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music:4
――ピンポーン
――いらっしゃいませー。おひとり様ですか―?おタバコはお吸いになりますかー?ではこちらのお席にどうぞー
語尾がやけに間延びした女性店員は、俺を店の隅のいつもの席に案内する。
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――午前1時。
俺は自宅近くのファミレスに来ていた。
週に3日は通っている馴染みの店だ。
俺はメニューも見ずにドリンクバーを注文し、一度席を立ってコーヒーを持ってきてから、バッグの中のノートパソコンを取り出す。
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俺は物書きだ。
自宅で作業していて行き詰った時、このファミレスに移動して気分転換をする。
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俺がこの店を訪れる時間帯は、いつもだいたいが深夜1時頃。
客もまばらな時間帯だ。
店員もやる気がなく、長居していても頻繁に注文伺いに来ることがない。
静かで快適な環境だ。
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ノートパソコンの書きかけの文章を眺め、しばし考えてから指を動かす。
――カタカタカタ…
店内に流れるゆるやかなクラシック音楽と、キーを叩く音だけが耳に響く。
快適だ。場所を変えたのは正解だった。気分が乗っているのが分かる。この感じなら朝までにある程度仕上げられそうだ。
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と、
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「えー!マジー?ヨウコこないだのカレダメだったのー?」
近くの席からキンキンとした甲高い女性の声が聞こえた。
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――ハア、
せっかく静かな環境だったのに。俺は画面から目を離さないまま、小さくため息をついた。
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「うん、超ショックだったー。絶対好感触だと思ったのにー」
「だよねー。えー信じらんなーい。あいつイケメンな感じだったのに超クソじゃんー」
「わかるー。ヨウコ気にしちゃダメだよー?ワタシー、あん時あえて言わなかったけどー、あいつアンタの胸超見てたかんねー?」
「えーウソー!結局胸目当てかよー」
「はー、男ってホント胸好きなー。まあ確かにヨウコ胸デカイけどねー」
「ったく、胸大きいと大変なんだって。バカな男には分かんないんだよねー」
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若い女性4~5人のグループらしい。
いつの間に入店したのだろうか。
執筆に没頭していて気が付かなかったのだろう。
実に耳障りだ。
一度気にすると、まるでカメラのピントが合ったかのように彼女たちの会話ばかりが耳に入ってくる。
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「メグ、アンタどうだったの?こないだ言ってた奴ー」
「えー、ダメダメ全然ダメ。ライン送っても全然既読付かないんだよ。アイツ絶対カノジョいるよー」
「いないって言ってたのにねー。ほんとクソだなー、態度でバレるってのー。男ってほんとバカだよねー」
「ねー。あ、そうだメグ最近髪型変えたよねー。それ超カワイイから」
「あーアタシもそれ思ったー。かなりいいよそれー」
「えーちょっとだけじゃん。変わんないよあんましー」
「いやいやいや、超カワイイから。あーアタシ、メグ襲っちゃうかもー」
「寄んな、ちょっと、ヨウコやーめーなーって!キャー!もーやだー!」
――ドタン、バタン
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五月蠅い黙れいい加減にしろ
人が集中しているときにキンキンキャンキャン喚(わめ)き散らしやがって、はっ倒すぞ!
我慢できず心の中でさんざん毒づきながら俺は顔を上げる。
声のする方、俺の斜め前のテーブルを見て、
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――ヒッ!
