…
まず、最初にしなければならないのはとりあえずこの車を停車させる事だ。
幸いこの車はAT車なので助手席からでも止められる筈だ。
俺は助手席側からシフトレバーを掴み、DからNに入れて、サイドブレーキを思いっきり引いてやった。
ギイいいいいいい!!!
簡単に止まった。
道が、緩い上り坂だったのが良かったのかも知れない。
ぎぃやああああああ!!!
その瞬間、ハンドルに激しく頭を打ちつけた陽子が叫んだ。
鼓膜を弾かれる様な物凄い悲鳴。締め切ったこの車内でこの金切声はキツイ。
ギラリと俺を睨みつける憎悪を含んだその顔は、陽子の様でとても陽子には見えなかった。
「 …ば…ちゃ… 」
ボソボソと何かを呟きながら、陽子の左手がシフトレバーを掴む。
そして、再びDに入れられた車はまたノロノロと動き始めた。
俺はもう一度止めてやろうと、今度は両手で彼女の左手ごと掴み、レバーをNへ…
が、全く動かない!
ビクリともしない。物凄い力だ!!
俺は自慢じゃないが、高校一年の時にクラスで2番目に腕相撲が強かった筈だ。力に関しては多少の自信はあったのだが…女に、ましてや相手は左手一本、俺は両手!!
「う、嘘だろ?!」
俺は前のダッシュボードに両足をかけ、思いきり踏ん張りながら身体全体をバネにして、Nの方へとグイグイ押し続けた。
「た、頼む!全宇宙のみんな!オラにほんの少しだけでいいから、気を分けてくれ!!」
その時、そんな事を考えていたかも知れないし逆に考えていなかったかも知れない…とにかく俺はそれぐらいに必死だったという事だ。
フッと陽子の力が少しだけ弱まった気がした。
「今だ!!」
俺は素早くギアをNに放り込み、すかさずサイドブレーキを思い切り引いた!!!
キィいいいいいい!!!
また車が強制的に止まった。
ブイいいン! ブイいいン! ブイいいン ! ブイいいン!ブイーーン!!
激しく高回転するエンジン音がけたたましく鳴り響く。
ギャあああああああ!!!
陽子の足は、体を無茶苦茶に振り回しながらも、アクセルを全開に踏み込んでいる様だ。
『 …焼かれてん焼かれてん!おばあちゃんがあそこで焼かれてん!はよ行かなあかんねん!!おばあちゃんが焼かれ… 』
陽子は車の天井をバンバン叩きつけながらそう叫び続けた。その叫び声はもう完全に彼女の物ではなく、幼い少女の声へと変わっている。
怖い、怖すぎる…
陽子が何者かに憑依されているのはもう誰の目にも疑い様の無い事実だ。
いっその事、陽子を置いて逃げ出そうかとも考えたが、暗闇の中からジッと息を潜める何者かの気配と圧が強すぎる。今車を降りれば間違い無くただでは済まないだろう。
まぁ、車のヘッドライト以外に何もないこの異質な空間が、霊感の無い俺にもそう思わせているのかもしれないが…
落ち着け!とにかく落ち着け俺!
もう一人の俺が俺にそう叫ぶ。
根拠は全く無いが、その時の俺は取り敢えずこの車からさえ降りなければ助かる!という不思議な考えになっていたと思う。
作戦として、まず陽子を後部座席へと移す事にした。
俺にできるか?
冷静な自分がいる。一瞬そう考えたが迷ってる暇はない!誰も助けてくれない今、もうやるしかないのだ。
まず俺が後部座席へ移り、後ろからヘッドロックを決めて後部座席に引きずり込む寸法だ。
よし、まず自分が… ヤバい下半身に力が入らない…恥ずかしながら完全に俺の腰は抜けてしまっている。
時間をかけ、やっとの事で後部座席への移動が完了した。
彼女を見ると、まだブンブンと手を振り回し、泣きながら発狂している。
「はあ、…こっちが泣きたいよ」
そこからは予定通りにヘッドロックを決めて後ろへ引っ張る!
案の定物凄い力で抵抗してくる陽子。
しかし先程と比べてパワーは少し落ちている様だ。やれる!これならいける!
そこからは、本当に無我夢中だった。
気付いたら2人後部座席の上で揉みあっていた。ここまでの記憶が断片的に飛んでいる。
一瞬の間、俺は気絶していたのかも知れない。まあいい、それは後から考えよう。
ぎゃああああああ!!!
すると、彼女は俺の手をすり抜けあろう事か後ろのスライドドアを開けるという暴挙に出た。
バああああああン!!!
ドアを開けた!
駄目だ外は!ヤバいヤバいヤバイヤバーああああいい!!
俺はすぐ様、陽子を羽交い締めにしてドアを閉めた。
ぎゃああああああ!!!
