今日という今日は許せない。
ミスをしたのは俺が悪かった。
怒鳴って怒ればいいものを、半笑い状態で
おれをネタにして皆の笑いものにすることはないだろう。
バカにするにもほどがある。
しかも、俺が好意を寄せている、彼女の目の前で。
知っているぞ、お前も彼女を狙っていることを。
彼女の気を引こうと、わざと面白おかしく俺をバカにして
ウィットのある人間だと思われたかったんだろう。
ふざけやがって。
しかし、一番許せないのは、そんなお前が同期で俺の上司だということだ。
仕事もろくにしないくせに口だけが達者でのし上がったくせに。
何も言い返せず、俺は黒く渦巻く怒りを腹に帰宅した。
家に帰り、ビールをあおり、パソコンをつけて
何気なくネットサーフィンをしていた。あるサイトの端に気になるバナーを見つけた。
「ヤミタク」-あなたの恨みをはらしますー
危なげなバナーだったが、つい気になりクリックしてしまった。
「あなたは、必ず秘密を守れますか?」
という黒い背景のダイアログが出てきた。
はい いいえ
俺は思い切って「はい」をクリックした。
「あなたのメールアドレスを送信してください。
利用規約をあなたのアドレスに送信します。」
これはヤバイのかな。
まぁ、ウェブメールのアドレスだし。
洒落で読んで、法外な料金を要求しようものなら無視を決め込めばいいや。
俺は自分のウェブメールアドレスを打ち込んで送信した。
すぐにウェブメールに返事が届いた。
内容は、あなたの恨みに思っている人間、邪魔に思っている人間を
この世から消してくれるという内容だった。
料金はびっくりするほど、低料金だった。
本当にこんなはした金で人を殺せるのか?
どんなヤバいサイトなんだ、これ。
利用規約にはこんなことが書いてあった。
①このサイトで依頼をしたこと、もしくはこのメールのことを決して誰にも話してはならない。
②あなたはその対象の人とお酒を飲んで、当サイトのタクシーを呼ぶこと。
③タクシーに乗せたあとは、一切関わらないこと。
タクシーに乗せていただくだけで、その対象の人を消去します。
④数日後、その対象の人を消去できたことを確認していただいてから
当サイトの集金人がご自宅まで料金をいただきに参ります。
※規約以外の料金は一切いただきません。
⑤一週間以内にご返答をいただけない場合は、この契約は解除します。
ただし、このことは誰にも他言しないこと。他言したり規約を犯した場合はペナルティーとして
あなたをいただきに参ります。
最後の「あなたをいただきに参ります。」ってなんだ?
なんだかオカルト地味ている。気持ち悪いな。やっぱりやめておこう。
俺は次の日、朝早めに出社した。
俺より早く誰か来ている。ドアが開けっ放しだ。
俺の机に誰か居て、俺のパソコンを勝手に触っている。
あ、あいつ、何やってんだ。
「何してるんだい?」
俺が声をかけると、あいつはビクっとした。
「ああ、俺のパソコンが調子悪いんでちょっと借りたんだ。悪い。」
怪しい、いったい俺のパソコンに何をした。
業務が始まってしばらくして、俺は何だか視線を感じてそちらを見ると
俺が好意を寄せている女性が、こちらを睨んでいた。
そしてつかつかとこちらに歩み寄ってきて小さい声で俺に言った。
「セクハラはやめてください。へんなメールよこして。何なんですか。」
そう言い、キッと睨み自分の席に戻った。
メール?身に覚えはない。
俺は慌てて、自分の送信済みのメールをチェックした。
送信済みのメールは仕事のもの以外何もなかった。
あ、あの野郎!なんて姑息なことを。
俺は昼休みに問い詰めた。
「なんで俺がそんな意味のないことをしなくちゃならないんだ?」
そうとぼけた。そうだ、送信の証拠もない。
卑怯者め。俺は彼女にも、説明したが逆効果だった。
係長のせいにするんですか?最低ですね。
そう言われただけだった。
もう許すわけにはいかない。
最低の下衆野郎。
あくる日、あいつに俺は誤解していたことを詫び、奢るからと飲みに誘った。
最初はとても警戒していたが、奢るという言葉に釣られて俺の誘いに乗った。
酔いも回ってきて、調子が出てきたのか、俺に
「彼女は俺に惚れている。あと少しで落とせそうだ。」
と与太話をしてきた。
冗談は鼻の穴だけにしとけよ、このマウンテンゴリラが。
お前みたいなゴリラにあの子が惚れるわけないだろう。
そう言いたいのを堪え、やはりこいつが俺を陥れるためにやったのだと確信した。
俺はあらかじめ、あのサイトのタクシーを呼ぶように電話番号をメモしておき
ゴリラをベロンベロンに酔っ払わせておいて、タクシーを呼び乗せた。
背の高い黒尽くめの不気味な若い男が運転手だった。
俺は、本当にちゃんとこいつを消してくれるんだろうな、という疑心暗鬼から、
こっそり自分の自家用車で後をつけた。
突然、人気のない路地裏でタクシーが停められた。
するとゴリラが出てきて道で吐き出した。
「お客さーん、大丈夫ですかぁ?ほら、これ飲んで。すっきりするから。」
あのタクシー運転手が何かドリンク剤のようなものをゴリラに手渡した。
それを受け取り飲み干した。とたんに、またゲーゲー吐き出した。
汚えなぁ、もう。こっちまで気持ち悪くなるよ。
延々とゲーゲー吐いている。いくら何でも量が多すぎねえか?
