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僕がバイトをしている古本屋《ひぐらし堂》及び骨董店《うなずき庵》には、常連客限定の出張サービスがある。
出張の名の通り、品物の売り買いを依頼者の家に訪問して行うというもので、今の所、評判は上々だ。
此の業務は基本的に店長が行っている。理由は単純である。彼を除いた唯一の従業員である僕が、まだ学生で自動車の免許証を持っていないからだ。
サービスを利用するのは、主に自分から店に通えない、若しくは通わない人。更に一度に大量購入、大量売却をする人が殆どの為、殆どの場合、車が必要不可欠だからである。
だが、例外的に僕が出張をすることもある。例えば、出張場所が近所の場合、僕が行った方が更なる利益を望める場合、店長が読書に夢中になり、仕事をするのを放棄してしまった場合等だ。真面目に働け店長。
そうした場合、僕は徒歩、若しくは電車やタクシーを使い、依頼者の家に行き、出張業務を行う。
因みに僕の給料は時給+出来高払い。出張先での仕事の出来次第で給料の額に大分差が出てしまう。
其れに、バイトとは言え店の顔を背負うのだ、気は抜けない。大切な仕事である。
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さて、幾ら配達とは言え、仮にも学生が見ず知らずの人の家へと出向くのは如何なものだろうか、等と思われる人も居るかも知れない。
だが、安心して頂きたい。
前述の通り、此のサービスを受けられるのは常連客のみ。一見さん御断り・・・とまでは言わないが、ある程度通っていないと、出張販売の存在自体を教えられない。
怪しい客からの依頼は最初から断られているのだ。
・・・・・・一部の例外を除いて。
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其の日、僕が《うなずき庵》の方で骨董品の整理をしていると、外出していた店長が何やら大きくて細長い荷物を持って帰って来た。酷い仏頂面だ。
長さは凡そ2メートルぐらいだろうか。太めの水筒程の太さで、どうやら円柱形をしているらしい。
布で出来ている袋で包まれている。
「・・・何ですか、其れ。」
「棒。」
「棒?!」
思わず聞き返すと、布の口を開けて中身を見せてくれた。
本当に木の棒だった。塗装等はされていない。上の方は黒いシミが多く、下の部分は腐蝕し始めているらしく、袋の底には木の屑が沢山落ちている。
何の棒だかは知らないが、こんなものを仕入れて、どうするつもりなのだろう。誰が買うんだこんな汚い棒。
怪訝そうな僕に其の棒を押し付け、店長は不愉快そうな顔のままで言った。
「配達行ってこい。」
「此れを?!」
まさかの注文品だった。買う人居るのかこんな汚い棒。世の中には物好きが居るものである。
「こんなの持って外歩きたくないですよ。店長が車で行けばいいじゃないですか。」
「そうはいかない。先方がお前を指名してる。」
「うわっ。え、誰ですか?僕の担当の人にこんな趣味の人居ましたっけ?」
言い終わるかどうかのタイミングで、只でさえ嫌そうな店長の顔が、更に歪んだ。
「三島さんからの、注文だ。」
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さて、三島さんの説明をしよう。
彼は《ひぐらし堂》《うなずき庵》両店の上客であり、子供に関する曰くの有る品物のコレクターだ。
金離れは良いものの、性格に若干難有り・・・というか、難しかないため、僕は彼が苦手である。
・・・そして、一番の問題は、僕が彼を苦手としているのに、彼はそうでもないらしく、毎回配達に僕を指名してくることだ。
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「いらっしゃい。悪いね。此の忙しい時期に。」
三島さんは、何時も通りのにこやかな顔でそう言った。
彼の家の応接室。埋もれてしまいそうに柔らかいソファーと、微かな煙草の匂い。紅茶とケーキ。何回も来ているけれど、未だに慣れない。
「注文したのが先々週。中々珍しい物だから、多分来るのは年を越してからだろうと思っていたんだけど。まさか、こんな早く見付け出してくるとは思わなかったよ。」
手渡した棒を擦りながら、彼は満足そうに微笑む。
そして、其のまま微笑みを此方に向ける。
「口座は何時もの所で良いんだろ?少し多めに支払っておいた。大した額ではないけどね。少し早いけど、お年玉だ。」
「・・・有り難う御座います。」
