由香里が死んだ。
彼女は6つ年下の幼なじみで、高校を卒業したばかりだった。
母親からの知らせを受けて、慌てて嫁を連れて帰国したのだが、死因は首を吊っての自死だった。
遺書などはなかったらしいが、事の理由は容易に想像がつく。多分、いや間違いなく俺が原因だろう。
由香里とは高校を卒業したら一緒になろうと固く約束をしていた。しかし俺は突然の海外赴任を命じられた。
赴任して間もなく、得意先の富豪の娘と恋仲に堕ちた。
俺の何が気に入ったのかは分からないが、彼女の方からの猛烈なアプローチを受けて付き合う事になった。
ハリウッド女優のような美しい容姿と、気品の高さに俺はもうメロメロだった。
そして由香里には内緒で籍を入れた。
俺は卑怯にも、直接由香里に話す事が出来ないままに携帯番号を変え、一切の連絡を絶っていた。
もちろん、日本に帰国してからちゃんと説明はするつもりだった。だが、遅かった。
由香里は死んでしまったのだ。
不思議と涙は出なかった。
最低だと思われるだろうが、どこかホッとしている自分がいた。
そして、その日から俺は度重なる怪現象に悩まされる事となる。
突然、今まで一度も経験した事のなかった金縛りにあい、唯一動く瞼を開くと暗い天井に死んだ筈の由香里が音もなくベタリと張り付いている。
顔だけを器用にこちら側に向けて、何を言う訳でもなく血走った両目を光らせているのだ。
朝、全身にべったりと張り付いた寝巻きを剥ぎ取り、シャワーを浴びながらあれは夢なんだと何度も自分に言い聞かせる。
嫁のジェシカが心配そうにバスタオルを渡してくれた。
ジェシカいわく、俺はアレを見るようになってからというもの毎晩のように朝まで魘されているらしい。
どうりで全く寝た気がしない筈だ。
やはりあれは夢なんかではなく、由香里が怒っているのだろうか。
親に挨拶がしたいとの理由で一緒に日本へとやって来たジェシカ。
彼女には由香里と結婚を約束しあったまでの仲だという事は内緒で、ただの幼なじみだという事にしている。
ジェシカの作ってくれたハムエッグを向かい合って食べていると、リビングのカーテンが不自然に揺れているのに気付いた。
おかしい、窓は全て閉まっている筈だ。
するとキーンと耳鳴りが走り、カーテンの裏手からのそりと由香里が出てきた。
その瞬間、俺は座った状態のままで金縛りにされた。
由香里の首は異様に伸び、体は透き通っていて向こう側が見える。
脂汗をかきながら必死に訴える俺を察してジェシカも辺りを見回すが、彼女には由香里の姿が見えていないようだ。
由香里は滑るようにジェシカの背後へ立つと、白く華奢なその両手でジェシカの首をキリキリと締め始めた。
ジェシカは苦しみながら椅子から転げ落ち、尚も馬乗りになって首を締め続ける由香里を振り払おうと宙に向かって必死に手を振り回している。
ジェシカの顔はみるみる紫色に鬱血し、口から泡涎を吹き始めた。
そして、ジェシカの両手がフローリングにペタリと落ちて体全体が痙攣を始めた頃、由香里の顔がぐるりとこちらを向いた。
…
…
ジェシカの声で目を醒ますと、もう時計は昼前を指していた。どうやらまた悪夢を見ていたようだ。
やはり由香里に対する負い目が、こうして毎晩のように夢に表れているのだろうか?
しかし、こう連日のように夢に出られてはたまったものではない。
美しい妻を抱き締める。
ジェシカが無事で本当に良かった。
今日は両親と食事をとった後、20時の便でジェシカと共に日本を立つ予定だ。
式も向こうで挙げる事だしこれで当分は日本へ帰ってくる事もない。少々後ろ髪を引かれる思いだが俺にもこれからの生活がある。
裏切った形になってしまった由香里には本当に申し訳ないが、いつまでも立ち止まってはいられない。
連日続いたこの悪夢も今日で終わってくれればいいのだが…
帰る前にもう一度だけ由香里に手を合わせてから帰ろうか。
…
…
結局、思いのほか食事が長引き、由香里の家に寄る事を言いだせないまま、空港まできてしまった。
見送る両親に別れを告げて、搭乗口から飛行機へと乗り込む。
指定の席につき、窓の外を見ると両親が手を振っていた。
飛行機は無事に離陸し、いつの間にかトイレから帰ってきていたジェシカが首に巻きつけていたストールを外し、座席に腰をつけていた。
今まで気付かなかったが、ジェシカの首には紫色に変色した痛々しい締め跡が浮き出ていた。
「お、おまえそれどうしたんだ?」
ジェシカは驚く俺の目をジイと見つめながら、流暢な日本語でこう言った。
「これからもずっと一緒だよ…アキト」
そう言うとジェシカはゆっくりと立ち上がり、CAさんが止めるのもきかずにフラフラと機長室がある首尾の方へと歩いていく。
美しいジェシカのブロンドの髪は、セミロングの黒髪に変わっており、その後ろ姿は透き通っていた。
由香里
お前は一体何をするつもりなんだい?
【了】
作者ロビンⓂ︎
敬愛するよもつ先生に捧げます…ψ(`∇´)ψげーシャシャ
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