俺には4つ年上の姉がいる。その名を玖埜霧御影(クノギリミカゲ)という。苗字も名前も他ではあまり見掛けないため、初対面の相手から「何て読むの」「本名なの」と言われることもあるようだが、残念ながら本名である。ネタではなくて申し訳ない限りだが。
名は体を表す、とはよく言ったもので。姉さんはその名の通り、少し変わっている。美人なんだから愛想良くしていれば絶対モテるのに、人嫌いで冷めた性格、物怖じしない高飛車な態度、尖ったナイフみたいなずけずけした物言い。こんなマイナスな3原則を持つが故に、言うまでもないが友人が少ない。通う高校に至っては同性異性に限らず、親しくしているクラスメイトはいないのだとか。我が姉ながら、幸先が不安になる。
変わっているといえば、姉さんは特異な体質の持ち主でもある。今時はさして珍しくもないが、霊感体質というやつだ。アニメや漫画で霊感少女が登場することがあるけれど、イメージとしてはそんな感じ。霊を感じ、視ることが出来、簡単な御祓いくらいなら可能だ。一言で言えばオカルトに通じている。そんな姉さんと行動を共にすることが多い俺は、少なからず怖い体験を人より多くしてきた。今回はその最新エピソードについて語ろうと思う。
生まれたてほやほやの最新エピソードだ。だって、つい昨日の話だもの。
冬休みも中盤に差し掛かった昨日のこと。俺は溜りつつあった課題を幾つかやり終えたので、自室から出てリビングに来ていた。炬燵に入ってぬくぬくしながらミカンを食べつつ、適当なテレビを見る。ありきたりな、というよりは見飽きた冬の光景だが、日本人に生まれてつくづく良かったと思える至福の瞬間であることには間違いないのだからご勘弁頂きたい。ワイドショーを見て、時節「はー」とか「やっぱりな」とか独り言を呟いていると、家電が鳴った。
こういう時、俺は極力立ち上がりたくない性分である。せっかく温まっているのに冷えちゃうし。第一、面倒くさい。だが、この家には現在、俺しか電話に出る人間はいない。両親は仕事だし、姉さんは自室で寝ているし。あんまりコール音をさせて、お昼寝を中断された姉さんが鬼の形相で怒鳴りこんできても怖いので、俺は仕方なく立ち上がり、電話を取った。
「あー、もしもし。玖埜霧ですけれどー」
「もしもし。私、小倉第一高校の入江と言いますけど。御影さんいらっしゃいます?」
相手は女の人だった。それに小倉第一高校といえば姉さんの通う高校だ。ということは、姉さんのクラスメートだろうか。姉さんにクラスメートから電話なんて珍しい。だが、俺は返事に詰まった。御影さんはいるにはいるが、只今お昼寝中。しかも寝起きが物凄く悪いのだ。眠りを中断された時の姉さんほど、凶暴で凶悪な奴はいない。俺は頭をかいた。
「すみません、姉は今ちょっと・・・・・・」
「姉?てことは君、もしかして弟さん?」
「はあ、そうです」
「へー。玖埜霧さんて弟いたんだ。知らなかった」
そりゃそうだろうな、と納得。姉さんの人嫌いは小倉第一高校でも十分なほどに発揮されているようだ。全校生徒の中で、うちの家族構成を知っている人間はいないだろう。担任の先生ならば把握しているだろうが。
入江さんはうーん、困ったなあとぼやきつつ、続ける。
「弟君。悪いんだけど、御影さんに言ってくれない?今から合コンに来れないかって」
「合コン、ですか?」
