ある日、少女は子猫と出逢った。
ジャングルジムの中で弱っていた、真っ白な子猫ちゃん。
少女は家で飼いたいと母親に頼み込んだが、喘息持ちの弟がいる為、それは出来ないと許して貰えなかった。
しかたなく、少女は一目のつかない神社の軒下にダンボール箱を置き、厚手のタオルケットで寝床を作り、その中で子猫を育て始めた。
毎日ミルクを与え、暗くなるまで一緒に遊んだ。
子猫も少女によく懐き、彼女の足音が聞こえると「にゃーん」とダンボールの縁に手をついて抱っこをせがんだ。
しかし、子猫を屋外に放置するという事は、常に命の危険と隣り合わせだという事に少女は気づいていなかった。
その日、いつものようにミルクを持って神社に向かった少女が見たもの。
それは、大きな黒い鳥に腹をつつかれ、ピンク色の内臓を引きづり出された無残な子猫の死骸だった。
少女は泣きながら鳥達を追い払った。
「病院に連れていかなくちゃ!」
もう動く事のない、少し硬くなった子猫の亡骸を抱いて走る。
少女は周りが見えない程に焦っていたのだろうか。
神社の敷地内から一歩踏み出た時、すぐ真横から迫りくる、砂利を積んだ大きなダンプカーに気づいていなかったのだ。
季は過ぎ、少女は17歳になっていた。
あの時失った腰から下の代わりに一命を取り留めた少女は、とても美しい女性へと成長していた。
息を呑むほどのその美しさに、噂を聞きつけた隣り街の学生達が、彼女を見にくる事もしばしばあったという。
最新の電動式車椅子で学校へ通う彼女は、下半身ともう一つ、あの事故で失ったものがあった。
声だ。
声帯は少しも傷付いていないにもかかわらず、ショックからか、あの日以来、一言も声を発する事が出来なくなってしまったのだ。
コミュニケーションは主に手話を使ってきたが、最近になって喉の微妙な動きを読み取って音声化する、自動音声システムを搭載した便利な物が開発され、彼女はそれを使って、友人や家族との簡単な会話のやり取りをしていた。
『 ト イ レ イ キ タ イ 』
いくらフルフラットのバリアフリーに改装してくれたとはいえ、用を足すには車椅子から便座へと移る時に、どうしても母や、他の人の手を借りなくてはならない。
私は一生、誰かの手を借りないと生きていけない。
その思いが、思春期を迎えた彼女の小さな心を締め付けていた。
クラスメイト達は、不自由な彼女を気遣い優しく接してくれる。しかし、その腫れ物に触るような優しさが逆に辛い。
仲良くしてくれている子達は、今日学校が終わったら皆んなでボーリングにいくそうだ。
もちろん、私は誘われない。
私も自由に友達と話したり、カラオケにいったり、ショッピングしたり、恋愛がしたい。
当たり前の事が出来ない自分が歯がゆい。
自分よりももっと重い障害をもった人がいる事は知っている。
私はまだ幸せな方なのかな?
命が助かって本当に良かったねと母は言うが、こういう時、本当にそうなのかと思ってしまう。
もしあの時、猫ちゃんを見つけていなかったら? もう少し冷静に周りに気をつけていれたなら、私はもっと違う、幸せな人生を歩めていたのかしら。
こんな惨めな人生を歩むくらいなら、いっそあの時…
彼女のそんな思いは、日に日に膨らんでいった。
そしてある寒い日の午後、彼女の姿を見にきていた上級生の一言が、彼女の日頃抱いていた思いに拍車をかける事になった。
「あの子が噂の達◯女か」
彼女はその日、いつも母親が待っている正門には向かわず、裏門から学校を出た。
距離にして2キロの道のりを車椅子で進み、快速待ちをしている遮断機を上げ、線路内に進入した。
周囲の呼び掛けにも一切反応せず、彼女はあの日一緒に事故に巻き込まれて死んだ、白い子猫を抱き締めて微笑んでいた。
『 ニャ ア ア ア ア ン 』
それから数年の時が過ぎた頃、この駅周辺で恐ろしい噂が流れ始める。
満月の夜、イケメンを見つけては下半身のない女が這いずりながら奇声(猫の鳴き声)を上げて、口裂け女顔負けのスピードで追いかけてくるというのだ。
推定時速は最高で40キロ。
逃げ切るのは不可能である。
一度目を付けられてしまうと「ある言葉」を言うまでは、いつまでもいつまでもストーカーの様に追って来るらしい。
テケテケと走るその様子から、彼女に付けられた名前は「テケ子」。当時は町中のイケメン達が震え上がったという。
しかも、最近になって全国各地でテケ子の目撃情報が寄せられる様になり、どうやらテケ子は日本中のイケメンをストーキングしようと目論んでいるようだ。
男性経験なくして、この世を去った初心な彼女から逃れるその言葉。
もしもの時に備えて、イケメンの貴方にだけそっとその言葉を教えておこう。
その言葉とは。
「君、可愛いね♡」
です。
夜道の一人歩きにはお気をつけ下さい。
【了】
作者ロビンⓂ︎
テケテケテケテケ…ψ(`∇´)ψ
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