怖話に訪れていらっしゃる皆様、初めまして。まめのすけ。と申します。
私は小さい頃からホラーをこよなく愛する子どもであり、大人になった今もホラーへの愛情はひとしきりです。ホラーをおかずにご飯が食べられるくらい。
ホラーが好きだと言うと、必ずしも聞かれるのが「霊感あるの?」。残念ながら、私には霊感のれの字も持ち合わせておらず、心霊体験をしたとか、憑依体験をしたとか、そういった奇々怪々な出来事には遭遇しておりません。家族や友人にも霊感を持つ人間はおらず、職場の先輩と行きつけの美容院にいらっしゃる店員さんが、唯一、知り合いの中で霊感があるそうで、色々と体験談を聞くのですが・・・・・・如何せん、私にはそういった能力はなく、ただの凡人に過ぎません。
私の友人達に至っては、霊感云々というより、ホラーのほの字を出してくれるなという大のホラー嫌いばかりで。少しでもホラーの話題を出そうものなら止めてくれと懇願されます。なので、友人と一緒にいるときはそういった話をしないよう心掛けていますが。いつでしたか、一昨年の夏くらい、でしたか。ホラー嫌いな友人と会っている時、彼女がふと話してくれた体験談があります。
どうしてホラー嫌いな彼女がそんな話を私にしてくれたのか・・・・・・別にホラーに関する話などしていたわけではありません。先述した通り、彼女はホラーが嫌いですしね。ふと思い出したからなのか、はたまた別の意図があったのかは分かりませんが、私もふと思い出しましたので、こうしてキーボートに指を滑らせている次第です。
僭越ながら、このサイトをご利用になられている方のご意見をお聞きしたく思います。彼女が話した内容について、似たような体験をされた方、または似たような体験を聞いた方、それ以外でも何でも構いません。私にはそういった体験談をしたことがなければ、解決策も知り得ていないのです。ただの夢と笑うべきなのか、現(うつつ)の現象として重きを置くか____それさえ分からない。皆様の貴重なご意見を頂戴したく、この場をお借りしてお願い申し上げます。
・・・・・・前置きが長くなりましたが、本題に入らせて頂きたいと思います。彼女のことは加奈子(仮名)とさせて頂きます。お目汚しですが、興味があればお読み下さい。
○○○
「ついこの間のことなんだけど。私、怖い夢見たの」
加奈子がそう切り出したのは、とある店に立ち寄った時のことでした。2人でアイスティーを注文し、世間話や仕事、恋愛話などに話を咲かせていた時に、加奈子は急に言いました。藪から棒の例えがあるように、今までの会話を引っくり返すような話題のチョイスに、私はややどきりとしました。しかし、加奈子は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている私など置いてきぼりで、
「夜、寝てた時のことなんだけどね」
加奈子は実家暮らしをしており、父、母、加奈子、妹の4人家族です。当時、彼女は地元で有名なお蕎麦屋さんで働いており、主な業務内容と言えば調理でした。あくる日もあくる日も立ちっ放し、冷房が効かない狭い厨房であくせく天麩羅を揚げる作業を繰り返していました。夏の厨房は灼熱地獄にも勝るとは加奈子の言葉です。仕事が終わる頃には腕は重たく足腰はガクガクと、疲れ切っていました。稀にですがマナーの悪いお客やクレーマーなどの相手をしなくてはならず、そうなると心身ともにグッタリなのだとか。その日も疲れて早々に帰宅し、夕食もろくに食べす、シャワーだけ浴びてベットに潜り込みました。
疲れているはずなのに、まどろむきりで深い眠りが訪れず、何度か寝返りを打ちました。暑いので網戸にしている窓際からは、湿ったような、それでいて僅かに涼しいような曖昧な風が入り込み、ブランケットが肌に吸い付いて、それもまた気持ちが悪い。額の汗を拭い、もう1度シャワーを浴びてすっきりしようかとそんなことを思っていた時でした。
ぼんやりと目を覚ますと、自室の入り口付近に誰かが立っているのが見えたそうです。しかし、暗いので誰だか分からない。見間違いかと思って瞬きをすると、やはりそうではなく、人影は確かにそこにありました。目が慣れてくるにつれ、どうやらその人影は、こちらに背を向けて立っていることが分かりました。
