夢を見た。
青いブランコの脚元にちょこんと献花が添えてある夢。
朝、目を覚ますと頭から抜け落ちていた昔の記憶が次々と鮮明に蘇ってきたんだ。
俺はそのブランコに見憶えがあった。
これは恐らく小学校低学年ぐらいの記憶だろう。場所は当時住んでいた団地の裏の公園。砂場と鉄棒とブランコしかない小さな公園だ。
学校からの帰り道、俺達三人はいつもこの公園で遊んでいた。
丸眼鏡とエクボが可愛い聖子ちゃんと、オカッパ頭の◯君。不思議な事に彼の名前だけがどうしても思い出せない。
その日も、俺と◯君は砂場で遊んでいた。
聖子ちゃんはというと、こちらに笑顔を向けて一人ブランコに立ち漕ぎしている。とても楽しそうだ。
すると◯君がこんな事を言った。
「ねぇねぇロビンくん!僕すごい事出来るねんで!ちょっとそこで見ててな!」
そう言うと、力一杯ブランコを漕ぐ聖子ちゃんの方へとスタスタ歩いて行った。
◯君はブランコの横まで来るとうつ伏せになり、ほふく前進のような格好で聖子ちゃんの方へと近づいて行く。
どうやら◯君は危険をかえりみず、聖子ちゃんの下を這ってくぐり抜けようとしているらしい。
ブランコと言っても確か子供用で、踏板と地面との距離はそれほど無かったように思う。
「ちょっと◯君!危ないやんかー!こっち来んといてよー!」
聖子ちゃんがブランコを漕ぎながら叫ぶ。
「◯君すげーw」
俺は子供心にハラハラしていた。
聖子ちゃんが止めるのも聞かず、◯君はジリジリと通り抜けるタイミングを見計っている。
そして聖子ちゃんが自分の頭の上を通り過ぎたそのタイミングで、ササッとスピードを上げた。
しかし、服でも引っかかったのか聖子ちゃんが通り過ぎる一番危ない所でピタリと止まってしまった。
聖子ちゃんは必死でブランコを止めようと体をぐねらせている。
すると何を思ったのか、◯君はグイ!と頭を持ち上げて俺の方を見た。
両目を目一杯にひん剥いて。
「危ない!!!」
ゴツン!!!
鈍い音が俺の所まで聞こえてきた。
ゴツン!!!
再び戻ってきた硬い踏板が、◯君の後頭部に直撃した。
「◯君あたま下げてよー!!」
聖子ちゃんはブランコの上から泣きながら叫んでいる。しかし◯君は固まってしまったかの様に頭を下げようとしない。
頭に相当な衝撃を受けている筈なのに、彼は無表情で俺を見つめている。
ゴツン!!!
少しブランコの勢いは落ちたが、三度目の鈍い音が響いた。
その時、頭から流れてきたドロリとした赤いものが額、鼻、顎へゆっくりと伝い、色白の◯君の顔全体を赤く染めた。
ブランコは、その後もゴンゴンと◯君の頭を打ちつけた所でようやく止まった。
俺はなぜ◯君が頭を下げないのかが全く理解できず、無表情でこちらを見つめる血だらけの彼がとても怖かった。
ブランコから飛びおり、泣きながら走り去っていく聖子ちゃんの後ろ姿…
思い出した記憶はここまでである。
俺は実家の母親に連絡を取ってその一件を覚えていないか聞いてみた。しかし母親はそんな話は聞いた事がないと言う。
死んでいてもおかしくはない。
例え生きていたとしても、あれだけの大怪我だからその後救急車も来ただろうし、少なからず学校でも騒ぎになった筈だ。
しかし小学校からの幼なじみ数人に聞いてみても、返ってくる答えはみな同じだった。
当事者である肝心の聖子ちゃんはと言うと、小学校卒業と同時にどこかへと転校してしまっているのでもう聞く術はない。
俺はどうしても気になったので、休日にその公園へと訪れてみた。
もう二十年ぶりぐらいだろうか、無くなっているのでは?と思っていたあの青いブランコは、まだ当たり前のようにそこにあった。
俺は懐かしさに浸りながら、ブランコの板に腰を下ろした。
「もしかしたら俺の記憶違いかもしれないな。名前も思い出せないというのもおかしいし…昔の事だから夢と現実がごっちゃになってるんかな? 」
俺はため息をついて立ち上がり、砂場の方へと歩きだした。
勢いよく立ち上がったせいか、すぐ後ろでキィキィと鎖の擦れる音が聞こえる。
その時、何者かがブランコの鎖を掴んだ気がした。
耳元でヒュッ!っと風が通り抜けた後、小さな赤い手が視界の隅を泳いだ。
『 …ねぇロビン君、なんであの時僕を置いて帰っちゃったの?』
「…………!!」
懐かしい声。
俺はその時、あの日の全てを思い出していた。
しかし、俺は一度も後ろを振り返る事なく公園を後にした。
…
…
一週間後、俺は献花を手に再びあの青いブランコの前に立っていた。
手を合わせ心から詫びを入れた後、背を向けた俺の背後から再び…
キィ
ブランコの軋む音が聞こえた気がした。
【了】
作者ロビンⓂ︎
忘れ去られた古い記憶。貴方にもありませんかねぇ…ひひ…