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気味の悪い女が目に入った。
なんだアイツ、顔が白すぎる。髪はボサボサ、目はギョロギョロとせわしなく動いて、目の前に置かれたパフェをグチャグチャと突き崩している。
そんな女に向かって、俺に背を向けた別の女が「ユリ、ほら、もーこぼれてるよー」とか言っている。
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「あーーごめーんーー」
カチカチカチクチャクチャクチャクチャ
ユリと呼ばれた女はそれでも痙攣でも起こしたかのようにパフェをかき混ぜている。
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ブフー…ブフー…ブフー…ブフー…
ユリの前の席に、約二人分のスペースを占領している巨大な女がいる。
目の前には男でも食い応えのありそうな特大のハンバーグステーキがジュウジュウと熱そうな音を立てている。
あ――ん…んむう――グッチャグッチャグッチ、んぐう。
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wallpaper:1526(怖い女)
「垂れてる垂れてるってヨウコー」
ユリの隣の座った女が、ヨウコに注意する。
ヨウコは背を丸め、抱えるようにハンバーグステーキをむさぼっている。
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「んふっ。んふふふふふふふふふアハハハハハハハハハハハハ…」
ヨウコの奥の席に座った女、ヨウコの身体の影になって完全にその姿は見えないが、
声だけが響いてくる。甲高い。そして、長い。終わらない笑い声。
「あーヤバ、メグがまたツボっちゃったよ。オーイ、今の一体どこにツボったー?」
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――なんだ、アイツら…
揃いも揃って気味が悪い。
それになんだ?アイツらの席の上の蛍光灯だけチラチラと切れかけて点滅してるじゃないか。
なんで席も移らずあんな薄暗い席で話してんだ?
俺は背筋にゾクゾクと悪寒が走るのを感じた。
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「んっゲフ、でさー、我らがグループのカリスマ女子、ユイカの最近はどうなのよー?」
ヨウコがユリの隣の女に向かって話しかける。
wallpaper:1401(不気味な女2)
「えー、別にー。なにもないよー」
「嘘つけー!また男喰ったって聞いたぞ!話せコラ!」
「えー…。だってアレはアタシからじゃなくて、なんていうか成り行きでー…なんとなくホテルまで…」
「こーのー!オイ何とかしろよ、この天然肉食系女子よー!これまで何人喰ってんだよホントよー」
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music:3
なんだアイツら。
なんというか、普通じゃない。帰ろう。離れよう。今すぐここから。
ダメだ。ここにいちゃダメだ。危険、危ない、店員は?なんでこんなに店内がガランとしてるんだ?
店員は?他の客は?店が暗い。なんでだ?いつからだ?現実感がない。なんだなんだなんなんだこれは
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「あ、ねえ…。みんな気づいてる?あっちの席のさー、男の客。アタシらのこと見てるっしょ」
「えー…マジ?あーアレかー。うん、そうだねー見てる見てる」
「へー。あ、けっこうイイ感じの奴じゃん」
「うん、ウマそう。ウマそう」
「コラ、ユイカー。アンタまた…」
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いいじゃん。ウマそう。アタシにやらせて。えーずるい。アタシだって。アンタ最近いい思いしてんでしょ。オトコ。アタシが。タベるから。ミンナで。オイシソウ。アハハ。フフフ。ジュルリ。
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shake
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
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「お客様ー。お客様ー」
呼びかける声にハッとして身体を起こす。
「お客様。うなされておりましたよ。大丈夫ですか―?」
目の前に例の店員がいた。
いつもの店内。時計を見ると午前4時を回ったところだ。
どうやら眠っていたらしい。
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「お客様、なにかご注文はございますかー?」
長時間寝ていた客に対しての対応なのか、わざとらしく注文を聞いてくる。
「あ、ああ…、じゃあ、この、ドリアを…」
かしこまりましたー
間延びした返事を残して店員が立ち去る。
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夢?
夢だったのか?
斜め前の席を見ると、誰もいない。
電気も切れかかっていない。
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俺はというと、服の下が汗でびっしょりだった。
開きっぱなしのノートパソコンの画面には、寝ている間に身体がキーに触れていたのか、
意味不明な文字の羅列が表示されていた。
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あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああユイカああああああああズルイああああああああああああああああああああああああああああまたああああああああああああああああああああああアンタがああああああああああああああああああああクウノああああああああああああああああああ?ああああああああああああああああああああああああああああ
作者綿貫一
こんな話はどうでしょう?