入江さんのあまりにも唐突なお誘いに、目を丸くする。合コン・・・・・・若い男女が出逢いを求めて飲み会を開催したり、お食事会を開くとか言うアレのことか?いや、はっきり言うが姉さんを合コンに連れて行ったら、修羅場になろそうだ。場が生き地獄と化すだろう。あの人、人間嫌いだし、態度でかいし・・・・・・空気読まないしな。
すると、俺の心境を敏感に感じたのか入江さんが言う。
「今、駅前のファミレスで他校の子達とご飯してるんだけどさぁ。オカルトの話題になったの。で、周りに霊感がある人いないかって話になって。御影さんのこと思い出したってわけ。あの人、霊感があるって小倉第一高校では専らの噂よ。本人に聞いたことはないけど、弟君なら知ってるでしょ。彼女、霊感あるのよね?」
「や・・・、俺は何とも」
「合コンに来てる他校の子達も知ってたくらい評判だよ。玖埜霧っていう珍しい苗字の女子高生がいて、強い霊感があるって。実際のところ、それって本当なの?ね、もし本当なら駅前のファミレスにいるから来てって頼んでみて。男の子達が話してみたいって盛り上がっちゃってさ、引くに引けないんだよね」
「・・・・・・」
そんな噂になっているのか。しかも、小倉第一高校のみならず他校にまで広がっているとは、相当な範囲である。出所はどこからなのだろう。姉さんが自分から言いふらすとは思えないから、別ルートからなんだろうけれど。誰かが姉さんのことを巷で言いふらしているとなると、結構な大問題だ。姉さんと行動を共にすることが多い俺にまで、何らかの影響をもたらすかもしれないなどと、思考していると。入江さんは「じゃあ、宜しくね。話だけでもしておいて」とだけ言い、電話を切ってしまった。
「話だけでもって・・・・・・もう、簡単に言うんだから」
何なんだよ、この展開は。お昼寝中の姉さんを起こすと言う至難の技も込みで、既に俺に火の粉が掛かっているじゃないか。はあ、と溜息をつき受話器を元の場所に置く。どうしよう・・・・・・。伝言を頼まれた以上、伝えることが礼儀なのだろうけど。やだなあ、もう。入江さん、怨むよホント。
こつん、と後頭部を小突かれて飛び上がる。振り向けば、もこもこの温かそうなパジャマに身を包んだ姉さんがすぐ後ろに立っていた。
「お、おはよ・・・・・・。起きてたの?」
「電話で起きた。話聞いた。駅前のファミレス。合コンの誘い」
「え・・・・・・?」
電話の内容、聞かれてた?
姉さんはもしゃもしゃ頭をかくと、ふああと欠伸を1つ。寝ぼけ眼を擦りつつ、洗面所へと向かう。俺はなんとはなしに後をついていった。
「どうするの。行くの?」
話を聞いていたのならば話は早い。そう切り出すと、姉さんはまず顔を洗い、歯ブラシを取ってしゃこしゃこ歯磨きを始めた。口の周りにはいっぱい歯磨き粉の泡が付いていて、未だに寝ぼけ眼の姉さんの顔と妙にマッチングしている。姉さんは歯ブラシを咥えたまま、「面白そうだから行くー」と返事をした。俺は思わずぶっと吹いた。
「行くの!?だ、だって合コンだよ!?」
「行くよー。これから準備して行くー」
ええええええええええ!!!
こんなに度肝を抜かされたのは、地球に隕石が落ちてきた時以来かもしれない。俺は腰を抜かした。冗談抜きに、本当に、リアルに腰を抜かした。だって、あの姉さんがだよ。他人嫌いで、半径1メートル以内に近付いてきた人間には問答無用で回し蹴りをするだなんて豪語していた姉さんがだよ。合コンだってばよ。信じられる?
