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「おい、こんな廃墟しかなかったのかよ。全然それっぽくねえじゃん。」
ディレクターは不満顔だった。
「ええ、ここしか撮影許可が下りなくて。もっとヤバそうな廃ビルとかもあったんですけど。変な噂を立ててもらっては、売れるものも売れなくなってしまうと、管理者から断られまして。」
ADは汗だくになりながら、言い訳をした。
「どうみても、結構新しい廃ビルだものなあ、これ。なあんにもなくてガランとしてて綺麗だし。もっとこうさあ、荒れ放題で、荒廃した雰囲気出さなきゃ心霊スポットっぽくねえじゃん?仕方ない。作るか。」
ディレクターがそう言うと、わざわざ古いベッドやら机やらを運び込ませて、廃業した老人ホーム跡に仕立てたのだ。
わざわざ、あるはずも無い拘束具をベッドの上に無造作に置いたり、シーツにどす黒いしみをつけたり。
古い車椅子をさらにボロボロに仕立てたり、点滴まで用意した。
「おい、点滴はさすがにおかしいだろ。病院じゃねえんだぞ?」
良かれと思って用意した大道具は慌てて、点滴棒をしまった。
「よし、そろそろ霊能力者を呼ぼうか。」
近くのホテルに数人の霊能力者を待機させていた。
リアリティーを出すために、そこそこ有名な霊能力者たちを集めている。
ディレクターは、「心霊番組」のディレクターではあるが、心霊自体は全く信用していなかった。
まぁ、どうせこんな雰囲気のある場所につれてくれば、あいつらは勝手に、やれ霊がいると騒ぐんだ。
このビルは心霊スポットでもなんでもない。
番組のため古いビルの管理者に使用料を払っているにすぎないのだから。
霊能力者たちが到着した。
一人は胡散臭そうな坊主、一人は占い師だかなんだかわからない婆さん、もう一人は自称霊と交信できるという主婦、そしてもう一人は、風が吹けば舞い上がってしまいそうなほど、ぺらっぺらに薄い青年。
「それでは、先生方、よろしくお願いします。」
ディレクターは頭を下げながらも、どいつもこいつも胡散臭いな、と心の中で笑った。
坊主は入るなり、邪気を感じると、大粒の数珠を振り回し、占い師の婆さんは霊が居ると震えて目を閉じる。
霊と交信できる主婦はいきなり、うずくまってしまって、女性キャスターが大げさに大丈夫ですか?と介抱する自分も気分が悪くなってしまうという芝居をする。
いいぞ、みんな。もっと怖がらせるんだ。
ディレクターは、思うように動いてくれる霊能者と女性キャスターに満足だった。
だが、一人だけ、ただボーっと歩いているだけで、何もしないヤツがいる。
「カットカット、ちょっといいですか?」
霊障に悩まされているというのに、他の霊能者がこちらを振りむいた。
「困りますよー、もっと何かリアクションしてくれなくちゃ。」
ディレクターは青年に苦言をした。
この青年も、確か、有名な霊能力者とのことで、いろんな人の相談を受けているということだ。
「でも、ここ、何も居ませんよ?」
その青年の言葉に、場は一気に凍りついた。クソ、余計なことを。
ディレクターはそんなことは百も承知だし、こいつらはイカサマ師で、勝手に演技してくれると踏んでいたので、その言葉に泡食ってしまった。
「ギャラ払ってるんだからさー。ちゃんと真面目にやってよね。はーい、もう一度ねー、スタート!」
それからは青年の言葉に気分を害したのか、他の霊能者の反応もイマイチになった。
「あー、もう、仕方ないなあ。こんなんじゃ、今日はダメだ。日をあらためましょう!」
その日は撤収となった。
「あらためても無駄ですよ。」
またあの青年が口を開く。
チッ、余計なことを、この青二才が。
ディレクターはついに、堪忍袋の緒が切れた。
「アンタがダメにしたんだよ、アンタが。もう来なくていいから。アンタ。」
「言われるまでもなく、僕はもう来ないし、この番組も放映されることはないでしょう。」
「なんだと、クソガキ!もう、帰れ!」
ディレクターが怒鳴りつけると、その青年は、あっとディレクターを見つめ、目をそらしてそのまま頭を下げると去って行った。
「くそ、イカサマ師のくせに、あの青二才の所為で台無しだ。」
ディレクターはイライラしながら、走るロケバスの中で毒づいた。
その時、ロケバスを正面から眩しい光が襲った。
パァーーーーーーーーン!
凄まじいクラクションと共に、大きな衝撃が襲った。
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飛び散るガラスの破片。
紙のようにひしゃげた車体は、何回転かして、ガードレールを突き破って、ガード下道路へと落下した。
そして、車体は激しく燃焼した。
青年は一人、ロケバスの事故のニュースを、自宅マンションで見ていた。
「だから無駄だって言ったのに。」
青年は、あの時、ディレクターに憑いているものが見えたのだ。
恨めしそうな顔をした女が、ディレクターの首に手を巻きつけてこちらを見たのだ。
「ホンモノはあれだけだったのにね。」
もちろん心霊番組がお蔵入りすることも知っていた。
作者よもつひらさか