マジ喉大丈夫か?ってぐらいに叫び続ける陽子の顔をした幼女。
『 離せええええ!!!』
一瞬の隙をつかれて、またドアを開けられた。
もう、外は本当に真っ暗闇で何にも見えない…正に墨を塗ったような黒という表現がピッタリとハマる。
慌ててドアを閉める。
陽子とのその繰り返しが何回も何回も続いた。もう必死で回数までは数えていないが、開けらては閉め、開けられては閉めを馬鹿みたいに何度も繰り返した。
そして、俺は恥ずかしながらとうとう泣いてしまっていた。
泣きながらスライドドアの向こうの闇に向かって叫んでいた。
「助けてくださいお願いします!もう許して下さいお願いします!帰らせて下さいお願いします!!!」
こんな事を繰り返し叫んでいた。
…
ふと気付くと彼女の叫び声は消えていた。
グッタリとして俺の手の中で眠っている様だった。
「 今だ!! 」
ここがチャンスとばかりに必死で運転席に移ろうとするが、足がもつれて中々いうことをきいてくれない。それでもなんとか必死にたどり着き、ギアをバックに入れる。
もうこれ以上1ミリも前には進みたくなかった。
バックモニターを除くと、光るランプに濡れた路面がぼんやりと映しだされている。
そしてそこに立っていた。
2人…
首から下までしか光量が届かず見えなかったが、あの時に見た女の子…白いシャツに赤いスカート。
間違いない同じ服だ。
その隣りには白い着物の様なものを着た老婆と思しき者の姿。
手を繋いでジッと立っていた。
「わああああああ!!」
俺は、パニックになりながらもアクセルを思い切り踏んだ!ただこの場所から離れたいその一心で、無我夢中でバックした。
側から見ればかなりフラついていた事だろう…石垣にぶつけたり、溝にはまらなかったのは本当に奇跡としか言いようがない。
バックしてすぐに2人を轢いてしまったかもしれない… 当たる寸前に消えた気もする。
とにかく俺は必死の思いで山を下り、最寄り駅まで車を飛ばした。
その道中はこれといって何も変わった事は起こらず、後部座席の陽子も大人しく眠っているようだった。
…
…
ようやく◯◯駅に着いた時には、既に終電も出た後だった。
しかし駅の照明と向かいのコンビニの明かり、駅前でタムロっている何人かのDQN達が俺に安心感を与えてくれた。
「ふう、もう大丈夫だ…」
「…何が?」
ビクリとして振り返ると、陽子がキョトンとした表情で俺を見つめていた。
「な、何がって、お前あれだけ暴れといて何言ってんだよ?!」
「…暴れた?私が?」
いつもの彼女の顔だ。
声も、多分彼女のものだと思う…
「お前もしかして何にも覚えてねんかよ?!」
「うん…てか、腕とか頭とか物凄く痛いんだけど! パンツまでビチョビチョだし、ロビン私が寝てる間に何かしたんじゃないの?!最低…!」
「…えっ?」
俺は、その時初めて女性に対して本気の殺意を覚えた。
「あっそうそう!それより私凄く怖い夢見てたんだけど…」
「ど、どんな夢?」
「それが本当に変な夢でさぁ…私の周りが火事みたいに燃えてて、別に熱くはないんだけど物凄く息苦しくてさ…」
陽子の顔が強張り、肩がビクンと動いた。
「逃げようとしたんだけど、全く体が動かないの…そしたら『お婆ちゃーん!!お婆ちゃーん!!』って声がしてさ、火の中からおかっぱ頭の女の子が泣きながら歩いて来たの。そしたらその子、私の目を見て『ねえマイのお婆ちゃんはどこなん?』って…」
暗い車内、陽子の右肩のその奥に二つの目があった。物悲しげなその目は俺をジロリと見つめている…しかし俺が瞬きをしたその一瞬の内にそれは消えていた。
「そしたらなんか私まで悲しくなってきちゃってさ、涙が止まらなくなってその子の肩抱いてずっと一緒に泣いてたのよ…ぐすん」
「……… 」
「ちょっとロビン!私の話聞いてんの? 」
「…お、おう」
…
雨はすっかりあがったようで、夜空には綺麗な星空が顔を覗かせていた。
…
…
…
後日談
その後、陽子は3日間に渡って同じ夢を見た。炎の中でマイという女の子がお婆ちゃんを探す夢だ。
俺があの山で体験した話と、その夢のせいで陽子も参ってしまった為、知り合いを通じ、その筋ではかなりの力を持っていると噂の霊能者的な先生に霊視して貰ったそうだ。
すると、先生にも8歳の少女の姿が視えたと云う。
しかしながら、その少女には全く悪意という物が無く、どちらかと言えば俺逹2人に感謝しているという。
少女の想いは、ただ霊園に眠るお婆ちゃんを見つけたかっただけで、たまたまあの場所で見つけた陽子に取り憑いて、その想いを果たそうとしたらしい。
だが、俺はその説明に少し納得がいっていない。陽子は山を上り出した時から様子がおかしかった。俺は少女にあの場所へ「呼ばれた」のでは無いかと考えている。
まあ、少女の願いは叶ったのではないかと思う。なぜなら俺があの時モニター越しに見た2人はしっかりとお互いの手を握っていたからだ。
先生は言った。
感情が高ぶったり、乱れたり、弱ったりしている時は、特に憑依されやすい状態だから気をつけてねと…
確かにあの時、陽子は泣いていた事もあり精神状態は不安定だった。恐らく廃車に近付いたあの一瞬で身体に入られたのだろう…
それともう1つ、白いワンボックスカーが捨てられていた裏手の、封鎖された細道の話。
そこは友人が言った通り、主に山登りやハイキングなどに使われていた道だったのだが、例の火葬場と霊園にも繋がっている唯一の道だったそうだ。
先にも書いた通り、ある時からそこで、首吊りや焼身自殺する等の事件が相次いだ為、止む無く封鎖という形になったらしい。
あの後、警察がワンボックスカーを撤去する際に、車の中から身元不明の小さな骨クズを見つけたらしいが、その骨が一体誰の物であったのかは、未だに公表されていない。
俺はそれ以来、昼間でもそのカーブを通る時、そちらを直視する事が出来なくなった。
夜は絶対に近付いてはならない場所。
とり憑カレる場所
貴方の住むすぐ近くにも、そんな場所があるのかも知れないな…ひひ…
【了】
作者ロビンⓂ︎
この話は俺が以前、初めて投稿した処女作です。相変わらず起承転結の無い駄作ですが、100%実話な為、ご容赦下さい…ひ…