何だか嫌なことが起こっている。
木葉はそう断言し、眉を潜めた。
「あの黒いのは、一体何なんでしょう。」
「今回は、俺にも黒い影にしか見えなかったからな・・・。何なんだろう。」
俺達は暫く無言で、各々、謎の黒い影の正体を考えた。
小学五年生が二人で頭を捻った所で、分かる筈も無いのだが。
木葉が問い掛けて来る。
「本当に、目は無かったんですか?」
「うん。」
俺の見たあの影は、黒くてのっぺりとしていて、目処か顔のパーツが全て存在しなかった。
だが、《見られた》そう木葉は確かに言ったのだ。
「僕の勘違い・・・。いや、でも、やっぱり見られてました。目が合って、其れでーーーーーー」
突然、木葉が口を押さえて踞る。
「木葉?どうかしたか?」
質問にも答えず、押さえている口をうぐうぐと動かす。白い喉が微かに動いたのが見えた。
「何だか急に吐き気がして。ちゃんと我慢出来て良かった。」
大きく息を吐きながら返事を返す木葉。
「・・・まさか、飲み込んだのか?」
「道端で吐いてしまうよりはマシです。」
そう答えながらも、顔色が酷く悪い。
其の青みを増した肌の色は、夏の日差しの下とは何とも言えず不釣り合いだった。
不安感を煽られている気さえして、背筋が寒くなる。
死体は青白い肌をしていると言うが、こんな色になるのだろうか。
・・・何を考えてるんだろう、俺。
木葉の背中を擦りながら、罪滅ぼしの意も込めて口を開く。
「コンビニの袋、有るだろ。無理するなよ。」
木葉がこくりと頷いた。目の縁に涙が溜まっている。まだ気持ち悪さが残っているのだろう。
何か、口を濯ぐものが必要かな・・・等と考えながら立ち上がる。
「ちょっと水持ってくる。」
近くの公園に水飲み場があった筈だ。
お茶やジュースより、そちらの方が良いだろう。
「ちゃんと日陰で待ってろな。」
ふと違和感を感じて下を見ると、木葉がグッと服の裾を掴んでいた。
「・・・・・・木葉?」
何か思い詰めたような顔をしている。
「どうかしたか?」
「行かなきゃ。」
「え?」
涙さえ流しそうな表情で、然しハッキリと木葉は言った。
「行かなきゃ。さっきの曲がり角。」
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突然どうしてしまったのかと思った。
あの臆病な木葉が、あろうことか自分で《嫌な感じがする》と言った場所に行こうとしているのだ。
しかも、さっきまで吐きそうにしていて、今だって具合が悪いのに。
「何が起こったのか、調べないと・・・!」
ヨロヨロと立ち上がろうとする肩を、そっと押し戻す。
「でも具合悪いんだろ?今行って、もしあの影がまだ居たらどうするんだよ。」
「其れは・・・・・・!」
「逃げられない。特に、今の木葉じゃ。」
此方をじっと見ている目が、ふいと逸らされる。
「・・・けど、さっき、目が合ったんです。」
「だからこそだろ。今は家に」
ガッ、と鈍い音がした。自分の脇腹から。
言葉を言い終える前に、タックルを咬まされたのだ。
木葉は案外力が強い。あっと言う間に地面に叩き付けられた。
「何も、真白君に付いて来いって言ってる訳じゃないでしょう!!」
ポタリポタリとアスファルトに黒い水玉が出来る。
顔を上げると、木葉が泣いていた。
「え、ちょ・・・木葉?」
擦りむいた膝が痛い。
泣きたいのはこっちだ。
木葉はまだボロボロと涙を溢している。
「調べないと・・・早くしないと・・・!!」
「おい落ち着けって。」
「早くしないと、早くしないと・・・!!」
「木葉ってば!落ち着けよ!!」
ヒック、と木葉が一際大きくしゃくりあげた。
「早くしないと、真白君が・・・!!!」
・・・・・・待て。俺!?
