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中編6
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君の窓

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僕は今、静まり返った墓地に来ている。

あたりに街灯などない。

真っ黒い墨を流し込んだ水面のように闇がよどむ中、

ぽつぽつと四角い死の証が点在する。

生きていた証を刻んだ、死のモニュメント。

僕はある墓の前で足を止めた。

僕は墓の石段を上がり、その死の証の前にひざまずいた。

刻んだ生の証を指でなぞる。指を通して君の感覚が

蘇りはしないかという妄想にかられたけど、指先からは

冷たい死しか感じられなかった。

僕はあきらめの悪い男だ。

納骨堂の石をずらし、僕は彼女のお骨を胸に抱いた。

許されることなら僕は、彼女の形を永遠に残しておきたかった。

そう、どこか遠い外国の精巧なミイラのように。

しかし、日本の今の法律はそれを許してはくれない。

彼女の不在が僕を八つ裂きにした。

バラバラの僕を拾い集めてみたが、僕はそんな生活に疲れてしまった。

死のうと思ったのだ。

もう僕はこれ以上僕の形を保つ事はできない。

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僕は鴨居の上にあいた欄間の隙間にロープをかけ、輪にした。

そして、あとは首をそこにかけて、椅子を蹴るだけ。

僕は意を決した。ふと、上を見ると天井に穴が開いていた。

その穴に、僕のかけたロープが重力に逆らって吸い込まれていってしまったのだ。

僕はあっけにとられた。その穴からは二度と、ロープは降りてこなかった。

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いつの間にこんな穴が。

僕は、天板を外し屋根裏を覗いた。

そこから這いつくばって、あの穴の位置のあたりまで進んでみたが、

そこには穴らしきものは開いていない。

僕は、天井裏から降りて、またあらためてその位置を見た。

こちらからは確かに穴が開いているのだ。

僕は、ためしに、持っていたペンを穴に近づけてみた。

すると、ペンがすぅっと穴に吸い込まれていった。

なんなんだろう、この穴。

僕はもう感覚が麻痺しているから、その穴を怖いともなんとも思わなかった。

もう怖い思いは十分している。君の不在だ。

次の日、僕は不思議な光景を目にする。

昨日穴に吸い込まれたペンがロープで結わえられて、部屋に戻ってきたのだ。

僕は体の中を電撃が走った。

もしかして。僕は淡い期待を胸に、彼女のお骨を盗んだのだ。

僕は毎日、彼女のお骨を一つずつ穴に入れた。

毎日、毎日、彼女のお骨はどんどん穴に吸い込まれていった。

そして、今日最後の骨を穴に放り込んだ。

これは君の窓。

僕は君がここから蘇ることを信じているのだ。

ある朝、天井の穴の位置に違和感を感じた。

穴から、人間の足の指らしきものが覗いている。

僕は狂喜した。

やはり僕の予想は正しかった。

彼女が還ってくる!

僕は、毎日心待ちにあの穴を覗く。

最初は足の指、次の日は、ひざまで。

その次の日は腰から下が天井からぶら下がっている。

「おはよう。早く君に会いたいよ。君の窓から出ておいで。」

そして、ある朝、ついに全貌が天井からぶら下がっていた。

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「君、誰?」

そこには見たことも無い女性がぶら下がっていた。

僕はどうやら、一つ墓を間違えたらしい。

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僕は、天井からぶら下がる見知らぬ女を前に途方にくれている。

