マジ、あり得ないんだけど。
あの貧弱で私より容姿の劣るシンデレラが、王子に見初められてお妃になるなんて。
胸だって、私のほうがあるし、プロポーションだって抜群。
王子だって私を先に見つければきっと私を選んだに違いないのに。
たまたま、家に居るはずのシンデレラが、見たことも無いようなドレスを纏い、遅れて舞踏会に来たものだから。
みんな時間より早くに来ているというのに、あの目立ちたがりの灰かぶり娘が遅れて注目を引き、見事なドレスでしかも、見たことも無いような硝子の靴を履いて登場すれば、嫌でも目立つっつうの。
世間知らずの王子の目は釘付けになり、私と踊ってください、なんて目をハートマークにして鼻の下伸ばしちゃってさ。
誰もがシンデレラを妬んで憎んだに違いないさ。
私は今、お城を見つめながら、歯噛みしている。
そもそも魔法使いってなによ?
ずるいじゃん。
かぼちゃの馬車だとか、かわいいじゃん。目立つに決まっている。
今に見てなよ、シンデレラ。
私は森の外れにあるという、魔女の家を目指した。
「もしもし、お願いがあります。ドアをあけてくださいな。」
私は極力猫なで声を出し、その魔女の家のドアを叩いた。
「なんだい、こんな夜更けに。」
不機嫌そうな顔で魔女が出てきた。
「お願いがあります。貴方様は、時間を巻き戻す力があるとお聞きしました。
本当なら、私がお妃になる予定だったのに、それをシンデレラに横取りされてしまいました。
哀れとお思いになって、私にお力をお貸しください。」
「時間を巻き戻すことと、それがどう関係あるんだい?」
「時間さえ巻き戻していただければ、王子はシンデレラより美しい私をお妃として選ぶはずです。
お妃になったあかつきには、どんなお礼でもします。」
私は醜い老婆の前に跪いた。
「ほほう、何でもいいんだねえ?」
「ええ。金銀財宝、お屋敷でも。何なりと。」
「そんなものはいらないよ。あたしゃこの生活が割りと気にいってんだ。それにこの年だ。冥土にまで金は持って行けないからねえ。それより、あたしゃ長く生きたいんだよ。どうだい、あんたの寿命、1年で手を打とうじゃないか。」
「え?寿命ですか?」
私は戸惑った。寿命が1年減るのか。でも、私はまだ10代。まだまだ先の話よ。
「いいですわ。それで時を戻していただけるのなら。」
「そうかい。約束だよ。さて、どこまで戻したらいいんだい?」
「舞踏会から2ヶ月前まで戻してくださいな。」
「わかったよ。今日眠って、明日の朝にはもう2ヶ月前に戻ってるからね。約束、忘れるんじゃないよ。」
「わかりました。お約束します。」
私は、ルンルン気分で鼻歌交じりにスキップしながら家に帰った。
これで、シンデレラは元の私達の召使よ。母親が死んだのに、家に置いてやってるだけでもありがたく思わなきゃならないのに、王子をさらっていくなんて許さないんだから。
それからの私はダイエットに励んだ。
シンデレラと同じサイズになるように。
「おや、もう食べないのかい?」
「うん、もうおなかいっぱいご馳走様。」
まだおなかはぐうぐう鳴っているけど、我慢だ。シンデレラと同じサイズになるために。
時々お姉さまとお母様の目を盗んで、シンデレラの靴に足を通してみた。
まだ、きついわ。シンデレラと同じサイズにならなきゃ。
そして、ついに私はシンデレラと服のサイズも、靴のサイズも同じになった。
そして、シンデレラの髪の色と髪型を真似た。
「どうしたんだい?シンデレラみたいな格好をして。おかしくなっちまったのかい?」
母親からは訝しげな目で見られたが、何とか誤魔化した。
シンデレラも戸惑っているようだ。
そして、舞踏会当日。
姉と母親はドレスを着飾っていた。
私が何も支度をせずにボーっとしていると、母親が急き立てた。
「何やってるんだい、お前は。今日は王子様がお出ましになる舞踏会だよ?何でもお妃候補を見初めるための舞踏会だってもっぱら噂になってんだ。こんなチャンス、二度とないのに、何をボケっとしてるんだい。」