あいつ、そんなに食ったり飲んだりしたっけ?
確かにお酒は大量に飲ませたけど。
ごぶ、ごぶぼふぉおおお!
口から大量な何かが出てきた。すかさず、運転手は大きなビニール袋を広げた。
あいつの口から大量に何か出ている。ぼんやりした街頭の下、何かズルズルした
赤いものが大量に口から吹き出している。血?
いや、それ以上に粘液とズルズルした物体が大量に噴出している。
まさか、内臓?そんな、馬鹿な!
途絶えることなく、あいつの口から吹き出して、あいつのゴリラみたいな
ごっつい体が見る見るしぼんで行き、骨と皮みたいになってしまった。
もう吐き出す力もなくなった、その物体の頭の髪の毛を掴み
ぶらんぶらんと揺らして、大男は満足そうにその物体を畳んでトランクに放り込んだ。
大量に噴出された臓物の袋は口を縛って、後ろの座席に置かれた。
一瞬、男がこちらを見た。
俺は、慌てて気付かれないよう、運転席に身を沈めた。
心臓がバクバク跳ね馬のように踊り、今にも飛び出して行きそうだ。
男は何事もなかったかのように、静かにタクシーを発進させた。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。何だあれ!
人じゃないぞ、あれ。
俺は震えが止まらなかった。
その次の日から、あいつは無断欠勤をした。
数日後、捜索願が出され、最後に会った俺にも
警察から行方を知らないか聞かれたが、もちろん
タクシーに乗せたその後は知らないと知らばっくれた。
あいつが、集金に、来る。
どうしよう。
1週間経ったある日、ついに集金人は来た。
あの黒尽くめの背の高い不気味な青年だ。
怖いながらも俺は、ドアを開けた。
「お約束の御代をいただきにあがりました。」
俺はさっさとこの金を渡して、追い払いたかった。
金の入った封筒を受け取ると青年は思い出した、というような表情をし
「あなた、あの日、私をつけて来ましたよね?」
そう言うと、俺を冷たい目で見下ろしてきた。
俺がつけていないと言い張ってもダメだった。
「嘘はいけません。規約違反なので、あなたもいただきますね。」
俺は恐怖に凍りつき、隙を突いて逃げようとした。
いとも簡単に俺は部屋に押し戻され、青年は後ろ手に鍵を閉めた。
「ゆ、許して。ちゃんと仕事をしてくれるか、見届けたかっただけなんだ。」
すると青年は無表情に言った。
「規則ですから。」
俺は押さえつけられて無理やり、あのゴリラが飲まされたものと同じドリンクを飲まされた。
俺の口から噴水のような嘔吐が始まった。
ついに胃の内容物がなくなると、中の臓物が引っ張り出された。
その瞬間からもうほとんど意識はなく噴出する惰性だけで体を支えていた。
骨と皮になった俺を髪の毛を掴みぶらんぶらんとぶら下げて言った。
「利用規約をちゃんと守っていただければ、こんなことにはならなかったのにね。」
そう言いながら、俺を畳み、ボストンバッグに押し込んだ。
そして、どこから持ってきたのか、掃除機で俺の吐いた臓物を綺麗に吸い取った。
吸い取るのは魂じゃなくて、内臓なのかよ。
ところで、それ、何に使うんだよ。
作者よもつひらさか