いや、それとも。姉さんは確かに警察からマークされかねない危険人物ではあるけれど、蓋を開ければ華の女子高生だ。青春真っ盛り言える。多感なお年頃の乙女でもある。異性に興味を持ち、恋の1つや2つしてみたいと思っていたところで何の変哲も____ない、とは言い切れないが、可能性はなきにしもあらず。今になってようやく恋に恋することを覚えたのか。
・・・・・・あんなにブラコンだった癖に。
姉さんはうがいをして口を拭くと、のたくたと洗面所から出て行った。そのまま、2階の自室へと上がり、クローゼットから私服を引っ張り出す。ドアが開いたままだったので、姉の着替えを堂々と見る俺だった。姉さんも別に気にする様子はない。恥じらいもなければ羞恥心もない。男女としても姉弟としても終わっているような気がするが、まあ、そこはそれ。一応、男の俺が見ている前で、姉さんは実に堂々としている。変な人だ。そして姉の生着替えを間近で見続ける俺は、変な人以上に変だ。変態かもしれない。
「本当に行くの?だって知らない人がたくさん来てるんだよ。大丈夫なの」
「いいよ別に。だって、欧ちゃんも行くから」
白いニットに袖を通した姉さんは、濃い色合いのジーンズに足を通す。コートに袖を通し、続いてショルダーバックに携帯や財布を詰め込みながら、姉さんは「早く準備しなよ」言い、顎で指す。俺も行くのかい。どこの世界に姉の合コンについていく弟がいるというのだ。
しかし。姉さんは1度言い出すとと、頑として意見を曲げない。俺にも来いと言うのならば、何があっても来させるだろう。目的のためには手段を選ばない人なのだ。俺もまた、姉さんの申し入れに少なからず安堵した。姉さんがまずいことをしでかさないようにするための監視役としてなら、同行も出来るというものだ。入江さんをはじめ、他校の男子生徒もいるわけだし、これ以上姉さんに変な噂を立てられても困る。仲介役というか、まあ、監視役だ。
それに____気にもなっていたから。あんなに他人との接触を嫌う姉さんが、こともあろうか合コンに行くだなんて。何やら寒気がして、俺はぶるるっと肩を震わせた。
○○○
駅前のファミレスに着くと、中は結構混んでいた。奥のテーブルにいた誰かがひらひらとこちらに手を振り、「玖埜霧さーん、こっちこっち」と大声で呼ぶ。隣で姉さんが「あいつが入江とかいう女」と耳打ちする。仮にもクラスメートの紹介だろうに、えらく辛辣な紹介もあったものだ。ともかく、テーブルまで行くと、さっそく黄色い歓声が飛んだ。
「へー、この子が御影ちゃん?霊感あるってマジなの」
「小倉第一高校の霊感少女って君なんだ。めっちゃ有名だよ。ねえ、寺生まれなの?それとも遺伝的なやつで親も霊感あったりするの」
「まあ、座りなよ。何なら俺の隣開いてるし」
「いやいや、こっちに来なよ」
テーブル席にいたのは男女8人。男4人に女4人。男性陣は、姉さんが美人だからか囃し立てたり、隣に座るように勧めてくる。対し、女性陣は男共の視線を全て持っていかれたためかお怒りのご様子だ。にこにこしているが、目が全然笑っていない。姉さんはふん、と鼻を鳴らし、テーブル席には相席せず、隣の2人掛けの席に腰を下ろす。俺も慌てて姉さんの向かいに座った。場の空気は少し気まずくなる。
「あ、あのね。この子がさっき話した玖埜霧御影さん。クラスメートなのよ。霊感があるって評判の・・・・・・あれ、君は?」
入江さんが今気が付きましたという顔をして俺を見る。俺は「弟です」と軽く会釈した。
「姉さんは恥かしがり屋さんで・・・・・・心配してついてきたんです。すいません、大人しくしてますから。あはは・・・・・・僕のことはお構いなく」
「嗚呼・・・・・・そうなの」