「お母様、お姉さま。先に行っててくださいな。私、ちょっと気分が優れませんの。」
そう言うとわざとらしく溜息をつき、具合の悪いフリをした。
まったく、この娘ったら、肝心な時に、とブツブツ言いながらも姉を連れて城へ馬車を走らせた。
私がテーブルに頬杖をついていると、シンデレラが近づいてきた。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
そう言いながら、私の目の前に温かいお茶を置いた。
「目障りなんだよ。」
「えっ?」
シンデレラが言葉を発したとたんに、シンデレラの頬を打ち据えた。
シンデレラははずみで、椅子に足を引っ掛けて転んだ。
私はシンデレラに馬乗りになると、髪を束ねていたリボンを解き、シンデレラの細い首に素早く巻きつけた。
「シンデレラ。死んで?」
そう呟くと、私は渾身の力でシンデレラの首を締め上げた。
シンデレラが手足をばたつかせて、私の手を引っかいてきた。それも想定済み。
引っかき傷が残らないように、手にはしっかり手袋を嵌めている。
ほどなくして、シンデレラの顔は紫色にうっ血し、目は光を失い、口からだらしなく舌が流れて落ちた。
シンデレラの衣服をはぎとると私はそれを着た。そして、鏡の前でシンデレラの髪にそっくりに結い上げ、目深に頭巾を被った。シンデレラの顔を真似て化粧をし、なるべく後れ毛で顔を隠す。
完全に体から力が失われたのを確認して、私はシンデレラを裏庭まで引きずった。
あらかじめ昨日から掘って隠しておいた穴の中にシンデレラを放り込んで、土をかけた。
ざまあみろ。これで私が王妃になるのよ。
しばらくすると、玄関のドアがノックされた。
「シンデレラ、シンデレラ。お迎えに参りました。」
来たわ。魔法使いね。
「はあい、ただいま。」
シンデレラの声を真似た。
「シンデレラ?少しかわりましたか?失礼ですが、ふくよかになられたような。」
私は舌打ちしそうになった。こんなに痩せてもシンデレラの体重に追いつかないなんて。
「気のせいですわ。」
「声も少し、変わったような。」
「風邪を引きましたの。」
「そうですか。時間がありませんよ。さあ、急ぎましょう。魔法は12時で解けますからね。それまでに帰ってくるのですよ?」
そう言うと魔法使いは、私の着たシンデレラのみすぼらしい服をドレスに変え、そして足には硝子の靴。
私はバレないように俯き加減にかぼちゃの馬車に乗った。
何もかもうまく行った。
すでに、お城では舞踏会が始まっていた。
私は遅れて、舞踏会の会場のドアを開ける。
皆の注目が集まる。素晴らしいドレスに身を包み、硝子の靴をはき、眩いほど美しい私。
誰も私にかなうものなど居ないのだ。
王子の目が私に釘付けになった。
「王子様、私と踊ってください。」
今度こそ、逃がさないわよ。あなたは私のもの。
時間はあっという間に経ち、時計はもうすぐ12時を告げようとしていた。
私は王子の手を離し、駆け出した。魔法が解ける前に。
忘れずに、靴を片方落としていかなければならない。
そして、私は片足だけ硝子の靴を履いて駆け出した。
さあ、早く、私を探しにいらっしゃい。
あなたのお妃になるのは私よ。
家ではシンデレラが居ないと母親と姉が騒いでいる。
「まったく、あの娘は、どこをほっつき歩いてるんだい!家事をほったらかして!」
怒鳴り散らしても、もうシンデレラが帰ってこないことは、私しか知らないのだ。
翌朝、お城の者が家を訪ねてきた。
この硝子の靴に合う娘を王子が探していると硝子の靴を差し出してきたのだ。
愚かな姉は、私の物ですと足を差し出した。
入るわけないじゃん、あんたみたいなデブが。
私は、当然のごとく、その硝子の靴に足を通した。私にぴったり。
母親は玉の輿と大いに喜んだ。
「この娘に縄を打てぃ!」
唐突にそう言われ、私はパニックになった。