「いいんだよ。お年玉なんて、貰える内は貰っておいた方が良いんだ。子供の特権だからね。」
紅茶を一口啜り、ぽふ、僕の頭に手が乗せられる。
全力で振り払いたい。けれど我慢する。嫌がるとエスカレートするのが目に見えているからだ。
思惑通り、彼は直ぐに手を外した。
「時に、バイト君。」
「はい。」
僕は彼からバイト君、と呼ばれている。店長に、名前は決して教えないように、ときつく言い聞かされているからだ。・・・まぁ、教えていないのに、何時の間にか名前どころか渾名までバレていた訳だが。
「此れが何か、分かるかな。」
三島さんが、袋の上から棒を指で弾く。
何か、と言われても・・・
「・・・木の棒、ですよね。」
「うん。確かに、間違っていないけどね。」
僕の答えに、彼はクスリと笑う。
「只の古い木の棒じゃない。此れはね、案山子の棒なんだよ。」
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確認の為、一応問い掛けてみる。
「案山子って、あの、畑とかに立っている?」
「そうだよ。」
成る程汚れている訳だ。下の方から腐蝕し始めているのは、土に刺さっていたからなのだろう。
・・・だが、只の案山子の棒ではあるまい。何と言っても、あの三島さんの注文した品だ。
何かおぞましい曰くが付いているに決まっている。
今までと同じに。
「・・・で、此れは、何に使われたんですか。」
子供に関する曰く、其れは即ち、子供が死んだという事実に、此の棒が関係しているということに他ならない。
半ば睨むように三島さんの目を見ると、彼は不敵な笑みを張り付けたまま、態とらしく首を傾げる。
「何にって、だから、案山子だよ。」
「只の案山子の棒を、貴方が欲しがる訳ないでしょう。何かあるのでは?」
「確かに、古いものではあるけどね。一般的に使われていたものだよ。只の、案山子の棒だ。」
「さっき、珍しい物と言っていました。」
「珍しいよ。案山子なんて消耗品だ。況してや、棒なんて大事に取って置かないんだ。普通はね。こんなにまともに残ってるのは珍しい。」
「・・・・・・。」
思わず口を噤んだ。
納得はいかないし、絶対に単なる棒ではない・・・筈なのだが、此れ以上反論が出来ない。
仕方ないので、渋々と頭を下げた。
「そう、ですか。申し訳御座いませんでした。」
三島さんは右手を軽く振りながら、悠然と応える。
「構わないよ。・・・其れに、何も話すことが無い訳じゃないから。」
ニタリ、と彼の口元が歪むのを見た。
ああ、やはり只の棒ではない。
「・・・何が、あったんですか。其の棒に。」
「話すから、当ててみなよ。偶には。」
返事をするのも不快なので、目の前のティーカップに淹れられた紅茶を啜った。すっかり冷めてしまっていた。
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ヒント其の一、と三島さんが人差し指を立てる。
「さっきも言ったけど、此れは案山子の棒で、消耗品として使われていた。長持ちもしなかったしね。」
ヒント其の二、人差し指に加えて中指が立てられる。
「珍しいものではなかった。けど、今ではとても貴重。理由は、取って置く人が居なかったから。」
「質問をしても宜しいですか。」
「どうぞ。」
「只の案山子の棒ならば、今でも手に入る筈。ならば、其の棒が使われていたという案山子は、今の案山子とは異なる物だったのでしょうか。」
「うん。違うね。使う目的は同じだけど。」
「鳥獣避け、ですよね。」
「そう。」
「有り難う御座いました。もう大丈夫です。」
彼は軽く頷いた。
ヒント其の三、薬指が加わり、指が三本となる。
「案山子が人形とは限らないよ。・・・今だったら、出来ないかな。」
ヒント其の四、更に小指が加わる。
「案山子の語源、調べてごらん。スマートフォンを使っても構わないから。」
三島さんが一旦手を下ろし、持っていた棒を細かく吟味し始めた。
今調べろということだろう。
スマートフォンを使うと何だか個人情報が漏れてしまいそうだったので、鞄から電子辞書を取り出して《案山子》と打ち込む。
広辞苑の説明には、こう書かれていた。
『別名カガシとも。《嗅がし》の意か。』
《嗅がし》の説明も、同じページにある。
『獣肉などを焼いて串に貫き、その臭いをかがせて鳥獣を退散させたもの。焼串・焼釣』
頭の中で、何かがカチカチと音を立てながら、組み立てられて行くのが分かった。
ヒント一、長持ちしない。
ヒント二、取って置くことは稀。
ヒント三、案山子が人形とは限らない。
ヒント四、案山子の本来の形。
そして、三島さんが収集しているのは、子供に関する曰く付きの物。
