教室の戸を開けると、そこには全員俺が座っていた。
一斉に同じ顔に見つめられ、俺は鏡の世界に来たのかと一瞬思った。
どいつもこいつも、俺、俺、俺。
俺はあまりのことにパニックになった。
「え?なんで全員俺?」
やっと口からそんなマヌケなセリフが出てきた。
俺の一人が答えた。
「なんでって、君が望んだことだろう?」
俺は、ある言動を思い出して、あっと呟いた。
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新学期が始まり、すぐに文化祭の出し物についての話し合いがあり、ありきたりなオバケ屋敷をやろうということになったのだ。オバケ屋敷なんて、チンケな材料しか集まりそうもないし、どうせたいして怖いものなんて出来やしない。最初から気に食わなかった。
俺が反対意見を出すと、面倒くさそうに担任が俺に言った。
「じゃあ、高松は何かアイデアがあるのか?」
「メイドカフェとか。」
そう発言すると、周りから大ブーイングを受けた。
面倒くさい。調理はどうするんだ。衛生許可は?だいいち他のクラスが模擬店をやるからかぶる。女子からは誰がメイドをやるんだとヒステリーが飛ぶ。男子を女装させてやると言ったら男女とも両方から大ブーイングを喰らい、担任も保護者からの苦情を恐れて良い顔をしなかった。
結局安易なオバケ屋敷で意見は多数決でまとまってしまったのだ。ふん、面白みのない奴らだ。俺は面倒でもクラスの一員なので、その日から一応文化祭の準備に参加した。
ところがあれだけオバケ屋敷と盛り上がっていたにもかかわらず、いざ準備になると、皆のらりくらりとした。俺は割りと、無駄が嫌いな性格なので、くだらないことに時間が割かれるのがいやなのだ。
部屋を暗くするためのダンボール集めにしても、夕方遅くにスーパーなどに調達しに行くので、その頃にはすでにダンボールは清掃業者に回収されている。
「そういうのはあらかじめ、店に電話して確保してもらっておかなきゃダメじゃん。」
俺が苛立っても反感を買うだけで、女子にいたっては逆切れする始末。
ダンボールを回収できても、何も考えずに、窓にベタベタ貼るだけで光はだだ漏れ。これじゃあ明るすぎて話にならない。普通黒く塗ったり、光が漏れないようにダンボールの上に暗幕貼ったりするだろ。そんな文句をいろいろ言うと、じゃあ一人でやれば?とかわけのわからないキレ方をする。
馬鹿じゃねえの?お前らが望んだオバケ屋敷だろうが。
そんなこんなで、俺は文化祭の準備が進むにつれて浮いた存在になってしまった。
浮いた存在と言えば、うちのクラスには、一人、元々浮いた存在がいたっけ。
味頼 永劫。どうやら、お父さんは住職さんらしい。「ミライエイゴウ」というインパクトの強い名前も、最初のうちはからかわれもしたが、あまりにもミライが無感情、無表情のため、ただの気味の悪い存在になってしまったのだ。
嫌われて浮いた俺と、元々浮いてるミライ。
いつしか俺は寂しさからミライに話しかけるようになっていた。
「なあ、ミライ。なんでみんな、あんなに頭悪いんだろうな。
頭悪いくせに、主張は強いし、ポリシーなんてなんにも持ち合わせてないんだよ、あいつらは。」
ミライは俺の顔を無表情で見つめる。やっぱ気味悪いやつ。
「君は、みんなが無能だと思っているの?」
ミライが珍しく、俺にそう返してきた。
「そうだよ。あいつら無能なくせに、文句は一人前なんだよ。あと少ししか準備期間がないっていうのに。どうせチンケでお粗末なオバケ屋敷になるさ。あーあ、全員が俺だったらいいのになあ。どんどん作業が進むよ。」
「そっか。全員が君だったらいいのか。」
そうポツリとミライが呟いたのだ。
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俺は我に返って教室を見渡し、君が望んだと言った俺を見つめた。
「もしかして、お前、ミライ?」
「そうだよ。僕はミライで、君でもある。」
わけわかんねえ。ややこしい。なんなんだこれ。
「ミライ、お前、何者なんだ?」
「さあ、さっさとやってしまおうよ、俺。君が言う通り、全てが君なら作業もはかどるだろう。」
ミライは俺の問いを無視して、作業を始めた。
「お、おう。」
わけがわからないけど、きっとこれは夢だ。
作業は思ったように、どんどんと進んだ。元々、俺は手際が良いほうだ。
てきぱきと働く俺達は、あっという間に立派なオバケ屋敷を完成させたのだ。
かなり完成度が高い。
あまりの完成度の高さに、本番では、他のクラスのやつが感心したほどだ。
しかし、他のクラスのヤツも俺のクラスが全員俺であることについては全く言及してこない。なんなんだこれ。夢にしては長い。
俺は、ベタな確認の仕方で、思いっきり自分の頬をつねってみた。
「いてえ。」
これは現実なのか?
オバケ屋敷は大盛況のうちに、文化祭は幕を閉じた。
そして文化祭が終わった今にいたっても、クラスは全員俺。
休憩時間も、体育の時間も、そして授業時間も全員俺なので、レベルは全部一緒だし、走っても全員が同じ。一等とかどべとか無いのだ。
考え方も全部、俺と一緒。まったく言い争いになりようもない。
クラスはいたって平和だ。
「はあ。」
俺が溜息をついていると、俺が近づいてきた。
さて、どいつの俺だ。ややこしいわ。
「どうしたんだい?溜息をついて。」
その口調はミライか。
「面白くないんだ。まったく。」
俺がそう呟くと、ミライが言う。
「だって、君は全て自分だったらうまく行くと言ったじゃないか。」
これはきっとこいつの仕業なのだろう。
「なあ、もうこの罰ゲーム終わりにしてくんね?俺が悪かったよ。世の中、いろんな意見や、いろんな人格、姿があるから楽しいものだってわかったよ。もうわかったから、元に戻してくれよ。」
俺が懇願すると、ミライが言った。
「無理だよ。だって、君が望んで教室の戸を開けたじゃないか。君が望んだ世界の戸をあけたんだ。」
「わけわからんこと言わんでくれ。頼むよ。」
俺はミライの前で手を合わせた。
ミライはしばらく黙っていた。
そして、口を開いた。
「無理だね。それに、世界はもっと俺で侵食されていくんだよ。」
「はあ?意味わかんね。」
「君は気付かないの?最近、先生の顔、見てる?」
「えっ?」
「だんだんと君の顔になっているんだ。」
「うそっ!」
「隣のクラスに行ってみなよ。」
俺は信じられない面持ちで、隣のクラスの教室の戸を開けた。
そこに座っているのは、俺、俺、俺。
嘘だろう?いつの間にこんなことになってたんだ。
昨日までは、この教室にはいろんな男女が溢れていた。
「ミライ!どういうことなんだ、これは!」
「ここは俺達の世界さ。」
そう言うと、無表情だったミライが初めて笑った。
作者よもつひらさか