「どうしてです!私は、この硝子の靴をお城に落としてしまったのです!何故、縄をうたれなければならないのです?」
私は叫んだ。母親も娘を連れて行かぬよう懇願した。
「お前はシンデレラの靴とドレスを盗み、シンデレラになりすまして舞踏会へ出た。シンデレラはどこに居る!」
私はわけがわからなかった。どうしてそれがバレたのか。
「舞踏会へ行ったのは、シンデレラではありません。私です。王子と踊ったのは私でございます!」
すると、後ろから王子が現れた。
「王子様!私が硝子の靴の持ち主でございます。あの硝子の靴は私のものでございます!」
すると、王子はぞっとするような冷たい目で私を見た。
「シンデレラをどこへやった。」
「し、知りません。昨日から行方不明でござ・・・」
「嘘をつけ!私はシンデレラにあの硝子の靴を与えたのだ。舞踏会に来る前から、彼女を見初めていた。私はお前達に召使のように扱われているあの娘を不憫に思い、チャンスを与えたのだ。それなのに、来たのはお前だ。何故だ。魔法使いを騙して何故お前が硝子の靴を履いている。」
私は青ざめた。まさか、最初から王子がもうシンデレラをいつの間にか見初めていたなんて。
「し、知りません。シンデレラの居所など・・・。」
その時、足元に野良猫が擦り寄ってきた。その野良猫の口には硝子の靴が。
その猫は靴を咥えたままするりと裏庭に逃げた。
王子がその猫を追って裏庭に出ると、猫は裏庭の木の下で待っていた。
や、ヤバイ。そこは。
土の中から、シンデレラの片足が飛び出ていた。クソ猫!掘り出したのか。
女の力ではたいした穴も掘れずに、猫ごときに掘り出されてしまったのだ。
「シンデレラ!」
王子は号泣し、悲しみに暮れた。
「そのものを、シンデレラ殺害の罪で投獄せよ。」
王子が背中でそう告げた。
嘘でしょう?
「こ、殺してません!私じゃない!お母さんでしょ!」
「な、何を言うんだいこの子は!」
「じゃあ姉さんよ!」
「そんなことするわけないでしょう?」
「だって。お母さんも姐さんもシンデレラを苛めてたじゃない!」
「お前こそ!こき使ってたじゃないか!」
「見苦しいぞ。これが何よりの証拠だ。」
王子が低い声で私に告げた。
私は、あっと声が出そうになった。
シンデレラの手には、私の手に傷がつかないようにとはめていた手袋の片方がしっかりと握られていたのだ。
私は投獄されてしまった。
しかし、シンデレラの死をたいそう悲しんだ王子によって、王子も自らの寿命と引き換えに魔女によって、時が戻されたことにより、私は元の生活に戻り、極刑は免れた。シンデレラは、本当の歴史通りに王子の妃となって、お城で幸せに暮らしている。
まあ、いいわ。今度こそ上手くやるわ。
もっと時間を巻き戻して、シンデレラと王子が出会わなければいいのよ。
そうしたらきっと王子は私を選ぶことでしょう。
私はまた魔女を訪ねた。
「時を王子がシンデレラを見初める前まで戻してください。私の寿命1年と引き換えに。」
今度こそ、確実にシンデレラを亡き者にしてやるわ。
まだまだ10代だもの。寿命の1年も2年もたいしたことじゃないわ。
「残念じゃがそれは出来ぬ。」
魔女からは意外な言葉が返ってきた。
「何故です?あなたは私の寿命を物にすることができるのですよ?」
魔女は私を哀れむように見た。
「何故なら、お前さんからはもう寿命の取りようがないからじゃ。」
「嘘でしょう?私、あと1年も生きられないの?」
「いいや、正確に言えば、もうお前さんの寿命はほぼない。お前さんが時を戻して欲しいと私を訪ねて来た時には、もうとっくにあと1年の命と知っていたのさ。だから、1年しか吹っ掛けられなかったんだよ。」
そ、そんな。10代で死ぬなんて知らなかった。聞いてないよ。
私の目の前が暗くなって行った。
胸が苦しい。
私は膝から崩れ落ちた。
「すまんな。アンタのぶんまで長生きさせてもらうよ。」
魔女の顔がくしゃくしゃっと笑った。
シンデレラは末永く王子様と幸せにくらしました。
作者よもつひらさか