僕は今取引先のエレベーターに乗ろうとしている。
ドアが開いた。
僕は乗り込み、取引先の階のボタンを押した。
ドアが閉まろうとする瞬間、どこから現れたのか
赤いコートを来た中学生くらいの女の子が小走りに駆け込んできた。
僕は勢いに気おされ、一歩後ろに下がった。
女の子はコートのフードを目深に被り、Rのボタンを押した。
雨でも降ったのだろうか。
女の子のコートと、フードからでた前髪が濡れていた。
さっきまで降ってなかったっぽかったのに。
ついてないや。
目深に被ったフードの下から、こちらを見ている。
視線が痛いほどだ。
僕はなんだか気持ち悪くなって、目をそらした。
なんだよ、この子。不気味だな。
早く降りたい。
僕はエレベーターの表示を見ながら焦燥感にかられた。
やっとついた。
僕は慌ててドアが開くと同時に、その階に急ぎ足で出た。
僕がエレベーターを振り返ると、目深に被ったフードの中から
空洞に近い暗闇の中から少女の目だけがぼくを捕らえているようだった。
僕は取引先の会社に出向き、帰りはエレベーターに乗るのやめとこう、と思った。
そして、数日後、またその取引先の会社に出向かなければならなくなり、
僕は先日のエレベーターでのことを思い出して、なんだか乗りたくなかった。
でも、9階なんて、ちょっと階段を使うのも疲れるな。
僕は周りに誰も居ないことを確認した。
そしてエレベーターのボタンを押す。
良かった、今日は誰も乗ってこない。
僕は安心した。
エレベーターが上昇しだしてからしばらくして、3階の表示が点いた。
3階から誰か乗り込んでくるな。
僕は気を利かせて、一歩下がる。
ドアが開いた。僕はその瞬間、ぎょっとした。
またあの赤いコートの女の子がフードを目深に被って、乗り込んできたのだ。
しかも、またコートが濡れて、前髪も濡れている。
少女はまた同じように、Rのボタンを押し、僕をじっと見てきた。
僕は怖さを紛らわそうと、彼女に思い切って声を掛けてみた。
「こんにちは。前にもエレベーターで一緒になったね。ここに住んでるの?」
少女は無言で、コクリとうなずいた。
なんだよ、愛想がないな。警戒してるのか?
僕は中学生をナンパするほど困ってないよ。
僕は取引先の階で降りた。
振り返るとまたフードの下から目でじっとぼくを見つめてくる。
なんなんだよ。
それにしても屋上にばかり何の用事があるんだ?
僕は取引先で、商談の帰りについでに聞いてみることにした。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、こちらは一般の方の居住されている階があるんでしょうか?」
一見オフィスビルに見えるので不思議には思っていたのだ。案の定
「いいえ、こちらの建物にはオフィスしかないはずです。」
という答えだった。
「そうなんですか。先程、赤いコートを着た女の子を見かけたので。」
取引先の相手も不思議そうな顔をした。
僕は気持ち悪いので、やはり階段を使って降りた。
すると階下から、初老の男性が階段を登ってきた。
初老の男性は僕をチラリと見たので僕はペコリと頭を下げた。
「アレには関わりなさんな。」
初老の男性はポツリとそう呟いて行ってしまった。
僕は何のことかわからずにポカンとしてしまった。
ボケてんのかな。
そう思いながらも一階まで下りた。
あ、しまった。取引先に書類の入った封筒を忘れてきた!
僕は慌ててエレベーターのボタンを押した。
またあの子が乗ってきたらどうしよう。僕は戸惑ったが、やはり9階までは階段はきつい。
別に何をしてくるわけでもなし。ちょっと不気味なだけだから、まあいいか。
そう思っているとエレベーターが1階に到着しドアが開いた。
そのとたんに、後ろからすごい衝撃でドンとエレベーターの中に押し込まれた。
僕はよろけながらエレベーターの壁にぶつかった。
僕は不意を突かれた腹立たしさに後ろを振り返って叫んだ。
「誰だ!危ないじゃないか!」
僕はその瞬間、怖気が足元からぞわぞわ広がった。
あの赤いコートの女の子だ。外は晴れているのに、やはり濡れたコートを着て
髪の毛からは、水滴が滴っている。
少女はやはりRのボタンを押した。
「ちょっと!何とか言えよ!酷いじゃないか!」
黙っている。こいつは普通じゃない。
「もういいよ!9階で下りたいんだよ。ボタンを押して!」
女の子は、キョトンとした顔をして僕を見る。
そしてゆっくりと、階数のボタンを見た。僕に示すように。
ボタンがRしかない!そんなばかな。先程使用した時はちゃんとボタンは全部あった。
「死ねないんだよね。どうしてだろう。」
少女はポツリと言った。
「死にたいのにね、死ねないの。」
何を言ってるんだ。
僕は気持ち悪くなってきた。
僕は少女を跳ね除けてボタンを見た。
やはりRしかない。
「他のボタンはどうしたんだ!」
僕はやけくそで少女に聞いた。
僕は狂ったようにRの下を指で叩いた。
もう何階でもいい!屋上以外に止まってくれ。
屋上に行けばたぶん全てが終わってしまう気がする。
無駄な努力も空しく、屋上に着いてしまった。
少女はドアが開くと、屋上へと出て行った。
僕はドアを閉めて下へ下りようとボタンを探すがやはりRしかない。
僕は諦めて彼女に元の世界に戻る方法を聞いてみることにした。
しかし、彼女は首を横に振るばかりで
「ここからね、何度飛び降りても死ねないんだよ。苦しいの。
ねえ、お願い。私をここから突き落としてくれない?
