「ここは、どこぞな。」
玉手箱を開けると、真っ白な煙が出て、とたんに体が思うように動かなくなった。
背骨は曲がり、両足で立っているのも辛い。
俺は自分の手を見た。
「な、なんじゃこりゃああああああ!」
皮はたるんでシワシワ。まるで老人ではないか。
俺はワケがわからなかった。
助けた亀に連れられて、竜宮城で乙姫さんと楽しいひと時を過ごしたが、やはり家のことが気になり、帰りたいと言った時にはずいぶんと帰らないで欲しいと乙姫に引き止められたが、どうしてもと言うと、土産に玉手箱を手渡されたのだ。決してあけてはなりませんよと。
正直、人間、開けるなと言われれば余計に開けたくなるものだし、だいいち手土産なのに開けるなとは、これいかに?そこで、俺は、はじめて乙姫にはめられたことに気付いたんだ。引き止めても帰るという俺を恨んでいたのだろう。愛しさあまって憎さ百倍というところなのだろう。
俺は途方にくれた。
すると俺の目の前に奇妙な格好をした人間が現れた。
その男は、着物ではなく、細い袴のようなものをはいており、上は帯も袖もない不思議なものを身につけている。俺がぽかんと見つめていると、頭を下げた。なにやら板切れのようなものに、筆でもない不思議なもので、何かを書き留めているようだ。
「どうも、こんにちは。ゼンリンです。」
そう言われ、俺は意味がわからなかった。
男の衣服の背中にはZENRINという見たことも無い文字が書いてあった。
俺が何も言わずに立ちすくんでいると、男は頭をかきながらなにやら独り言を言い始めた。
「参ったなあ、ここはミケイサイかあ。」
「ミケイサイ?」
俺は問い直した。
その男は不思議な話を始めた。
「あなた、この時代の人じゃないでしょ?たまにあるんですよねえ。時空のひずみみたいなやつ?」
「何を申しておる。俺は浦島太郎という。そなたは?」
「え?マジで?ほんとうにいたんだぁ、浦島太郎!あー、開けちゃったの?もう?玉手箱!」
「何故それを知っている!」
「まあ、有名な話だからね。僕はゼンリンっていう地図を作る会社の人間で、こうやって歩いて地図に掲載するところを調べて歩いてるんだけど、たまに忽然と消える場所ってのがあってさ。そういう場所はわざと地図に載せないの。たぶんこの廃ビルの建ってる場所がそう。」
そう言われて、指差すほうを見ると、大きな要塞のようなお城がそびえ立っていた。さぞや名のあるお殿様の城であろうが、多少朽ちているような気がする。
「だから、こういう場所は地図には未掲載なの。おっと、僕も一緒に移動させられないうちに、この場所を離れなくちゃ。じゃあね、浦島さん。」
そう言うとそそくさとその男は去って行った。
俺は一人、取り残されまた途方にくれた。
いったい俺はどこへ行けばいいのか。
ここには俺と同じ格好をした者が一人も居ない。
皆おかしな格好で歩いている。
ごうっと風が吹き、俺は空を見上げた。
すると、空を大きな亀が泳いでいた。
おおい、待って。
お前はあの時の亀だろう?
もう一度俺を、元の世界に戻してくれ。
頼む!
亀は土煙を舞い上げ、頭の上を通り過ぎていった。
亀の体にはJALと、これまた見たことも無い文字が書いてあった。
作者よもつひらさか