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――じゃあ、七不思議のひとつを話してあげる。
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今から二十年くらい前の話。
とある男子生徒が教材の倉庫になっていた部屋に、授業で使った世界地図を仕舞いにきたの。
冬の日の夕方、窓の外はもう暗かった。
彼は手探りで部屋の電気のスイッチを入れたけど、それは切れかかっていた。
チカチカと苦し気に明滅する電灯に照らされた部屋の中、地図を所定の場所に片した彼は、ふと壁にへこみがあるのを見つけたの。
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目、目、口、
それは、そう、――人の顔に見えた。
人間って三つの点が集まったものは、なんとなく人の顔のように認識してしまう性質があるそうだけど、
それにしても、薄暗い部屋で見つけたそれは、彼を睨んでいるように見えた。
彼はとても恐怖したの。
そして、すぐさま帰宅した。
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家に着いて、自分の部屋で一息ついた彼は、そこで壁のへこみを見つけたの。
それもやはり、――顔に見えた。
顔に見えたの。
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怖くなった彼は、部屋にあった工作用の粘土を、壁のへこみに塗り込んだの。
へこみはそれでなくなった。
彼は安心した。
――でもね。
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次の日、教室の自分の席で授業を受けていたとき、彼は気づいたの。
窓際の自分の席、そのすぐ横の壁に、三つのへこみがあるのを。
慌てて彼は美術室から粘土を持ってきて、へこみを塗りつぶした。
彼は安心した。
――それでも。
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自宅の自分の部屋、昨日は気が付かなかったのかしら。
今度はふたつも。壁のへこみ。
また塗りつぶす。塗りつぶす。
でも、
やっぱり。
うふふ。
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彼はね、顔に見えるへこみが怖くて怖くて、やがて本当に人の顔を見るが怖くなってしまったの。
ついには学校に行けなくなって、自分の部屋に閉じこもるようになってしまった。
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部屋の中の、顔に見える壁のへこみは
塗りつぶして塗りつぶして塗りつぶして塗りつぶして
すべて塗りつぶして。
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ところで、彼には当時付き合っていた彼女がいた。
その日、彼女は彼の家を訪ねていった。
ちょうど親御さんはいなかった。だから彼が彼女を出迎えた。
彼はその時にはもう、彼女の顔をろくに見ることもできなくなっていた。
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顔をあわせず、それでも彼は彼女を自分の部屋に招き入れた。
彼女は部屋に入った瞬間、悲鳴を上げそうになった。
壁という壁、床という床、家具という家具に
べたべたべたべたべたべたべた
粘土が
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彼はそれでも我慢していたんだと思う。
目の前に顔がある。顔。顔が。
怖い怖い怖い。
だからね、
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塗りつぶしたの。
粘土で。
彼女の、
顔を。
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「――それは…」
俺は言葉に詰まる。そして
「…よくできた話ですね」
そう続けた。
すると部長は少し得意げな表情をしながら、古いノートを開いて俺に渡してきた。
そこには古い新聞記事が貼り付けられていた。
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男子高校生、女生徒を殺害――
12月某日、○○高校に通う男子生徒が、自宅を訪問した同じクラスの女生徒○○さんを襲い、顔面に粘土を塗りつけ窒息死させた疑い。男子生徒は警察の調べに対し「怖かったから」と錯乱した様子で応えた――
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――これって。
「本当にあった出来事なんですか?この高校で」
部長は首をすくめて、両手で口元を隠してクスクスと笑う。
くすぐったそうに。目を細めて。
「ふふ、おかしぃ」
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そして最後に一言、部長はこう付け加えた。
「そこの棚の裏の壁にね、板が打ち付けてあるの。――覗かない方がいいよ」
作者綿貫一
こんな噺を。
【セブンスワンダー】シリーズ
「エレベーター」
http://kowabana.jp/stories/24972
「顔」
http://kowabana.jp/stories/24972
「七不思議」
http://kowabana.jp/stories/25027