいられず悲鳴をあげる。左頬を押さえたままその場に崩れ落ちる。
もう痛みを堪えることが出来ない。
その時に上げた悲鳴と物音にどうやら母親が目を覚ましたのか、隣部屋で何やら喋っている。
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「どうしたの孝志?」
「な…何でもないよ、ゴメン。」
壁の向こうから聞こえる声に答えるが、言葉を出すことすらやっとのおもいだった。
これはマズイ…
頭蓋骨にヒビでも入っているんじゃないか?顔面、頭頂部、後頭部全てに痛みが走り続けている。
ガクガクと震えながら洗面所のフローリングに寝そべる。
痛みの走る左頬を冷たいフローリングに着けるとほんの少しだが痛みが引くような心持ちがした。
冷やせば楽になれるのかもしれない。
そう考えた孝志は、急いで冷蔵庫に向かうため洗面所から出る。
母親が心配そうに立っていた。
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「あ…あんた、どうしたの?顔抑えて…まさか虫歯?」
「ちち…違うよ…ニキビ、つ…潰れちゃっただけ…血が出ちゃって…」
「嘘おっしゃいっ!?あんた歯医者嫌いだからそんなこと言ってるんでしょう?ちょっと見せなさい!」
拒むが、痛みで力が入らない。
ついに手を払いのけられてしまうが…
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「なんだ…何ともないじゃない…」
そんな筈はなかった。
鏡で見た時には明らかに左頬は腫れ上がり見るからに虫歯と分かる顔なのに…
先ほどまで眠っていた為に寝ぼけていてよく分かっていないのかもしれない。
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「口あけてごらん?」
もう観念していた彼は拒むでもなく口を開ける。
見えないだろうと、ペンライトも手渡した…
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「ん…左だったよね?上?下?どこにも虫歯無いけど…」
そんな馬鹿な、今でもズキズキ痛み続けているのに虫歯がないわけ無いし、自分の目でも確かに確認した。
ペンライトを母親から取り上げヨロヨロと洗面所に戻り鏡の前に立つ。
顔面は酷く歪んでいる。
口を開ける。
ペンライトで幹部を照らし再び覗き込む。
歯茎は…
真っ黒に変色していた。
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「母さん…何を見て何ともなってないとか言ってんの?これヤバイだろ…」
と、振り返ると
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「馬鹿言ってないで、さっさと寝なさい。」
と一言言って寝室へと戻って行ってしまう。
もうこの際、思春期の反抗などどうでもよくなっていた。
助けて欲しかった。
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「母さんっ!?」
shake
(ズズキンッ!ズズキンッ!)
shake
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music:2
「痛っでぇっ!!」
痛みは更に全身を走るほどに変化している。母へ助けを求めるかのようにわざと大声を張り上げたが、何故か届かない。
恐らく、今上げた悲鳴は父親や二階で眠る妹にも届いた筈だ。
それなのに…
誰一人洗面所に心配してくる気配が無い。
後悔は後に立た無い。
歯医者が恐いと我慢した自分が憎らしかった。
助けて…
助けてくれ…
何故?
何故、母親にはこの異常な姿が見えない?
縋ったのに何故?
縋る息子を何故無視するの?
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shake
(ズズキンッ!!!)
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music:4
…………………
眼が覚めると洗面所の天井がボンヤリと見える。
あれ?
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「わっ??!ビックリしたっ!!お兄ちゃん!何してんのこんなとこで?」
洗面所の入り口に眼をやると妹がたじろぎながら眼を丸くしている。
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「おはよう。」
何気に言葉をかけると
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「お母さん?!お兄ちゃん洗面所で寝てたみたいだよぉ!」
とリビングの方に向かって叫んでいる。
母親が来る。
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「あんた何してんの??」
いや、母さんあんた昨夜、俺を放って寝ちまったじゃねえか。。。
あ?そういや痛みが無い…
慌てて立ち上がり鏡を覗き込む。
何時もの自分の顔。
口を開け幹部を覗き込む。
よく見え無い。
ペンライト…
あれ?
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「恵?ペンライト見なかった?」
妹に聞くが、不審者を見るような怪訝した顔で首を横に振った。
夢?
夢だった?
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「恵!携帯貸して?」
「何に使うの?」
「いいからっ!」
携帯を嫌そうに右手に取り出したのを奪い取り、照明アプリを立ち上げる。
再び口に明かりを当てて幹部を見る。
なんともなってい無い。
それどころか、健康そのものの歯が綺麗に並んでいた。
夢だったんだ…
良かった…
安堵して笑みをこぼしていると、妹が携帯を奪い取り
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「変なことに使わ無いでよ!気持ち悪い!」
と仏頂面でリビングへ去って行ってしまった。
母親はと言うと
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「早く歯でも磨いたら?馬鹿なことして無いで…朝っぱらから…ったく、この子は」
と、台所に戻って行った。
しかし、これで大嫌いな歯医者にも行く必要も無い。自分でも今どんな顔をしているか分かるほどニヤついている。
もう一度鏡を見た
予想どおりのにやけヅラ。
それが、急に真顔に戻る。
あれ?俺まだにやけてる筈…何これ?
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鏡の中の顔が歪む…
music:3
そして鏡の中の俺が喋る。
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「お前、こんな顔してたよな昨日…」
作者ナコ