狡猾な狼は、森の陰から、鼻歌まじりに楽しそうに歩く、ある少女を見ていた。
彼女はあかずきん。
ビロードの真っ赤な服に赤い頭巾が彼女のトレードマークだ。
子供にあんな目立つ格好をさせるなど、狙ってくださいと言っているようなものだ。
この森の緑の中、はっきりと見紛うはずも無い。
若い子供の肉は、さぞや、柔らかくて美味いのだろう。
手に持ったカゴには、ぶどう酒となにやら甘いに匂いのするものが入っていた。
きっとあの子は、母親から悪い狼から話し掛けられても、知らんフリをしろと教えられているのだろう。
狼は精一杯、野生の可愛らしい動物を演じた。
「あかずきんちゃん、あかずきんちゃん、そんなに急いでどこに行くのですか?」
大きく毛並みの良いフサフサの尾っぽをフリフリあかずきんに話しかけた。
うまそうだな。もう腹ペコだぜ。
「森のはずれの、おばあさんの家にお見舞いに行くの。おばあさんが病気で動けないので、私はおかあさんに言われておつかいの途中なの。かごの中はぶどう酒とケーキよ。」
なるほど、森のはずれか。ここから15分くらいだな。これは一石二鳥。だが、いくら狼でも、森のはずれまでおばあさんの所へ行き、おばあさんを食べている間にあかずきんは、おばあさんの家についてしまう。
「あかずきんちゃん、今日はこんなに良い天気。鳥達もさえずっているし、野にはこんなに花が咲いているよ。お花でも摘みながら、楽しく遊びながら行けばいいんじゃないですか?」
狼はニコニコしながらあかずきんにそう提案した。
あかずきんは、お母さんの言葉を思い出していた。道草をしてはいけないよ。
でも、狼さんが言うとおり、こんなにお天気が良いのだし、勿体無いわ。
「うん、そうするわ。狼さん。」
バカなあかずきん。
狼はするりと、森に消えた。
年寄りは、筋張って固くてそんなに美味くはなかったが、腹は多少満たされた。
狼は考えた。
童話の狼は頭が悪かった。
あかずきんに、どうして耳が大きいのだとか、目が光っているのかとか、手が大きいのかとか、口が大きいのかとか、明らかに疑われても仕方の無い姿だったのだ。
それは、何故か。
そいつが狼丸出しだから。
狼は俺は一味違うぜと笑った。
童話の馬鹿な狼は婆さんを丸呑みしたが、俺は婆さんの首をあえて食べ残したのさ。
あかずきんならぬ、人頭巾?狼は笑った。
おばあさんのベッドで待ち受ける狼。
「おばあさん、こんにちは。あかずきんです。」
「おお、あかずきんかい。ドアは開いてるよ、お入り。」
「おばあさん、お体はいかが?」
「あまりよくないよ。あかずきん、すまないが、背中をさすってくれないかい?」
狼は飛びつくタイミングを伺っている。
「ええ、おばあさん、わかったわ。」
よし、今だ!
布団から勢い良く飛び出した狼の頭を何かが捕らえた。
えっ?
あっという間だった。
赤頭巾の中から、大きなペリカンのようなクチバシが飛び出したかと思うと、狼が被っていたおばあさんの首をパクリと飲み込んだ。
えええええええ?マジで?
次の瞬間には、その大きな鋭い歯のついたクチバシが狼を丸ごと飲み込んだ。
ジタバタする狼の足をひょいと上を向くと、バリバリと音を立てて咀嚼した。
ゲフ。
大きなゲップをすると、あかずきんは鼻歌交じりに家に帰って行った。
狼があかずきんに声をかけたお花畑には、ぶどう酒とケーキの入ったカゴがぽつんと置かれていた。
作者よもつひらさか