八島さんは、死のうと思って樹海に入った。
無能。屑。代わりはいくらでもいる。
会社でのパワハラに八島さんは疲れ果てていた。
相談できる家族も友人もない八島さんは完全に生きる意味を見失っていた。
歩道からわざと脇にそれ、めちゃくちゃに歩く。
首を吊るための木を探していると、地面にきちんと畳まれている作業服が目に入った。
・・・ここで死んだのかな?でも死体がないな・・・。
近づいてみると、作業服の上に石が置いてある。
手のひらに収まる程度の大きさで何の変哲もない石ころだった。
・・・なんだろう。見ていると安心する。
気が付くと、八島さんはその石を持って帰路についていた。樹海からどうやって抜け出したのか全く覚えていない。
アパートに帰り着いたその夜、何かの囁き声で八島さんは目を覚ました。
ぼそぼそと、内容は聞き取りづらい。が、確かに部屋の中から声がする。
・・・あ、この石だ!
囁き声は、樹海で拾ってきた石からしていた。
・・・なんて言ってるんだ?・・・
注意して聞いてみるが内容はわからない。
・・・ああ、でも俺にはわかるぞ。この石は神様だ。神様が俺に死ぬなと言っているんだ。間違いない!
八島さんは外が明るくなるまでその石の声を聞いていた。涙が止まらなかった。
無断欠勤で会社をクビになっていた八島さんは、その日から新しい仕事を探した。
・・・生きなければいけない。神様が見ている。生きるんだ。
2週間程でコンビニ店員のアルバイトを見つけ、がむしゃらに働いた。多少無理なシフトでも進んで入った。その分もらえる金が増える。
ごみ屋敷の様相を呈していたアパートの自室も徹底的に掃除をした。神様に失礼だからだ。
給料が入るとその金で自作の小さな箱を作った。神様の入れ物だった。
決して器用ではない八島さんが、それでも誠心誠意作った小箱。中にきちんと布を敷き、そこに神様を鎮座させた。
・・・神々しい。神様ありがとうございます。毎日が生きる希望に満ち溢れております。
出勤前には日本酒を備え、手を合わせる。それだけで涙が出そうなほど幸福な気持ちになる。
八島さんはすっかり生きることに前向きになっていた。
5回目の給料日。八島さんはコンビニの店長にバックヤードに呼び出された。
「最近どう?」
「はい。おかげさまで一生懸命やらせて頂いてます。」
「・・・そう。ところで、ね。他のバイトの子から相談があってね。」
「はい。」
「君のひとりごとがねぇ、怖いんだって。君とシフト組まないでくれなんて言い出す人もいてね。」
「はい?私がひとりごとですか?」
「あぁ、気付いてなかったんだね。ひとりごと。」
・・・一体何を言ってるんだろう?ひとりごと?俺が?
「あの、すいません。気付きませんでした。今後は注意しますので勘弁して頂けないでしょうか?」
「いやいや、注意してくれればいいんだよ。それ以外は全く文句のつけようがないからね。」
「ありがとうございます。よろしくおねがいします。」
その日のシフトが終わり、家に帰ろうとコンビニを出た。
「八島さん。」
呼び止められ振り返る。以前同じシフトで働いていた原口君だった。
「店長から話ありましたよね?自分で気付いてないなら、これ聞いてみて下さい。」
原口君がICレコーダーを渡してきた。
「正直最初はネタで録音したんです。他のバイトのみんなに聞かせてやろうって。」
原口君はそのことを謝罪した後、さらに続けた。
「深夜シフトで客がいない時に限って八島さんがひとりごと喋るんです。何にもないところをぼーっと見ながら。話しかけても気付かないし。それで客が入ってくると元に戻るんです。段々怖くなってきて。病院行ったほうがいいですよ。」
そう言って原口さんは店の中に入っていった。
あいつが苦情入れたのか。
シフトが一緒だった頃、特に彼と諍いがあったことはない。それどころかほぼ会話をしたこともない。
それがまさかこんな嫌がらせをしてくるとは夢にも思わなかった。
帰り道。受け取ったICレコーダーの再生ボタンを押す。
コンビニの店内BGMが小さく聞こえる。
原口君の「ありがとうございました~。」の後は声が何も入っていない。
そのまま1分程が過ぎた時。突然、ぼそぼそと囁く声がする。聞いていると多幸感に包まれる。歩いていた足が止まる。
