「ねえ、お母さん。私に双子の姉や妹はいる?」
私はその日、母に尋ねてみた。
「はあ?何言ってるの?あなたはずっと一人っ子じゃないの。」
母は呆れているようだ。
これ以上、母に何を聞いても不機嫌にさせるだけのことだろう。
最近、私の周りで妙なことが起きている。
あちらこちらで、私の目撃情報が入ってくるのだ。
別に私が目撃されることが、不思議なわけではない。
それが、私の知らない場所、居るはずも無い時間帯に
目撃されているから不思議なのだ。
「ユリ、昨日図書館に行ったでしょ?入り口で見かけたから、
道の向こうから声掛けたんだけど。聞こえなかった?」
最初は友人からそんなことを言われて
「人違いじゃないの?私、その日図書館なんて、行って無いけど?」
と答えた。
それからも私の知らない所での、私の目撃情報は続いた。
駅前、本屋、コンビニ。
どうやら私に似た人物がこの界隈に居るようだ。
最初はその程度に思っていたのだ。
ところが、先日、まったく見知らぬ女の子から声をかけられたのだ。
「この前は、カラオケ、楽しかったね!また行こうね!」
そう言われて、私はポカンとしてしまったのだ。
あなたのことなど、知らないし、一緒にカラオケに行った覚えも無い。
その子の話によると、私の友人と共通の友達で、一緒のカラオケ屋に偶然居て
合流したというのだ。全く身に覚えの無い話だ。
「ねえ、私、この間、ミツキたちとカラオケしたっけ?」
私はその共通の友人に聞いてみたのだ。
一瞬、えっ?という顔をして、
「何言ってんの?一緒に行ったじゃん。そこでアタシの友達と偶然出会って
人数多いほうが楽しいからって、合流したじゃん?」
と笑った。確かに、声をかけてきた見知らぬ女の子の発言と一致する。
私は最初、二重人格、もしくは記憶障害なのではないかと疑った。
ところが母にその日のことを聞くと、私は、やはりずっと家に居たというのだ。
私とそっくりな人間が、私を語って勝手に行動している。
正直、気味が悪かった。
何のために?目的は?
いくら考えてもわからなかった。
今日も学校でこんなことを言われたのだ。
「ユリって最近明るくなったよね。何かいいことあった?」
「ううん?別に?」
「ははーん、さては彼と、ついに~。キャー!」
「そんなん、無い無い!」
私は本当にそんなことは無いので必死に否定した。
彼は居るけど、高校を卒業するまでは、そういう関係になるつもりは無いのだから。
私はこの恋愛を大切にしなければならないのだ。
彼は有望株だ。
ルックスはもちろん、何しろ成績が良い。
もう私の中では、人生設計が出来上がっているのだ。
彼は医師を目指しているし、必ず彼ならやり遂げる力があると思う。
彼を手放すわけにはいかないのだ。
キャリアウーマンという将来もあるのだろうけど、所詮、男尊女卑は根強い。
たとえ成功したとしても、寂しい将来の絵図しか見えない。
きっと彼と結婚して見せる。
そして幸せな家庭を築くのだ。
私は女友達も居るが、極力浅く付き合うようにしていたのだ。
女は面倒な生き物だ。
きっと私が彼と付き合うようになって、周りの女子は
「なんでユリなんかと」
そう嫉妬しているに違いない。
私に落ち度があろうと無かろうと、嫉妬の理由なんてなんでもいいのだ。
差し詰め私は、彼女自身が無意識に白状したように、根暗ということなのだろう。
最近明るくなった、ということは、元々アンタは根暗よ、と言ってしまったのと同じだ。
浅はかな友情など、どうでも良いし、要らない。
私の人生に何のメリットも無い。
だが、表面上はおくびにもその感情は出してはならない。
彼女らに攻撃の理由を与えてはならないのだ。
私は自分自身にも厳しく、勉学に励み、遊びの誘いもやんわりと角が立たないように
断ってきたのだ。その私が、自分の知らない間に、他の女子と遊んだりしている。
いったいどういうことだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、携帯が鳴った。
メールの着信だ。
「おい、別れるってどういうことだよ。ちゃんと説明してくれ。
勉強が忙しいからって、今までもお互いちゃんと勉強もしてたし、
俺たちうまくやってたじゃん。」
彼からのメールだった。
何それ?私、別れるなんて言ってないし。
私は慌てて返事をした。
「私、別れるなんて、一言も言って無いよ?」
送信_________相手がメールを受け取ることができません。
お客様センターに送信します。
何よ、こんな時に!一刻を争うことなのに。
私はアドレスから彼の番号を押して、発信した。
「お客様がおかけになった電話番号は、現在、電波の届かないところにいるか
もしくは電源が入っていないため、おつなぎできません。」
乾いたメッセージが私の耳に響く。
何度電話しても同じだった。
何よ、人にあんなメールしておきながら、なに電源切ってんの?
