彼女は今日も繁華街の一角にある、大きなスクランブル交差点に立っていた。
もうかれこれ此処に立ち続けて一年程にはなるだろうか? 朝、昼、晩と彼女は一時も休む事無く、道行く人々の顔を一人一人念入りにチェックしていく。
朝の忙しい時間帯はこの交差点を数千の数が行き過ぎる為、絶対に見逃さないようにと彼女は目をギラギラと見開き、奥歯をギリギリと噛み締めながら集中している。
初めの内は遠慮して信号機の足元から監視を続けていたのだが、日を重ねる事に少しづつ大胆になって行き、今では終始横断歩道がクロスする交差点のど真ん中に立っている。
なので時には、散歩中の犬(パグ犬)にフガフガと吠えられたり、通りすがりの猫にシャー!!と唸られたり、見知らぬお婆さんに読経を交えた拝みを受ける事も屡々。
雨にも風にも嵐にも負けず、彼女は決してその場所から離れようとはしないのである。
えっ?何の為にかだって?
実は彼女…
自分を殺した口髭の男を探しているのだ。
…
この霊体の存在が前々から気になっていた夏美は、交差点そばのベンチで休憩している彼女の隣りに座り、突撃インタビューを決行する事にした。
「突然で申し訳ありません、あなたは何故毎日ここに立ち続けているのですか?」
「…怨みを晴らすため」
「やっぱりあなたは誰かに殺されたのですね?見てればそれが伝わってきます。」
「……… 」
「申し遅れました、私は夏美と申します。失礼ですが貴方のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「…光枝」
「それでは光枝さん、犯人は知ってる人ですか?それとも顔も知らない見ず知らずの通り魔とかなのかしら?」
「 通り魔では無いわね…だいたいお金目当てでこんな疲れ切ったおばさんを襲うとでも思って?どうせ狙うんだったらもっとお金を持ってそうな人間を狙うでしょ?ねえそう思わない?夏美さんだったかしら?」
「確かに…って言ったら失礼ですよね?じゃあ怨恨の線ですかね?」
「そうね…怨みだと思う…私には少しだけ心当たりがあるの…」
「え、本当ですか?それは犯人のですか?」
「ふん!旦那の浮気相手だったケバい女よ!あいつしかいないわ!毎日の様にしつこく家まで電話して来る頭のおかしい馬鹿な女!恐らくあの女が殺し屋でも雇って、私をこんな目に遭わせたに違い無いのよ!そうだわ!絶対にそう!」
「で、でも証拠となる物はあるんですか?犯人の顔とかは覚えてます?」
「勿論覚えてる!首を締められた時に脳裏に焼き付いたあの憎たらしい顔は忘れたくても忘れられないわ!だから絶対に逃がさない!絶対に見つけ出してこの怨みを晴らしてやるの!!」
興奮気味に立ち上がった光枝は、偶然前を通り掛かった紳士のパナマ帽をパン!と叩き落とした。
「ちょ、ちょっと!光枝さん!まあまあ落ち着いて下さい!」
紳士は夏美から帽子を受け取ると、オロオロと周りの中空を気にしながら、足早に去って行った。
「本当に突然だったから…余りにも突然だったから、あの時自分の身に何が起こったのかさえも全く分からなかったの。殴られた後頭部も、抵抗した時に爪が剥がれた指先も物凄く痛かったわ。何回も何回もお腹を刺されて、息が出来なくて苦しくて苦しくて苦しくて、まさか自分が殺されるなんて…ううう」
光枝はまたベンチに腰を落ち着かせると、空を見上げながら肩を震わせた。
「そうなんですか…光枝さん。で、警察とかは動いてるんですか?」
「警察?ふふ、一体あれからどれだけの月日が経ってると思ってるの?警察なんて全く当てになんかならないわ。残念だけど今もって私を殺したあの憎むべき犯人は捕まっていないのよ。間違い無い。今でもあの男はのうのうと大手を振って、この日本のどこかで息をしているわ。悔しい…それが本当に悔しいのよ…」
「それは間違い無い情報なんですか?未だに犯人が捕まってないって…」
「情報?そんな物無くたって分かるわよ、だって生前私が使ってた身体がまだあそこにあるんですもの…」
「えっ?どこですか?」
「あのビルの地下室よ」
光枝のいう建物とは寂しい男性達が足繁く通う楽園、この辺りでは有名な所謂、風俗ビルだった。
「えっ?あそこ?じゃ、じゃあ光枝さんはあそこで殺されたんですか?あっすいません!答えたくなければ結構ですよ!」
「 ふふふ、もうここまで話したんだから何でも話してあげるわよ。本当残忍にも程があるわ。私は会社の前で刺された後、あそこまで車で運ばれて来て、大きなナタみたいな刃物で六等分に解体されたの。そして防腐剤と一緒に幾つかのクーラーボックスに詰められて、頑丈に施錠された一室に押し込められたのよ。」
「…む、酷いですね」
「でしょ!でも必ず復讐はするわ!」
「もしそのお話が本当なら、私が匿名で警察の方へ連絡しておきましょうか?光枝さんがそう望むのなら。」
「ありがとう夏美さん、でもその必要はないわ。もし私の身体が発見されてニュースに出れば、犯人は間違い無く身を隠すでしょ?海外へ飛んじゃうかも知れない…それじゃあ復讐出来ないわね…」
「は、はあ…」
「だから私は待ってるの…自分の力で犯人を捕まえて、必ず黒幕の真相までもを暴いてやるのよ!ここで待ってたらあいつは帰ってくる筈。ほらよく言うじゃない?犯人は必ず現場に戻って来るってさ?」
「どうなんですかねぇ…」
そこで夏美のインタビューは終了した。
…
日は沈み、辺りは薄暗くなって来た。
「よし!明日こそ絶対にアイツを見つけてやるわ!!あっ似てる!…あの男もしかして? 」
自分の人生を奪った犯人。
「…いや、違うわね」
僅かな金の為に人の命を簡単に奪い去る憎むべき悪党を、彼女はこの先も絶対に許す事は無いだろう。
沢山の買い物客や会社員、学生達が足早に行き交うこの大きな交差点で、人知れず、光枝は髭の男を探して明日もこの場所に立ち続ける。
彼女が諦める事はない。
信号が青に変わり、また数人の歩行者達が横断歩道を歩いて来る。
その中に先程インタビュー中に見かけた、あのパナマ帽を被った紳士の姿があった。
すると、向かいから歩いて来た女子高生の肩と紳士の肩がぶつかり、パナマ帽がふわりと宙を舞った。
紳士はそそくさと帽子を拾いあげ、またそれを目深に被り直した。
光枝の目は、足早に立ち去る紳士の後ろ姿をジッと見つめていた。
「みつけたわ」
【了】
作者ロビンⓂ︎