さて、これをどうしたものか。

ためしに話しかけてみる。

「すみません。墓を一つ間違えまして。本当は隣の墓の僕の彼女を蘇らせようとしたんです。自分で呼び出しておいて、申し訳ないんですが、帰ってもらえないでしょうか?」

自分でも理不尽なことを言っているのは百も承知だ。

その女は無反応だった。何も聞こえて居ないような反応。

身から出たさびとは言え、正直、このまま生活するのは無理。

とりあえず、ぶら下がっていられるのも不気味なので、見知らぬ女を下ろして椅子に座らせた。

見知らぬ女は質量があるのかと思うほど軽かった。

魂の重さは21グラムというのは、あながち嘘ではないのかも。

触った感じ、質感はあるのに質量がないというのは実に不思議な感じだった。

抜け殻。

いくら話しかけても反応のない女。

困った僕は、どこかへ処分しようと考えた。しかし、こんな大きな物、解体でもしないと無理かな。

そう考えた時に、初めて女に反応があった。

なんと、僕の顔を見て、涙を流したのだ。

僕は動揺した。

「帰りたくないの?」

そう問うと女は頷くでもなく涙を流し続けた。

これでは解体しにくいではないか。

仕方なく僕は、見知らぬ女との同居生活を余儀なくされることになった。

しかし、同居してみると、意外に違和感が無かった。

「ただいま。」

僕はいつしか、物言わぬ女にそう語りかけるようになった。

彼女が居なくなって、寂しかった一人の部屋に待っていてくれる人が居る。

しかし、その女はこちらがいくら話しかけても、答えることはなかった。

それと、なんとなくだけど、その女は痛んできているような気がした。

1週間もすると、甘い腐臭を漂わせるようになった。

困ったな。いくら泣かれても、腐り行く女を見ながら生活するのは。

その時、台所の床をどこから入ってきたのかわからないが、一匹のゴキブリが這いずった。

僕は情けないことに、悲鳴をあげて飛びあがった。

その刹那、今まで無反応だった女が素早く動いた。床に這い蹲り、そのゴキブリを鷲づかみにすると、素早く口に放り込んだのだ。

僕は驚愕のあまり、唖然とその様子を見ていた。

女の口がぐちゃぐちゃとそれを咀嚼し、茶色の羽が口に全て吸い込まれると、ごくりと喉を鳴らし飲み込んだ。

呆然と見ていた僕の喉から、その時初めて長い悲鳴が出た。

やはりこれは処分しなくてはいけない。

だが、今、あの素早さを目の当たりにして、とても彼女に立ち向かう勇気はなかった。

僕はその夜、自室に鍵をつけた。厳重に僕の部屋に誰も侵入できないように鍵をかけた。

その夜はあの場面を何度も勝手に脳内でリプレイしてしまい、眠れなかった。

とうとう朝を向かえ、僕は恐る恐る、女の居るはずのキッチンに向かう。

ところが、女はそこには居なかった。

僕は心底ほっとした。

あの女は消えた。

自分の愚かな行動でこんなことになってしまった。

でも、もう女は居ない。

僕にまた、一人の何も無い生活が訪れた。

誰も居ない家に帰り、一人で食事をして、眠る。

もう天井にはあの穴はない。

間違えて召喚してしまった、あの女もキッチンの椅子には座っていないのだ。

寂しい。

僕は、自分のそんな感情に驚いてしまった。

あんなおぞましいものを見てしまっても、そう感じる自分に驚いてしまった。

嘘だろう?僕が愛しているのは死んだ彼女だけだ。

否定をする僕の変わりに、僕の目が涙を流した。

あれ?なんで僕、泣いているんだろう。

その時、家の片隅でカサカサと音がした。

何か、居る。僕は警戒する。

カサカサ、カサカサ、カサカサカサカサ・・・

動物?

僕は音のするほうを見た。天井だ。

「うわっ!」

僕は思わず尻餅をついた。

なんと、あの女が、天井をカサカサと這いずっていたのだ。ゴキブリのように。

僕は恐ろしさは感じなかった。

「おかえり。どこ行ってたんだ?心配したんだよ?」

僕は女に微笑んだ。

女はどうやら、口にした物の習性を会得するらしい。

ゴキブリだった女はしばらくすると、元の空っぽの女に戻っていた。

捕食すると、どうやら腐敗が一時的に止まるらしい。

僕は彼女に側に居て欲しかった。

だから彼女にエサを与え続けた。

ネズミの時はさすがにヤバかった。

木をかじる彼女を何とか説得して、拾ってきた木切れをかじらせたのだ。

そこで僕は良いアイディアが浮かんだのだ。

だから、職場で僕にかねてより気のある、後輩女子社員の綾乃さんを家に招くことにしたのだ。

彼女に捕食させるために。

「待ってて。君を完全体にしてあげるから。」

そう彼女に言うと、意思を持たないはずの彼女が僕に近づいてきた。

僕は驚きつつも嬉しくなった。彼女に僕の想いが通じたのか。

「おいで」

僕は大きく手を広げ、彼女を包もうとした。それと同時に彼女が素早く動いて僕の腕の中に飛び込んできて、喉元に噛み付き食いちぎった。すでに僕はもう声を出すことが出来ない。

そうか、僕も捕食対象だったんだっけ。

あくる日、男物のスーツを着た女がある会社を訪ねた。

「あの、どなたですか?」

若い女性社員がたずねた。

「やだなあ、綾乃さん、僕だよ、僕。」

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鏡水花様
コメントありがとうございます。
私のは全て創作なので、やはり実話の怖さには勝てませんよ。
実話でこんな体験をしたら、絶対やだなあ、と怖がっています。
霊感ゼロでホント、よかった。
でも、怖いもの見たさなんですよね。怖い話しか読みません。
怖がりなのに、後ろを気にしながら読んでいます。

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本当、凄い!の一声です!

あれだけ沢山の話を投稿していても、未だアイディアが尽きないとは、天性の才能なのでしょう(*^^*)

ギャクではなく、mamiさんの仰る通り、十二分に怖い話です(T_T)

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やはり…さすがです。
ギャグテイストでしたか?私は、このラストにゾワッとくる感じが好きなので…十分こわばなでした。
光道さんのラストも面白そうですね。 

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直してくれましね
ありがとうございます。
私もけっこう昔の名前なので変えたいですが
他でも使ってますので、変えられないです。

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黄泉比良坂さん
よもつさんのほうが読みやすいですし
慣れているので、改名反対。

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はな様
コメントありがとうございます。
そして、怖くないのに怖いをつけていただき、ありがとうございます。
たまにふざけたことを書きますがお許しください。
恋は盲目と申します。今度はゾンビの彼女との生活とか、面白いかもしれません。

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すごいストーリー…また新しいですね!
その後が何とも想像できない(*≧Δ≦)
でも、彼女出てきたとしても、どちらにしてもハッピーエンドは遠いでしょうね…

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