朝10時開店と共に、親子連れと思しきお客が来店した。
ここは小さなレストラン。
ボックス席が3席、あとはカウンター席という狭さだ。
狭さを誤魔化すために、一番奥には鏡がしつらえてあり、偽の奥行きを出している。
父親と小学生くらいの女の子だろうか。親子連れは、女の子が奥に、その真横の通路側に父親が座った。
この平日のこの時間に小学生が何故?学校行事の振り替えかしら?などと思いつつも私は、オーダーをとりにいった。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですか?」
暑苦しい格好。まだ暖かいのに、父親と思われる男は袖の長いコートを着込んでいた。
「コーヒー、ホット一つ、それと、カナコはどれにする?」
カナコと呼ばれた女の子は顔色が悪かった。具合でも悪いのかしら?
何故か女の子は、ランドセルにつけていたキーホルダー型のデジタル時計を外し、鏡に向けてテーブルに置きながら、
「オレンジジュース」と小さな声で言った。
「それだけでいいのか?何か食べればいいのに。」
父親は女の子にニコニコ笑いながら問いかけると、女の子は首を横に振った。
「じゃあ、それだけで。」
「かしこまりました。」
私が去ろうとすると、女の子は縋るような目で私を見て、盛んに鏡に向かって目配せをした。
私は、気になり、鏡のほうを見た。
あっ。
私は、声が出そうになるのを押さえて何食わぬ顔で、マスターに注文を告げた。
「お待たせしました。」
私は注文の品をトレーに乗せて、まずは奥にいる、女の子の前に、オレンジジュースを、そして、ホットコーヒーを父親の前に。
そして、私は狙い済まして、父親の前のテーブルにコーヒーをぶちまけた。
「あっちち!」
男は思った通り、立ち上がった。
「あらぁ、お客様~。申し訳ありません!」
その瞬間、脱兎のごとく、奥にいた女の子が席を立ち、私の後ろにしがみついた。
「てんめえ、このアマ!何しやがる!」
父親が私に右の拳をあげ、殴りかかってきた。
すかさず、私はその拳を受け止め、右手をねじり上げた。
そして男のコートのポケットから、ナイフを取り出した。
「あら、嬉しい。アマだなんて。つい1ヶ月前にアマになったのよ。私。でも、お客様?危険物のお持込はお断りしますぅ。」
そう言うと、ナイフを床に投げ捨て、遠くに蹴り飛ばした。
ヒールのかかとで男のつま先を目いっぱい踏みつけ捻り上げた右手をちょいともう一捻りすると、男はぐるりと一回転し、背中から床に落ちた。
「そして、合気道五段。由紀(よしのり)は元の名前。今は由紀(ゆき)って呼んでね♪」
テーブルの上の女の子のデジタル時計は2時02分を指していた。
了
作者よもつひらさか
後日談
数日後、女の子とその母親が私にお礼を言いに店を訪れた。
父親とは、父親の暴力が原因で別居中。
子供が学校に行っている間に、母親が事故にあったと嘘をついて父親が連れ出したようだ。
呆れたことにこの父親、実の娘にナイフをつきつけ脅して連れ去ったとのこと。
ホント、サイテー、クズね。
「利発なお子さんをお持ちで、お母さんは幸せね。」
鏡に映った、デジタル時計を見なければ、私は異変に気付くことができなかったんだもの。
「ありがとう。ユキお姉ちゃん。」
「まあ!なんて可愛い子なの!」
私が抱きしめて頬ずりすると、お髭が痛いと言われた。
しまった。剃り忘れちゃったわぁ、私としたことが。