入江さんは困ったような顔をする。まあ、その反応は当然だろう。当の姉さんは挨拶するでも自己紹介するでもなく不愛想にしているし、おまけに弟までついてくるし。恐らくは場を盛り上げるつもりで姉さんを呼び出したのに、盛り上がるどころか白けさせてしまうし。この中で1番ばつが悪い思いをしているのは彼女だろう。
店員が姉さんと俺に水が入ったグラスを持ってきた。店員に「ご注文は」と聞かれても、姉さんは反応しない。見兼ねた俺はドリンクバーを注文した。せっかく注文したからにはと思い、メロンソーダとコーラーを取りに行く。席に帰ってみれば、入江さんが必死な様子で何やら提案していた。
「せっかく玖埜霧さんが来てくれたし。これから1人ずつ怖い話していかない?実際に自分が体験した話でもネットから拾ってきた話でもいいからさ」
燻っていた火が再び燃え上がるように、皆がその意見に賛同した。
「いいね、それ。やろうやろう」
「玖埜霧先生に心霊体験を解析して貰えばいいんじゃないの」
「そりゃいいね。玖埜霧先生、頼みますわ」
「じゃー、最初は私から。これ、ネットで見つけたマジでヤバイ集落の話なんだけど・・・・・・」
女性陣の中の1人が口火を切って話し出す。他の7人がキャーキャー合いの手を入れながら、その場は一気に盛り上がりを見せた。姉さんは実につまらなさそうにコーラを飲みつつ、彼らを横目で眺めている。自分から行くと言っていた割には、全然楽しそうじゃない。会話に混ざる気もないようだ。まあ、大人しくしていてくれるなら、監視役としても気が楽だ。俺もメロンソーダーを飲みつつ、黙って話に耳を傾けた。
集落の話、学校怪談、病院奇談、金縛り、心霊ゲームあれこれ、呪いの話、ヒトコワな話・・・・・・そんな話を一通り聞き、最後に男性陣の1人が「とびっきりの話をしてやるよ。これ、マジだから」と言って語り出した。それまで全く興味がなさそうにしていた姉さんが、ちらと視線を上げたのを俺は見逃さなかった。以下はその人が喋った内容である。
俺の知り合いが体験した話だんだけど。そいつ、遺品整理士をやってるんだよね。遺品整理士って知ってる?簡単に言えば、孤独死した人間の遺品を整理したり、住居の掃除をしたりするアレだよ。最近は多いんだよな、孤独死。独り身とか家庭の問題があったりで、1人暮らししている老人いるだろう。老人に限らず、若者にも増えているみたいなんだけどさ。
夜、寝ている時に急に心臓発作に襲われたとか、或いは病気でずっと寝たきりで、そのまま死んだとか。でも、1人暮らしだから誰もすぐには気が付かないわけよ。けど、人間ってのは生ものだから腐ってくる。そうすれば異臭騒ぎになって、近隣の住民から通報があって発見される場合が多いらしい。大体、死後10日から数週間で発見されるってのがよくあるパターンなんだって。
家族なり親戚なり、身寄りがあるなら遺体を引き取って貰えるけど、そうならない時もある。家族に連絡が取れないとか、絶縁しているから遺体の引き取りを拒否する場合もあってさ。かといって、遺体や遺品をそのままにしておけないだろ。アパートで孤独死されれば他の住民だって気味悪がるし、臭いだってあるし。そんな時に登場するのが遺品整理士だ。
遺品整理士は遺品整理は勿論、遺体の後処理や部屋の清掃を受け持つ。特に部屋の掃除・・・・・・これは遺品整理士泣かせでさ。さっきも言ったけど、人間は生ものだろ。誰にも気付かれずに孤独死した人間は当然そのままだ。布団の中や部屋の中で倒れた状態のまま。その状態が長く続くと、じわじわと腐って体内の腐敗した水分や油分が出てくる。それが布団や床に浸透しちまうんだ。
遺体をどかした後も凄いらしい。黒っぽいような黄色っぽいような人型のシミが残ってて、念入りに掃除してもなかなか落ちない。布団をどかしても、その下の畳や床にまで浸透するくらいだっていうから相当だよな。