すると携帯が手の中でもう一度鳴る。
「返事しろよ。」
そう一言あった。
だから、アンタの携帯がおかしいんだってば!
数分後、また携帯が鳴る。
「そっか、好きな人ができたのか。何で最初からそう言ってくれなかったんだよ。
俺はストーカーにはなりたくないからな。お前が心変わりしたのなら、仕方ないよ。
じゃあな。」
嘘でしょ!なんで自己完結してんのよ。そんなつもり無いんだってば!
私は居てもたってもいられなくなり、彼に会って話そうと思い、自分の部屋のドアを開けた。
すぐ目の前に人影があって、私は驚いて後ろに転倒した。
転倒した私を見下ろすのは、確かに私自身。
これは、ドッペルゲンガー?
「彼とは別れた方がいいわ。」
確かに私自身なのだけど、なんとなくやせ衰えて、疲弊している気がする。
「私がうまくやってあげたから。あなたは安心して。」
もう一人の私がそう呟くと、私は意識が遠くなって行った。
息苦しくなって、動くこともできない。
私は何が起こったかわからずに、遠のく意識の中、自分の姿がどんどん
半透明になっていく感覚を感じた。
「ユリー、ご飯よー。早く降りてらっしゃい。」
お母さんの声が聞こえる。お母さん助けて!
そして、もう一人の私は私を見下ろしながら半笑いで
「はーい。」と応えた。
違う、お母さん、それ、私じゃない。
separator
私は久しぶりにお母さんのあったかいご飯を食べている。
「おいしい!」
私は心からそう言った。
「何よ、変な子。」
母はそう言いながらも嬉しそうだ。
お母さん、私今までね、スーパーの半額のお惣菜とか
冷たいお弁当を食べてたのよ。
今こうして、お母さんのご飯が食べられるありがたさがよくわかったの。
世間知らずの私はね、学生時代に親しい友人も作らずに
ただ彼が居れば十分だと思っていた。
人は見かけではわからないものね。
彼には妙な性癖があったのよ。
いわゆるロリコンね。
どうやら高校時代からそういう傾倒があったらしいわ。
私が初めて彼の犯罪を知った時に、彼が開き直って言ったの。
確かに彼は優秀で医師免許もすぐにパスして、私は割りと裕福に暮らした時期もあったわ。
でも、彼は捕まってしまった。
年端もいかない小学生にイタズラして、捕まったの。
ホント、クズよね。
それからはもう、どん底よ。
彼は病院はクビになるわ、ご近所からは白い目で見られるわで。
とうとうその家は手放してしまった。
私は彼と離婚したわ。
そのすぐ後に、心労が元で、お母さんは死んでしまったのよ。
心筋梗塞だったわ。
お父さんとは元々仲が悪かったから、私は本当の一人ぼっちになってしまった。
何で私は学生時代に友達の一人も作らなかったんだろう。
そんな時、サングラスの髪が真ん中分けのおじさんが現れたのよ。
「髪切った?」
いきなりわけのわからない挨拶をしてきたわ。
「人生、やり直しちゃう?」
そんなことを言われた。随分と軽いノリだったけど、もう半分ヤケクソで
いいともっ、と返事をしたの。
そしたらね、私は高校生に戻ってた。
今まで冷たくしてきた友達と遊んだり、知らない子達とも友達になった。
こんなに楽しいのなら、ちゃんと高校生の時に楽しんでおけばよかった。
そう思ったら、やっぱりあのクズ男とは高校でちゃんと別れておいたほうがいいでしょ?
だから世間知らずの高校生の私を処分しにきたのよ。
これからはもっと高校生活をエンジョイするわ。
「おかわりっ!」
私は元気よく、母にお茶碗を差し出した。
作者よもつひらさか
ギャグ回です。
ごめんなさい。
と先に謝っておきます。