「クリスマス、どうするの?」
アイスコーヒーの氷を、ストローで弄びながら、リサが俺に聞いてきた。
俺は一瞬、ドキリとしたが、すぐに現実に引き戻された。
リサがM先輩からプレゼントされたという、カバンにつけられた小さなキーホルダーが目に入ったからだ。
「ああ、俺はリア充じゃないから。寂しくクリボッチだよ。」
「何それ。」
少し僻みに聞こえたかもしれない。
「それにしても、なんでこの真冬にアイスコーヒーなんだよ。隣に居る俺まで冷え込みそうだわ。」
「好きなんだから。仕方ないじゃん。」
ードキリー
何で俺の心臓はいちいちリサの言葉に反応してしまうのだろう。
その答えは俺が一番よく知っていた。
ーわたしとケッコンしてくれる?-
遠い昔の約束。
きっとリサは覚えていないだろう。
俺は食べかけのマックに噛り付く。
リサ、綺麗になったな。
俺は、通りに面した硝子窓に映る、リサの横顔を盗み見た。
店を出ると、今にも泣き出しそうな曇天が空を支配していた。
「降るかもな。」
「そうね。」
リサが白い吐息を細くて長い指に吹きかけた。
じゃあねとリサが手を振る。
俺は下を向いて小さく手を上げると背を向けた。
リサは幼馴染。
幼少の頃はいつも一緒だった。
ーわたしとケッコンしてくれる?-
あれはいつの頃だったのだろうか。
まだケッコンという言葉の意味もあまりよくわからない齢だったと思う。
ーうん、いいよー
ーほんと?やくそくね?-
俺たちは別々の高校に進学し、リサは中学校の頃から、M先輩と付き合っている。
俺にも何度か彼女ができたが、いつも一方的にフラれた。
「タクヤくんは、いつも上の空。本当に私のこと好きなの?」
好きだから告白してるんじゃん。女って面倒くさい。
ーそして鋭い。
ぽつぽつと冷たい雨は、やがて雪へと変わるだろう。
やたら良い声のSilent Nightが街にあふれている。
俺がぼんやりと、横断歩道をわたっていると、車のヘッドライトが俺を照らした。
顔を上げた瞬間、俺の体は冷たいボンネットに転がっていた。
気がつくと、俺は病院のベッドの上だった。
体のあちらこちらが痛むが、幸い骨に異常はないようだ。
軽い脳震盪を起こしていたので、一応一通りの検査はしたが異常なし。
不幸中の幸いか。やはり俺は不幸だ。
最悪のクリスマス。病院でのSilent Night。俺は自虐気味に笑うと
「何ヘラヘラしてんのよ。」
と、俺の今、一番聞きたい声がした。幻?俺の顔を覗きこんで、黒髪が鼻をくすぐった。
「リサ?」
俺は体を起こそうとしたが、打撲の体は容易には起きることができない。
「まったく。ボケっと歩いてるからよ。」
リサが俺の髪の毛を撫でた。
俺は照れくさくて
「せ、先輩と一緒じゃないのか?」
とつい口から出てしまった。
「何でそこで先輩が出てくるのよ。」
「だって、付き合ってるんだろ?」
「あれは、あちらが言いふらしてるだけよ。」
「じゃあ、付き合ってないの?何で否定しない?」
「面倒くさいから。付き合ってることにしてれば、変なのが言い寄ってこないし。M先輩強いし。」
「でも、キーホルダー、先輩からもらったんだろ?」
「ああ、あれ?かわいいからつけてるだけ。頭は悪いけど、贈り物のセンスはいいわね。」
「先輩は、平気なの?」
「先輩にも事情があるのよ。私と付き合ってることにすれば、彼の性癖も隠せるでしょう?」
えっ。何それ?
「タクヤだけに教えるけど、言わないでね。」
リサの口から、先輩の本命の彼の名前を告げられた。
俺はずっと知らずに、遠慮していた。
「なあ、リサ。」
俺が声を発すると同時に、リサが語り始める。
「タクヤは、覚えてる?小さい頃の約束。」
俺の心臓がドキリと鳴った。
今俺も、おんなじことを言おうとしていた。
「覚えてるよ。ケッコンの約束だろ?」
俺はリサに微笑みかけた。
リサも微笑み返してきた。
「そうだよ。私から、ケッコンしてくれる?ってお願いしたの。」
「うん、俺はいいよって答えた。」
「ケッコンの意味も知らずにね。」
リサがクスクスと笑う。
ほんとうに可愛い、リサ。
「俺、本気で、お前のこと。」
「愛してる?」
リサが俺をまっすぐに見つめた。
俺はもう素直に口にしていいんだ。
「ああ。愛してる。」
「命がけで?」
リサがニヤリと笑った。
「あ?ああ。」
そういえば遠い記憶の中に、そんなやりとりがあった気がする。
ーおとなになったら、わたしとケッコンしてくれる?-
ケッコンはパパとママがしてること、つまりいっしょに住むことだ。
そう考えた俺は答えた。
ーうん、いいよ。-
ーそれじゃあ、わたしのこと、いのちがけで、あいしてる?-
あいしてるという言葉はパパがママに言うと喜んでいる。
でも、いのちがけってなに?俺はよくわからないけど答えた。
ーうん、いのちがけであいしてる-
ーやくそくだよ。ぜったいね。-
「私の言う、結婚は”契約”って意味よ。」
「契約?」
「そう、契約。つまり、タクヤは私を”命がけ”で愛することを誓ったの。」
「はあ。」
さっぱり意味がわからない。
「だから、大人になったら。あなたの、命をちょうだい。」
リサが小悪魔のように笑った。
作者よもつひらさか
あわてんぼうのよもつが、クリスマス前にお届けしまーす。