「・・・・・・何、○○?部屋に入る時はノックくらいしてよね」
最初は妹だと思い、そう声を掛けたのですが返答はなく。では、母親かと思って声を掛けようとした瞬間、人影は一瞬にして彼女の近くまで来ていたのだそうです。目が慣れてくると、それは妹でも母親でもないことは明らかでした。確かに女性なのですが、髪の毛を結った着物姿の女性だったからです。驚いて目を見張ると、女性はくるりと振り向き、加奈子の肩を掴んでがくがくと乱暴に揺さぶりました。
「痛っ・・・・・・、何すんのっ、止めてよ離して!」
女性は顔面蒼白で、首には汗のため濡れたおくれ毛がへばり付いていました。細面で口元に黒子があり、どこかで見たような顔でした。しかし、そんなことを考える余裕はありませんでした。女性とは思えないほどの強い力で肩を掴まれ、加奈子は痛みのあまり振りほどこうとしますが、びくともしません。女性は何か訴えているのか口をパクパクさせていますが、何を言いたいのか全く聞き取れず、ただ加奈子の肩を揺さぶるばかり。5分程そんなことが続き、突然女性がびくっと肩を震わせ、硬直しました。そろりそろりと女性は後ろを振り向きます。
そこには、侍風(?)な男性がいました。手には大振りな日本刀を携えています。女性は声こそ聞こえないものの、うわっと体を仰け反らせ、へなへなとベットの脇にしゃがみ込みました。侍風の男は歯をギリリと食い縛り、憤怒の表情を浮かべていたそうです。しばらく両者共に睨み合いが続き、加奈子は驚きのあまり、ただ呆然としていました。やだて睨み合いには終止符が打たれ、男は刀を振りかざし、女性目掛けて迫ってきました。
女性は恐怖に顔を歪ませ、着物の裾が乱れることもお構いなく、逃げ出しました。その後をすかざず男が追います。猫が鼠を追い立てるが如く、8畳ほどの空間を2人はぐるぐると回ります。女性は何故か加奈子の自室からは逃げ出そうとはせず、ずっと部屋の中だけを逃げ回っていました。ベットに上がったと思ったら壁をよじ登り、何と天井を四つん這いで這うように逃げ、男もまたそれを追って天井へ____人間になせる技とは思えない、芸風と呼べるような有様に、加奈子に為す術はありません。追いつ追われつを繰り返す2人をぼんやりと見つめていました。
この時、加奈子が思った以上に冷静でいられたのは、頭の片隅で「これは夢だ」と考えていたからだそうです。確かに夜中に着物姿の女性が現れて、侍風の男と追い掛けっこをしているなんて、現実には起こり難い出来事です。変な夢を見ているものだ、いつまで続くのだろう・・・・・・加奈子がそんなことを危惧していると、ようやく事態はエンディングへと差し掛かりました。
男はついに女性の後ろ襟を捕まえ、頭を床に押し付けました。その上から体重を掛けるように左膝で女性の背中を押え、大きく刀を振り被ります。女性は何やら叫んで両手をばたばたさせていましたが、やはり声は聞こえません。ドラマのワンシーンのような光景に、加奈子はうっと息を呑みました。刀は容赦なく振り下ろされ、女性の首は跳ねられました。ブシャーッと噴水のように鮮血が吹き上げ、加奈子の頬やベット、ブランケットにもぴちゃりと血飛沫が飛び散ってきたそうです。部屋の床は血に塗れ、鉄錆のような生臭い異臭が鼻をつきました。
「っ、おえ・・・・・・」
夢であるはずなのに、臭いは何故かリアルでした。咽せ返るような悪臭に、喉に酸っぱい胃液が込み上げ、加奈子は口元を押えました。男はというと、荒い息をゼイゼイと吐きながらニヤリと笑って立ち上がり、刀の血を払う仕草をしてスーッと消えました。ですが、首を跳ねられた女性は消えることはなく(一緒に消えてくれたら良かったのにと加奈子はブツブツ言っていましたが)、ごろりと首は転がっており、胴体も残っていました。
「・・・ぅぉっ、ううぅ、ぅぉうおっ、ぉぉぉぉぉぉ、」
斬られたはずの首が、声を出しました。見れば血反吐を吐きながら、女性の生首は真っ直ぐ加奈子に向けられていたそうです。それどころが、ずりっ・・・ずりっ・・・と、横向きに転がっていた首がまるで立ち上がろうとするが如く、動いていたのです。縦向きになった首はぶほっと血反吐を吐くと、加奈子に向かって一言、
