私は生まれつき喘息を持っていて、子供の頃は夜中に緊急で病院に向かうこともあったそうだ。
私はアパートの3階の端っこの部屋に住んでいて、おばあちゃんはすぐ隣の部屋だった。
そのおばあちゃんの部屋には当時8匹猫を飼っていた。
その猫の中でもアリサという猫が一番好きで、毎日一緒に遊んだり昼寝をしたり、とても仲が良かった。
私が生まれる時から居たアリサは、赤ちゃんだった私が泣くと親より先に飛んできて「泣き止んで」と言うように寄り添ってくれたそうだ(泣き止まなくってもずっと周りで慌てながら『どうしよう、どうしよう』とあわあわしてたみたい)。
そうして生まれた頃から一緒だったアリサと、私は当然のようにずっと一緒にいられると思っていた。
しかし、私が13歳になった時、アリサは突然姿を消した。
家の中をいくら探しても見つからなかった。
近所をくまなく探しても見つからず、毎晩心配と寂しさとで胸が締め付けられた。
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アリサが居なくなって1カ月くらい経った時、夜中に喘息の発作が起きた。
病院に着いた時のことを、意識が朦朧としていて覚えていなかった。
発作が治まってしばらく休んだ私は、目覚めた時に病院に来たことが分からず、誰も居ない部屋で動揺した。
「ここ、病院…?」
呟いたとき、ベッドの下で猫の鳴き声が聞こえた。
その鳴き声に聞き覚えがあった私は体を起こして下に目を向けると、
「!?…アリサ!」
アリサがそこに居た。
私と目を合わせると、のどを鳴らしながら私の手にすり寄ってきた。
私もそこが病院だということを忘れて、嬉しくてずっと撫でていた。
「アリサ、私すぐ病院出るから、その時までお家でちゃんと待っててね!家出しちゃだめだよ?」
その時、頭の中で確かに「お外行っててごめんね」と聞こえた。
不思議な現象にも気付かず、「帰ってきたならいいの。いいこだね」と抱っこしてベッドの上に上げると、アリサを乗せたところが温かくなった。
また声が聞こえた。
「頑張って待ってるから、早く帰ってきてね」
「絶対、絶対にすぐ帰る」
「忘れないでね、約束だよ」
「分かった。約束ね!」
そう言った途端、急に眠気が襲ってきて倒れるように眠りにつき、気が付けば朝だった。
アリサが居ないことに一瞬疑問を抱いた後、親が連れ帰ったんだろうと勝手に自己解決した。
そのすぐ後にお母さんが来て、幸い入院は無くなったので薬を貰って帰ろうと言われた。
お母さんの顔色がどこか暗い事にも気付かず、私はアリサに会えると喜んでいた。
車で帰ってきてすぐにおばあちゃんの部屋に走り込み、
「おばあちゃん!アリサは?帰ってきたんでしょ、今どこにいるの?」
おばあちゃんは私の言葉を聞いて驚きながら出てきた。
「病院は?入院しなかったんだね、よかったよかった」
「そうだよ。それよりアリサは?」
おばあちゃんの表情が悲しげになった時、私は「あれ?」と思った。
「悲しまないでね」
「いや、悲しむことなんて何もないでしょ?そうだよね?」
「アリサが、部屋の中で見つかったんだよ」
「え…あ、…?」
「アリサ、死んじゃってたよ」
頭が真っ白で、手を引かれるまま奥の部屋に行くと、アリサがそこに横たわっていた。
撫でても、のどを触っても、何の反応もない。
昨晩あったぬくもりは、残っていなかった。
「あんたが病院に向かったすぐ後に猫たちが一斉に鳴き出すから、なにかと思って見てみれば押し入れの奥に居たんだよ。昔あんたが使ってた布団の上でね」
あれだけ家の中を探したのに、今さら押し入れから出てくるなんて。
まさか死んでいたなんて、思わなくて。
「きっと、ここで帰ってくるのを待ってたんだね。最後のお迎えしようって」
おばあちゃんの言葉も震える。
私は、アリサと交わした約束を思い出して、言った。
「私、早かったでしょ?アリサ。私、アリサが生きてるんだと、思って。だから早く帰ってきたのに。アリサが生きてないなら、意味がないじゃん」
涙が零れ落ちて、アリサに降りかかった。
「前みたいに返事してよ、昔は泣き止ませてくれたじゃん。ねぇ、」
(ちゃんと帰ってきたよ)
アリサの毛を濡らしていく涙。
「…ぅん、おかえりぃ」
精一杯の笑顔で語りかけたそれが、はっきりと話した最後の言葉だった。
もうそれ以上は自分でも何を言ってるのか、分からなかった。
頭に響き渡る声で、私の嗚咽は止まらなくなった。
その後知ったのだが、猫は寿命が近付くと姿をくらますらしい。
もし死んだ後で病院に来てくれたなら、ちゃんと帰って来てくれたなら、最後にかけた言葉は「おかえり」でよかったのだろうか。
アリサは一番私と仲が良く、私の近くに居てくれた猫だ。
私はきっと、これからもアリサを忘れない。
作者楼らむ
この話を書いているとアリサを思い出して、泣いてしまいました。
振り切ったと思ったのですが、思い出すと寂しいものですね。
別れというものは。