その部屋の掃除をするんだぜ。考えただけでもぞっとしないか。つい数週間前までは生きていたから、普通に読み掛けの新聞紙とか脱いだままになっている服もあるし。生きていた痕跡が残る、生々しい現場だ。俺なら、そんな現場には1秒だっていたくない。相当なメンタルの持ち主じゃないと続けられないだろうな。
でさ。ここからが奇妙なんだけど。知り合いの遺品整理士が仕事であるアパートを訪ねたんだ。何でもそのアパートの2階に住んでた60過ぎの老人が孤独死したらしくてさ。身寄りがないからってんで、アパートの清掃を頼まれたんだ。で、もう1人の仲間とアパートに入って清掃してたんだと。遺体を外に運び出して、部屋の中を掃除して、遺品は片付けるなりして作業を進めてたんだけど、1日で終わりそうにないってことになって。その日はキリがいいところで打ち止めにして、1週間後にまた行ったんだ。
借りてたアパートの鍵を開けて中に入ったら、酷い異臭がした。遺体は先週片付けたはずだし、換気もしてあるのにおかしいって、慌てて部屋の中に上がったんだ。
そしたら____首を吊った男が天井からぶら下がってた。その場所はちょうど、老人の遺体があった場所の真上だったらしい。
知り合いは勿論、即座に警察に通報したよ。首吊り死体を見たわけだから、それはまあ驚いたらしいけど、仕事柄死体は見慣れてたからな。我に返って、慌てて警察に通報した。警察のその後の調べによると、首吊り死体となって発見されたのは、孤独死した老人の兄だったらしい。身寄りがないと思ってたけど、唯一の親族として、血の繋がった兄がいたらしくてさ。弟が孤独死したことを何らかのツテで知って、兄として弟を孤独死させてしまったっていう懺悔から、後追い自殺をしたと考えられてるみたいなんだが。
・・・・・・俺はさ。これは孤独死した老人の呪いなんじゃないかって思ってる。詳しく調べたら、どうも兄弟間は仲が悪かったみたいなんだよな。兄のほうが弟に借金をしてたとかで、その金を返す返さないで揉めてたらしい。結局、借金を返して貰えないまま死んだ弟の霊が、兄を呼び出して呪いを掛けた。んで、兄は弟が亡くなった部屋で自殺した。そう考えると、しっくりこないか。
金の怨みって怖いからな、と。その人は話し終え、女の子達は「こわーい」「やだー」とわざとらしく叫んだ。
「多胡浦君の話、めっちゃ怖い。それってガチな話なわけ?」
女の子の1人が言う。彼の名前は多胡浦と言うらしい。全員の注目が一斉に多胡浦に集まる。それに気を良くしたのか、彼はしたり顔で続ける。
「ガチだよ。現にそいつ、そのアパートに行った日から体調壊して入院してるもん。これもまた孤独死した老人の呪いってやつじゃないか。死んだ人間が生前住んでた家に死んだ後も居ついてるって話、聞いたことないか。人知れずに亡くなった孤独な老人が、生きた人間を道連れにしようと今でもそのアパートで・・・・・・」
またしても女の子達が悲鳴を上げる。男性陣たちも流石に怖くなったのか、顔を引きつらせている。すると入江さんが「ねえ、玖埜霧さんはどう思う」と姉さんに話を振った。
「やっぱり孤独死した老人の呪いなのかな。呪いって本当にあるの?」
皆の視線が一斉に姉さんに集まる。姉さんはコーラを静かに飲み終えると、両手を組んでその上に顎を乗せた。その表情はうっすら笑っている。俺も姉さんの答えが気になって、ちらと顔を上げた。
「これは私の勝手な見解だから、信じてくれなくていい。聞かれたから答えるだけであって、証拠や根拠があるわけじゃないから聞き流してほしい」
そう前置きをして、姉さんは口を開いた。