・・・神様だ。あぁ、神様が私の近くで喋っていらっしゃったのか。なんだ、そうだったのか。
ICレコーダーの再生が停止したので表示を確認すると26分程経っていた。涙が流れていたが気にせずに家へ向かった。
その後八島さんは朝まで神様に祈りを捧げ、小箱を手に取りバイト先のコンビニへ走った。
「原口くぅん!原因はこれだよ!神様なんだよ!」
コンビニの前の大通りで、おそらく家に帰ろうとしていた原口君のスクーターを見かけて追いかける。
二つ先の信号で停車していた原口君を捕まえる。
「・・・八島さん?どうしたんですか?」
バイクを路肩に寄せ降りてきた原口君に事情を話す。
「ICレコーダー聞いたよ!あれはね、この神様なんだよ!」
「・・・はぁ。」
「信じてないな?まあ聞いてみてくれよ。とても心が安らぐんだ!」
小箱から取り出した神様を原口君に手渡す。
原口君は、それを大通りに向かって放り投げた。停車中のトラックの荷台に神様が落ちる。
「あぁ!」
不意を突かれた八島さんをよそに、青信号でトラックは発信した。
「なんてことを!」
うろたえる八島さんの胸倉を原口君が掴む。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよおっさんよぉ!ぶつくさぶつくさなんか喋ってたのはお前なの!なんだよ石ころが喋るってよぉ!」
・・・違う。
「あんな石ころが神様だぁ?イカレてんだよお前。」
・・・やめろ。神様は神様だ。石ころじゃない・・・。
「入院するとか施設入るとかよぉ。もう社会に出てくるんじゃねえよ!」
「・・・違う。原口。あれは、神様なんだよ。」
「・・・あぁもう。気持ち悪いなぁ!そんなに大事なら早くトラック追っかけろよ馬鹿。」
スクーターに跨り原口君は行ってしまった。
・・・神様を追わなければ・・・。
4ヶ月後。
「店長すいません・・・。まだ体調が戻らなくて・・・。ご迷惑おかけします。」
原口君の体調が悪くなったのは1週間程前からの不眠が原因だった。
アパートの自室にいると、何かが囁く声が聞こえだした。昼夜問わずぼそぼそと。
・・・今まで何もなかったのに。急にどうしたんだ?
気になって寝れないままバイトに向かう。そしてバイト先で倒れてしまった。
しばらく休みなさいと店長は言ってくれたが、休みすぎると当然クビになるだろう。
・・・八島のことをどっかで気にしているのかな。
原口君との口論の後、八島さんは失踪した。
店長の話だとアパートにも戻っていないらしい。
・・・失踪したのって、あの石ころ探しに・・・?
そんなことを考えている今もぼそぼそと声が聞こえている。
・・・石から声が聞こえるって・・・まさか・・・。
重い体を起こし、部屋の中を見回す。何もない。
・・・あるわけねえよ。
念のため玄関に向かい、揃っていない靴の間を探してみる。何もない。
・・・ほらな。幻聴なんだよこれは。体調良くなったら心療内科に行こう・・・。
部屋に戻ろうと体を起こしたとき、玄関扉の郵便受けが気になった。
ダイレクトメールや、分譲マンションの情報誌が窮屈そうに入っているのが見えた。
・・・具合悪くなってから開けてねえな・・・まさか・・・。
郵便受けを開ける。中からバサバサとチラシや情報誌が落ちる。
コトン、と石が転がり出てきた。
手の中に収まる程度の小石。何の変哲もない石ころ。なぜか、少し赤黒い染みが付いている。
・・・石だ!血?なんで?
さらに郵便受けの中を確認すると、茶封筒が入っていた。差出人は書いていない。これにも赤黒い染みがある。
2,3回深呼吸をして封筒を開ける。
1枚だけ入っていた便箋を見る。
「みつかりましたぼくはもうだめになったのではらぐちくんがまつってください」
・・・八島だ。間違いない。
相変わらず囁き声は聞こえている。震える手で石を拾う。途轍もない多幸感が原口君を包む。
・・・そうか。神様だったんだ。神様が喋っていたんだ・・・。
涙が溢れてとまらない。
・・・神様を奉らなければ・・・許しを請わなければ・・・。
作者津軽
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