そうしたらたぶん死ねる気がするの。」
そう私に懇願してきたのだ。
「そんなことできるわけ、ないだろう!僕を殺人犯にする気か!」
少女は僕を見て言った。
「じゃあ、突き落としてくれたら、帰れる方法を教えてあげる。」
僕は頭がおかしくなりそうだ。
そもそも、ここは異世界なのではないだろうか?
そうしたら、この少女ももはや人ではないのだろう。
人でない物を突き落として死なせてしまっても罪にはならないだろう。
僕はビルのふちに立つ少女に近づいた。
その瞬間彼女は、ニヤリと笑った。
そして後ろにゆっくりと倒れる瞬間に僕の手を握ったのだ。
僕は彼女とゆっくりとスローモーションで落ちて行く。
「あの日もこんな雨の日だったわ。もう私は限界だった。
酷い苛めで心も体もボロボロだったの。死んだほうがマシだと思った。
確かに下のコンクリートに叩きつけられたはずなのにね、無事なの。
だから何度も何度も繰り返して落ちてるのに。無傷なの。」
落ちて行く時間が長い。
「あなたと一緒だったら、もしかしたら死ねるかもしれないの。
ほら、重いほうが叩きつけられる力も倍でしょう?」
そう言いながら、つないだ手を引き寄せ僕に抱きついた。
ふざけんなよ、なんで僕が君の自殺の道具になんなきゃならないんだ。
夢なら覚めてくれ。
これは夢だ。悪い夢だ。
長いフライトが終わり、僕と彼女はアスファルトに叩きつけられた。
終わった。僕の人生が。
あれ、でも。本当に痛くない。
彼女の言ったことは本当だった。
マジで、死なないじゃないか。
これで家に帰れる。
僕は立ち上がり、横たわる彼女を見つめた。
彼女は死ねたのかな。
すると少女は、ムクリと起き上がりため息をついた。
「やっぱりダメか。」
「付き合ってらんねえ。僕は帰るよ。」
そう言い捨て、僕は帰ろうとした。
「帰れないよ」
少女は言った。
「何度歩いても歩いてもあのエレベーターの前に着くから。」
嘘だ。そんなことがあってたまるか。
僕は駅の方向に向かって歩いた。
そのつもりだった。
ふと気付くと、エレベーターの前にいた。
え、なんで!駅に向かって歩いたはずだ!
「だから言ったでしょう?帰れないって。」
彼女はそう言うと、またエレベーターに乗り込んでいった。
僕はエレベーターの前で呆然としている。
彼女はRのボタンを押し続ける。
悲しそうに僕の目を見ながら。
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「林君、なんであの会社の屋上なんかに行ったんだろう?」
喪服を着た同僚たちがひそひそ話している。
「自殺なんてタイプじゃなかったし、やっぱり事故かな。」
「それとも密かに何かあったのかな。」
「下に落ちた時にさ、雨も降っていないのに服がびしょ濡れだったそうよ。」
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「だから関わるなと言うたのに。」
初老の男は、下からビルの屋上を見上げた。
今日は警備服に包まれ、浅く被った帽子を深々と被りなおした。
男はエレベーターを使ったことがない。
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僕は今日もエレベーターに乗って彼女と屋上に行く。
もうこんなのは嫌だ。
こんな世界に居るくらいなら死んだほうがマシだ。
元の世界に帰れないのならもういっそ死なせてくれ。
僕は今日も彼女とRのボタンを押し、彼女と手と手をつないで
屋上からダイブするのだ。
作者よもつひらさか
思い出したので、自分のブログから古いのを引っ張り出してきました。