____遺品整理士といえば、孤独死した人間の遺品や遺体を処理する、一見すれば奉仕的な意味合いを持つ職業だけれど、ブラック企業が多いことで有名だ。勿論、全てがブラックというわけではないし、合法な会社も多くある。だけれど、とにかく経費がかさむんだ。遺体の後処理、遺品の整理、部屋の清掃・・・・・・それプラス人件費も掛かる。メンタルに響く職業であるが故に、儲かることは儲かる。だけれども、合法な会社ならともかく非合法な会社はなるべく経費節減をしたいわけ。
経費節減のために、具体的にどうするかというと不法放棄がまず挙げられる。身寄りがないことをいいことに、遺体を山に埋めるなり海に沈めるなりして放棄する。遺品も同じこと。山に埋めるなり海に沈めるなりして、遺体同様に処分する。血も涙もない話だと思うけれど、金儲けのためなら、自分の手を平気で汚す人間は実際にいる。
そこでさっきの話に戻るけれど。いや、これは私の勝手な見解だから信じないほうがいいと思うけれど、その遺品整理士が所属する会社は非合法なほうじゃないかな。正式な手段を踏まず、遺体や遺品を不法放棄している会社。で、依頼を受けて孤独死した老人のアパートを仲間と尋ねた。てきぱきと仕事をこなす。当然、家の中には物言わぬ遺体と遺品整理士が2人だけ____だと思うよね。
そこにもう1人いたとしたら____話は大きく変わってくる。
もう1人っていうのは、孤独死した老人の魂が成仏出来ずに彷徨っていたって話じゃない。生きた人間がもう1人いたってこと。押入れか、トイレか、或いは浴室か。狭い空間に身を顰めて隠れていたんじゃないかな。どうして身を顰めていたのかといえば、不法侵入したとか、盗みに入ったとかそういう理由があったのかもね。老人が死んだことを聞きつけて、隠し財産を狙っていたのかもしれないし。
ところが、アパート内に侵入して物色していると、誰かが入って来た気配がした。誰かさんは慌てて身を隠し、隙を見て出て行こうとしたが、後から来た何者かは何やら作業をしているし、なかなか出て行けない。仕方なく、誰かさんは何者かが作業を終えて出て行くのをひたすら待っていた。
その時、遺品整理士のどちらかがうっかり口を滑らせたのかもしれない。遺体や遺品の不法放棄について、或いはそれを連想させるワードを出しちゃったとかね。ま、この場所にいるのは自分達と遺体しかいないって思っていただろうから、それも分かるけれど。
これが偶然にも、運悪く潜んでいた誰かさんの耳に入ってしまう。誰かさんは怖くなって逃げ出そうとしたか、或いは清掃中に見つかったかして遺品整理士の手に落ちた。これが世間体に露呈すれば、まずいことになる。立派な遺体遺棄だしね。
それを恐れた遺品整理士の1人が、或いは仲間と2人で共謀してか、誰かさんを殺してしまう。誰かさんの遺体も不法放棄しようとも考えたが、1度に2人の人間の処理をすることは大変だろうという話になったのか、或いは会社にバレるのを恐れてか、自殺を装って首吊りに見せ掛け、自分達は仕事が片付かないことを理由に、一旦は引き上げる。そして1週間後に来訪し、まんまと遺体の第一発見者を装った____というのが、事のあらまし。
どう?孤独死した老人の霊とか、呪いとか、そんな話よりもよっぽどリアリティーがあると思わない?全ては生きている人間の仕業で、霊の類は一切関連していなかったとしたら____
なんてね、と。姉さんはにこりと笑って話を終えた。その場にいた全員がとてつもなく引いていることが分かった。皆、何とも言えない目をして、強張った表情のまま姉さんを見ている。若い世代の客で席が埋め尽くされていて、お喋りや笑い声で賑やかなファミレス内が、一瞬水を打ったように静寂になる。
「ま、まるで見てきたようなこと、言うね・・・・・・」
多胡浦が引き攣った笑顔を浮かべ、そう言った。姉さんは手を手刀の形にして振り、「まさか」と答える。
「私自身がその場を見てきたわけがないでしょ。今の話は、一部始終を知っている誰かさんがぶつぶつ喋っているのを盗み聞きしただけ____だったりして」