目眩がする。動悸が激しくなる。足元からぞわぞわと這い上がって来る悪寒。酷い耳鳴り。
理解した。
「其の棒・・・・・」
声が震えた。
「其の棒は、子供を焼いて、其れを串刺しにして晒し者にするのに使ったんですね。」
目の前の彼が、満足そうに微笑んだ。
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「五番目のヒントは、要らなかったね。《口減らし》と《有効活用》って言おうかと思っていたんだけど。」
「・・・・・・正解ですか。」
「百点満点で言うなら八十点。でも、概ね正解。」
黙り込んだ僕と、手の棒を交互に見て、三島さんは心底楽しそうに言った。
「君の言い方だと、案山子にする為に態々殺したみたいに聞こえる。其処は減点。案山子にする為に殺したんじゃなくて、殺したのを案山子にしたんだからね。」
「何が違うんですか。」
不快感に身を任せ、思い切り機嫌の悪い声音で尋ねる。お客様は神様?知ったことか。
しかしながら、僕の威嚇等が彼に通じる筈もない。案の定、フフンと鼻を鳴らされただけだった。
「言っただろ。案山子にする為に殺したんじゃなくて、殺した後から案山子にしたんだって。」
「だから、其れの、何処が違うんですか。」
じわじわと湧いてきた吐き気を抑えながら睨み付けると、彼は手の指を組んで説明を始める。
「メインの目的は案山子にするという行為じゃなくて、あくまでも口減らしってことだよ。死体は言わば口減らしの副産物。案山子にした理由は、死体の始末にも丁度良かったし、何より需要に合致していたから。サイズも手頃だし、一緒に燃やすものとされていた人毛は既に生えてる。第一、獣の肉を調達するよりずっと楽だからね。肉に水分量が多いのは、少し焼きづらいかも知れないけど。まあ、生焼けだとしても臭いを出すのが目的だからね。支障はないだろうね。」
「・・・・・何で。そんな、酷いーーーー
言葉の途中で、喉の奥に酸っぱいものが競り上がって来るのを感じた。反射的に俯き、口を押さえる。
必死に目線だけを上に向けると、三島さんは口許に手を当てていた。頬が引き攣ったようにヒクヒクと揺れている。
「・・・場所が変われば、文化は変わる。況してや時代が違うのなら、其の変化は更に大きなものとなる。君は『なんでそんな酷いことを』と言ったけど、彼等からしてみれば、そんな倫理とか人道とか関係無いと思うよ。」
声が、若干ではあるが震えていた。笑いを堪えているのだろう。
「誰でも、不要な物を簡単に活用出来るって言ったら、すると思うんだよね。酷いことをしているなんて意識は無い。いや、そもそも使っている物を《死体》として認識してすらいなかったんじゃないかな。単なる材料として見てたのかも知れない。」
「・・・・・そんな訳、無いでしょう。」
反論をする気力はもう残っていなかったが、何とか口から言葉を絞り出した。三島さんはまた少し笑ってから返事する。
「有るよ。君は肉を食べるとき、『今、自分は動物の死骸を食べているんだ』と意識する?しないだろう。其れと同じ。肉であって死骸でないように、材料であって死体・・・況してや、元々自分の子供だったものとは認識が別なんだよ。」
僕はもう何も答える気も無く、ただ黙って昼食に食べた豚の生姜焼きのことを思い出していた。
胃袋が、妙に重たくなった気がした。
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玄関の前。見送りに来た三島さんに、言いたくもない口上を述べ、満身創痍で頭を下げる。
「其れでは、失礼致します。来年度も《ひぐらし堂》と《うなずき庵》をどうぞ御贔屓に。」
顔を上げようとすると、煙草の匂いに混じって、何かの臭いがツンと鼻を突いた。
三島さんは気付いていないらしく、僕も早く帰りたい一心だったので、其の時は特に気にも留めなかった。
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先日、ストーブの前でうたた寝をしていて、あの時と似た異臭で目を覚ました。視界がやけに開けていたので、慌てて鏡で確認してみると、髪の毛が少し焦げている。
あの日僕が嗅いだ臭いが何だったのか、僕は今更気が付いた。
作者紺野
どうも。紺野です。
年が明けてしまいました。年内の投稿出来ませんでした。申し訳ございません。文章から彼への嫌悪感が滲み出ていますが、どうぞお気になさらず。
今年も祖母の家に行ってまいりました。上げ膳据え膳っていいなと心から思いました。
改めて、明けましておめでとうございます。
こんな僕ではありますが、今年も宜しくお願い申し上げます。