公園についた俺は、買ったばかりの新しいショートホープの封を開け、その一本に火をつけた。
「ふうう…」
深く吸い込んだ白煙を、口と両方の鼻の穴から吐き出す。この一服目が実にうまい。
今日も子供達が公園内を楽しそうに走り回っている。
その傍で、まるでゴミでも見るかのように顔を顰めて俺をにらみつけるお母さん方。
「ああ、そっか」
この公園が全面禁煙になったのは、去年からだったろうか?俺はベンチから立ち上がると咥えタバコのまま公園を後にした。
俺は今年で35になった。
て、事はタバコを吸い始めて丸20年だな。
思えば悪い先輩に進められて吸い始めてからというもの、いまに至るまで休む事なく3箱のタバコを毎日毎日吸い続けている。
所謂、チェーンスモーカーというやつだ。
もう俺の肺は真っ黒だろう。
最近では慢性的に右の胸が締め付けられるように苦しいし、朝起きたら喘息のような咳が止まらない事も度々。タンも絡むし、少し走っただけで息があがる。
値段も、俺が吸い始めた当初から比べると倍ほどの値段に跳ね上がっている。毎日タバコ代だけで野口英世さんが一枚ヒラヒラと飛んでいくのだ。
この歳でまだフリーターの俺にとっては中々に辛い出費だ。じゃあタバコやめれば?って思うかも知れないが、残念ながら俺にはタバコをやめられない理由がある。
俺は普通の人にはない特殊能力があるんだ。
それは霊感だ。
しかも、そんじょそこらの霊感体質とは一線を置くほどに強烈な霊感を産まれながらにして持ってしまっている。
物心ついた頃から、俺の周りには様々な死人としか思えないモノたちが彷徨いていた。
「たすけてー」
「あそぼー」
「いっしょにいこー」
「ねえきづいてるんでしょー?」
「いたい!いたい!いたい!」
「おかあさん!おかあさん!」
「おぬしにはわしがみえておるのか?」
様々な姿形をした亡者たちが、朝から晩まで休む事なく俺に付き纏い、話しかけてくる。至極迷惑極まりない特殊能力だ。
両親も初めの内は子供にありがちな現象かと思っていたらしい。だけど、小学生に上がってからも一向に変わらない俺を見て、何度病院にまで連れて行かれたことか。
もちろん寺や神社なんかにも連れ回されたが口を揃えて「私たちの力ではどうにも出来ません!この子の力は強すぎます。残念ですが…」
と、いつもこんな感じだ。
やばい!さっき開けたタバコがもう切れそうだ。早くコンビニに行かないと…
まあ、自分自信も半分は諦めてはいたんだ。
確かに毎日幽霊を見ていたら慣れてはくるし、恐怖心なんかも既に無いに等しかったんだが、ウザい事には変わりなかった。
視えない人間が本当に羨ましいなと常々思っていたそんな時に俺はこのタバコと出逢ったんだ。
初めて煙りを吸い込んだ瞬間、クラっとして今までうるさかった落ち武者の声がぴたりと止んだ。
最初何が起こったか分からなかった。
でも吸い終わってから5分もしたら、また落ち武者が近づいてきて話し始めた。
「頼ム!ワシのハナシを聞いテはクレぬか?!お主シカおらぬのジャ!」
またタバコを吸うと、落ち武者は悔しそうな顔をして消えていく。
「オ、オヌシ!それはナニを吸ってオルのダ?!」
あいつの顔は確か…俳優の西田敏行さんに少し似ていた気がする。
そして俺は気付いてしまった。
タバコを吸ってさえいればあいつらは近寄ってこない。いや寄ってこれないんだ!これでもう話しかけられる事はない。俺は歓喜した。
あの日から俺は一度もタバコを切らした事がない。だけど最近ではあの公園と同じくどこも禁煙、分煙とうるさくなってきた。歩きながら吸っていると罰金まで取られる始末だ。
喫煙者に対して、汚物でも見るような目で見られる頻度が年々増えている気がする。まあしょうがないけど。
「肩身が狭いな」
コンビニで買った新しいタバコに火を付ける。
「うっ!!く、苦しい!」
その時、今までにないくらいの重い痛みが胸を襲い、俺は堪らずその場に座りこんでしまった。そしてその拍子に買ったばかりのタバコを車道の側溝の中に落としてしまった。
「うっ、ううう」
俺は何分間そこで苦しんでいたんだろうか?咳き込んだ時にあてた手のひらには赤いものがべたりと付着している。俺はもうダメかも知れないと思った。
「大丈夫デすか? 」
中年と思しき男性の手が俺の肩を揺すった。
「すみませんが、救急車を呼んでいただけませんか?」俺は精一杯の声を振り絞り、男性にそう訴えた。
「 はてキュウキュウシャとな?キュウキュウシャとは一体なんぞヤ?」
「えっ?」
「それよりオヌシ!また出会えタノう!頼む!ワシのハナシを少しダけでも聞いテは貰えヌか?!」
「て、お前かよ!!!」
俺は心の中でそう叫び、そのまま意識を失った。
【了】
作者ロビンⓂ︎
よもつ先生!す、すいません俺はもう病気です…ひ…