多胡浦はギョッとして、自分の背後を振り返る。入江さんや他の女の子達は気味悪そうに顔を見合わせ、男達は気分を害したのか口元に手をやったり、苦虫を噛み潰したように飲み物を口にしていた。この先どうやっても、この場は盛り上がることはないだろう。そんな気がした。
姉さんはカタリと席を立ち、「それじゃあ、お先に」と言って俺を連れてレジへと向かう。姉さんが会計をしている時、ふとテーブル席のほうを見れば、全員が死んだような顔になってうなだれているのが見えた。あの人達もじきに解散するだろう。合コンのお約束として、最後に連絡先を交換するらしいけれど、あの状態ではそれすらも無理な気がする。何だか申し訳なくなり、誰が見ているわけでもないとは思うけれど、ぺこりと会釈をし、俺達はファミレスを出た。
ファミレスを出た後、俺は真っ先に姉さんに尋ねた。
「ねえ、さっきの話は本当なの」
姉さんはうーん、と首を傾げていたが、にっと笑った。人前でする建前的な笑みではなく、心を許せる間柄だからこそ見せてくれる自然な笑みだった。
「嘘でも本当でも、そんなことはどちらでもいい。要は入江をはじめ、その周囲の人間が今後一切私に関わらないように取り計らってくれればそれでいい」
それを聞いて、多分姉さんの望んだ通りになるだろうということは察しがついた。入江さんにしてみれば、合コンを盛り上げようとあの手この手を使って策を弄していたようだが、結局はその場を白けさせただけだった。あんな話を聞いた後でも、まだ合コンを盛り上げようとするタフな人間があの場にいたとは思えない。彼女にしてみれば、不名誉もいいところだ。
入江さんは恐らく今回の1件で完全に姉さんとは決別した。素敵な出会いを期待して行った合コンをぶち壊されたわけで。少なからず怒っているだろうし、今後は関わりを持とうとはしなくなるだろう。それもまた姉さんの計算だと思うと、やっぱり1番怖いのは姉さん自身だと思った。
その時、ふと思った。姉さんや入江さんが通う小倉第一高校で評判の噂。まるで感染病のように他行にも広がりつつある姉さんの噂の発端というのが、姉さん自身ではないのだろうか、と。今回の1件で入江さんは姉さんのことを友人に言いふらすだろう。それも悪評高く、悪口として。女の子達の大好物と言えば、恋愛にスイーツ、そして噂話なのだから。
入江さんから話を聞いた人がまた違う人に話をする。その人がまた違う人に話をしていき、そしてまたその人が・・・・・・と。噂話は尾ひれを付けながら大きく成長し、近辺の高校にも耳に入るようになる。そうすれば、誰もが関わり合いにならないようにと配慮するだろう。姉さんは自分の評判が下がることなど一向に構わないのだ。嫌われようが蔑まされようがどこ吹く風。この人は昔からそうなのだ。他人という他人を毛嫌いし、寄せ付けない傾向にある。姉さんに言わせれば、「欧ちゃんとお父さんとお母さんがいれば、それでいい。他はいらない」だそうだから。
霊感があるという人間は、それだけで注目を浴び、好奇の視線に晒される。入江さんのあの言い方だと、小倉第一高校では姉さんの噂は深く深く浸透しているのだろう。噂を聞きつけた小倉第一高校の誰かから、面白半分に言い寄られたり、霊感体質の真偽を尋ねられたりしていたのかもしれない。今回の入江さんのように。
それらを避けるために、姉さんはああして作り話をこしらえ、吹聴することでバリケードを張っているのかもしれない。他人が自分を怖がるように。そして近付かないようにするように。
全ては自身の保身のために。他人からの接触を阻むために。
そこまで考えたところで、急に左肩がぎゅーんと掴まれたように痛くなった。あまりにも痛くて右手で抑える。すると左耳にぼそりと誰かが耳打ちした。
「・・・・・・作り話だと思ってんのか」
俺はぶるるっ、と肩を震わせた。それは外気があまりにも寒かったからではない。
作者まめのすけ。