私の彼は、何をとっても完璧だった。
甘いマスク、スタイル、洗練されたファッション、とても頭の回転がよく、会話はウィットに富んでいて、責任感が強く周りからも信頼されていた。
ただ一つ、彼の欠点をあげるとすると、優しすぎるところだ。
彼は誰にも優しく、会社の女性は皆、彼に熱を上げていた。
そんな彼が、私を選んだ。
ある日突然、メールで告白されたのだ。
「付き合ってください。」
私は、年上だし、彼の上司だし、最初は正直戸惑った。
「私なんか、いいの?年上だし。」
「歳なんて関係ないでしょ?」
そこから彼との付き合いが始まった。
私達は、一応上司と部下という立場なので、会社ではごく普通に振舞っていた。
しかし、一度会社を離れれば、甘い恋人同士の時を過ごした。
遊園地に行った時は、私がジェットコースターが苦手と言ったのに、乗ったこともないのに、苦手かどうかわからないでしょ?と無理やり乗せられて、やはり怖くて足がガクガクになった私を支えてくれて
「大丈夫?ごめんね。でも、かわいい。」
と優しく頭を撫でてくれた。
彼は時々、出張で会えない時も必ず、おやすみメールをくれるし、私は本当に大切にされてると感じた。
だけど、やはり彼は誰にでも優しいので、時折、勘違いされてしまうのだ。
そんな彼の優しさに勘違いした女性が最近彼に急接近している。
正直、その女性は、私とは全く反対のタイプで、軽い甘ったれた感じの女性で、はっきり言って不細工だ。
彼は優しいので、そんな女性にも等しく優しくしてしまう。
「ごめん、今日、三沢さんから、ちょっと相談受けちゃって。終わったらすぐに会いに行くから!」
そんなメールに、年上だからと大人ぶってみても、やはり心穏やかではない。
あの女は絶対に、彼を狙っているのだ。
「わかったわ。彼女の相談に乗ってあげて。」
私は、心にも無い返信を返す。本当は、彼女の相談なんか受けないで欲しい。
すぐに会いに来て!そう言えない自分が歯がゆかった。
案の定、あの女は彼に、彼氏に振られたと相談してきて、酔った振りをしているようだ。
「彼女、すごく酔っ払っちゃってさあ。参ったよ。俺はすぐにでも、君に会いたいのに。仕方ないから彼女を送っていく。今日はごめんね。」
そんなあ。私はそう思いながらも、また大人ぶってしまう。
「うん、ちゃんと送ってあげてね。おやすみなさい。」
「ごめん、愛してる。」
私はその言葉をもらうだけで、嬉しかったのだ。
そしてここ数ヶ月、私達は、お互いの仕事が忙しくて、ほぼ会社以外で、会うことができなかった。
でも、会社で毎日顔を合わせてるのだから、よしとしよう。
今を我慢すれば、またお互いの愛を深める時が来る。
そう思って我慢してきた。
でもやはり、私に禁断症状が現れた。会社で毎日顔を合わせているのに、デートもできないなんて。
これじゃあ生殺しだよ。私は、思い切って、今夜彼の部屋を訪ねることにした。
彼が疲れているのはわかっている。私だってずっと我慢してきたのだ。
一度くらいいいよね?私は、真っ赤なバラの花束を買い真っ赤な包装紙に包んでもらった。
これが今の私の気持ちよ。私なりのサプライズ。
チャイムを鳴らす。
「アヤメか?」
彼がそう言いながら、ドアを開けた。
「こんばんは!来ちゃった!びっくりした?」
私は真っ赤なバラの花束を差し出した。
すると、彼は目を大きく見開いて驚いた。
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真夜中のチャイムに驚いた。
ははーん、アヤメめ。俺にサプライズをしかけようってのか。
先ほどまで、俺に会いたいってメールで駄々をこねてたものなあ。
仕方の無い女だな。俺は、すぐにドアを開けた。
「アヤメか?」
「こんばんは!来ちゃった!びっくりした?」
「中田主任?ど、どうしたんすか?こんな夜中に。」
俺が面食らっていると、真っ赤なバラの花束が差し出された。
俺はその花束を見て、腰が抜けるほど驚いて、目を見開いた。
ゴトリ。花束の中央に置かれたものが、床に転がった。
そして、その転がった物に焦点が合うと、俺は叫んだ。
「アヤメ!」
やはり見間違いではない。バラの花束の中央に置かれていたもの。
それは紛れもない、アヤメの首だったのだ。
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「本当にあなたじゃあないんですね?」
「違います!俺はアヤメを殺してなんかいない!主任の持って来た花束に彼女の首が!」
「中田さんはあなたと付き合ってたと言っています。」
「そんなバカな!あり得ません。俺が付き合ってたのは、三沢アヤメだし、俺にアヤメを殺す理由が無い。」
「三角関係のもつれじゃあないの?あんた、メールで中田さんに告白してるじゃないか。」
刑事から、俺はそのメールを見せられた。
付き合ってください。そう引用文に書いてあり、その返信に、私なんか、いいの?年上だし。と書いてあった。
「でっち上げです!確かに俺は、中田主任にメールをしました。だけど、それは飲みのお誘いです。
今夜、みんなで飲みに行くんですが、中田主任も付き合ってくださいよ、ってメールしたことがあります。
それに対して、この引用で返信が来たから、おかしいなとは思ったけど、歳なんて関係ありませんよ、って確かに返事は送りました。
でも、「付き合う」だけ引用されたってたけの話で。だいいち、親しかったら携帯でメールするでしょ?
これパソコンメールですよ?業務連絡みたいなもんじゃないですか!
俺からのメール見ればわかりますよ、偽装工作だって!」
「それが、あなたからのメールは消されてるんですよ。」
「そんなもの、元メール復元すればわかるじゃないですか。」
「でも、愛してるなんて書くものなのかね?」
「それだって、ジョークですよ。ジョーク。だって、中田主任のほうから、愛してるわよ、なんて送ってきたから、てっきり冗談だと思うじゃないですか。酔っ払ってるなと思って。だからジョークで返したんですよ。愛してるって。だって、俺が23歳で、彼女、50歳ですよ?しかも、あんなダブダブに太ったオバサン。付き合うとかあり得ない。」
他にも彼女のパソコンには、俺との交際のことが綴られているブログの履歴もあった。
もちろんそんなことはあり得ない。
遊園地に行ったのだって、社員旅行だし、確かにジェットコースターを怖がった主任の頭をポンポンとしたこともあったが、あんなことくらいで付き合ったとか言われたんじゃたまったものじゃない。
おやすみメールだって、あまりにしつこいから、おやすみって返しただけだし。
俺はもっと早く、彼女の狂気に気付くべきだったのかもしれない。
作者よもつひらさか