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「見られたって思って、振り向いたんです。で、そしたら見てるのは僕じゃなくて真白君で、其の後、僕を見て、どっか行って、それで、救急車来て、だから、もし真白君が・・・・・・」
ヒック、ヒック、と喉から妙な音を出しながら、木葉が必死の形相で訴えて来る。
脈絡はぐちゃぐちゃだし、涙声なので所々何を言っているか分からないが・・・。
兎も角、真剣というのはよく分かる。抑、木葉はそんな質の悪い冗談は言わない。
「つまり、今度は俺達が危ないかも知れないっつーことだろ。」
要約をしてみると、コクコクと頷かれた。合っているらしい。
「じゃあ、どうして最初からそう言わなかったんだよ。」
「だって、気持ち悪いって、真白君がっ・・・」
「ああ、俺に気を遣ってたの。」
半ば呆れていると、木葉はまたコクコクと頷いた。
変な所で妙な気の遣い方するな・・・。
「・・・・・・ごめんなさい。」
「いいんだよ。気にすんなって。」
此れ以上泣かれたら話も進まないし。という言葉は勿論飲み込んだ。
仕方無い、と軽く溜め息を吐きながらもう一度立ち上がる。
「行こう。ただ、直ぐ逃げられるように、ちょっと覗くだけだからな。」
「・・・ありがとうございます。」
「ただ、お前はもう少し冷静になろうな。ちゃんと説明してれば、俺だってちゃんと話聞いてたよ。」
「はい。」
先に立って歩き出すと、膝がジクジクと痛んだ。
血が流れている気もするが、此処で気にしたら負けだ。
「日が暮れる前に、行こう。」
情報は一つでも多い方が良い。
木葉も、俺を突き飛ばせるくらいだ。少しなら走れるだろう。
「急ごう。」
俺達は早歩きで、曲がり角へと歩き始めた。
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曲がり角の先。救急車が来たという家の前。
俺は、付近をウロウロしていたお婆さんに何が起こったのかを聞き込みした。
更に現場に何か手懸かりが無いかの確認。
木葉は、普段なら絶対に話し掛けない類いのおばさん達に自分から質問している。
変なスイッチでも入ったのだろうか。
・・・いや、もう話し掛けてから十分位が経過しようとしている。あれは寧ろ、無理矢理話に付き合わされている感じだな。
質問したはいいものの、抜け出るタイミングを失ったのだと見当を付けた。
・・・そろそろ、助け船を出すかな。
「こーのーはー。帰ろうぜー。」
「え、は、はい!!今行きます!!」
態とらしく呼び掛けると、木葉はおばさん達に一礼して此方に駆けて来た。
相変わらず具合が悪そうなのが、何とも不憫だ。
あまり走らせ過ぎるのも可哀想なので、自分からも駆け寄る。
近付いてみると、木葉はまた泣きべそをかいていた。ポケットがパンパンに膨れて、髪型も崩れている。
恐らく、お菓子と頭撫で攻撃に遭ったのだろう。
聞こえない程低い声で木葉が呟く。
「あの人達、嫌いです・・・・・・。」
「大変だなお前も。」
俺だったらこうはなるまい。
まぁ、そしたら情報も得られないだろうけど。
鼻から息を吐き出しながら歩き出す。
「・・・取り敢えず、戻ろう。」
「・・・・・・。」
「情報交換して・・・んで、木葉のじいちゃんが帰って来次第、要相談だな。」
「・・・・・・。」
「俺のじいちゃんにも相談して・・・でも、ちゃんと話を聞ける状態かどうか・・・。」
「・・・・・・。」
「あ、そうだ。木葉、今日も家に独りだろ。どうせなんだから泊まり来いよ。作戦会議しよう。・・・・・・・・・木葉?」
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振り返ると、木葉が踞っていた。
口に手を当てている。また気持ち悪くなったのだろうか。
縮こまった身体が、一度大きく揺れた。
手の間から液体が流れ落ちる。
ああ、とうとうやっちゃったか。
やっぱり無理させるんじゃなかったな。
直ぐ近くに居るのに、不思議と臭いはしない。
大丈夫か、そう声を掛けようとして気付いた。
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木葉が吐いている其の吐瀉物が、墨汁のように黒く、粒や食べ物の欠片が全く入って居ない、滑らかな液体だということに。
其の液体が、さっきの影と何処と無く似ているということに。
作者紺野
どうも。紺野です。
ちまっこい兄達の表現に迷走しています。
というか、チビ猿兄がチビ木葉さんのことばっかり喋ってて気持ち悪い。
でも、其れは僕の力不足の所為なんですよ。
単にチビ猿兄をあまり上手く書けないだけです。
何だか新しい機能が追加されてますね。なんだろ区切り線って
データがとびまくってるので、急遽細かく切って投稿致します。ご了承を。
烏瓜さんが天岩戸状態になりました。どうしよう。