「く、り、か、え、す」
そう呟いてスーッと消えたそうです。加奈子は気を失いました。
「で、朝になって目が覚めたら生首もなければ部屋の中も血塗れになってなくて。もしやと思って、鏡で確認したけど、肩にも手形が残ってましたとかそんなことはなくて。妙にリアルな夢だったなあ、なんて思ってたんだけど・・・・・・」
加奈子はそこで肩を竦めると、アイスティーを啜りました。加奈子の言い方からして、この夢の話には続きがあるようでしたので、私は敢えて何も言わず、アイスティーを口に含んで、喉を潤しました。店内では他の客人が笑いながら談笑する声が聞こえてきます。
「・・・・・・あの女の人、どこかで見たことがあるって言ったでしょ。あれ、私だったんだよね」
一瞬、店内が静寂に包まれたような気がしました。
加奈子の部屋に現れた髪を結い、着物姿の女性。その時にどうして気付かなかったのかは不明ですが、あれはまさしく加奈子自身の顔だったそうです。私は加奈子の口元にある黒子を見つめました。幾ら夢とはいえ、自分と同じ顔を持つ女性が首を斬られて殺されたというのは、後味が悪いものがあります。ですが、ここで私まで怖気づいていては更に加奈子を不安にさせてしまうと思い、気分を払拭するように努めて明るく言いました。
「加奈子、もうすぐ結婚するからじゃない?マリッジブルーってよく言うじゃない。結婚前って色々なことが不安になるものらしいよ。だからそんな変な夢を見たんだよ。気にすることないって」
加奈子は次の年、2年付き合った彼と結婚する予定でいました。まさに今は結婚式の準備で明け暮れていて、たまの休みは式場巡りとウエディングドレス選びなどで忙しいと聞いていました。その疲れもあるんだよと笑う私に対し、加奈子はストローを意味なくかき回しながら、ぽつりとこんなことを言ったのです。
「夢の中に出てきた侍風の男、いたでしょ。あの人____彼の顔してた」
・・・・・・流石に凍り付きました。彼女のから紹介されたことがあり、何度か面識があります。物腰柔らかで優しそうな男性でした。以前、彼からCDを焼いて頂いたり、パスタ屋さんで偶然会った時には声を掛けて頂いたり。真面目なサラリーマンであり、仕事帰りでもなるべく一緒にいたいからと加奈子を車で迎えに来ていたりと、落ち度のない紳士的な方です。
夢の中とはいえ、自分と同じ顔をした女性が、付き合っている彼と同じ顔をした男に殺された。偶然といえば偶然なのでしょうが、何とも嫌な偶然の一致です。加奈子も勿論そうですし、彼のことを知っている私もショッキングな内容でした。
その時、私はあっと思いました。夢の中で首を斬られた女性。加奈子と同じ顔をした女性。その生首が最期に加奈子に対して言ったあの言葉。
「く、り、か、え、す」
・・・・・・これらは本当に偶然の一致、なのでしょうか。幾らマリッジブルーとはいえ、こうも都合よく夢の中の登場人物が重なるでしょうか。あの最期の一言には、一体どんな意味があるのでしょうか。深く考えると鳩尾の辺りがキリリと痛み、私は思わず体を丸めました。
店内はやがてさきほどと同じように客人達の談笑が聞こえてきました。クーラーの冷気によるものではない寒気に、うなじがぞわぞわとし、やたらに口腔内が乾きます。私は一気にアイスティーを飲み干し、若干咽せることになりました。加奈子はそんな私を知ってか知らずか、カラカラとストローで残った氷を突いていました。
やがて加奈子は苦笑し、「彼との結婚、止めたほうがいいのかなあ・・・・・・」とまるで独り言のように呟きました。私はその言葉に対し、何も言うことが出来ませんでした。
○○○
以上が私の友人、加奈子による体験談です。最後に1つ付け加えておきますと、諸事情あり、加奈子は結婚を取り止めました。それはこの夢の内容とは因果関係はないということだけ記載させて頂きます。
皆様はどうお考えになりますか。
これは夢でしょうか、それとも____現なのでしょうか。
作者まめのすけ。