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その日、仕事帰りの俺は、深夜の住宅街を家へと向かっていた。
真っ直ぐ伸びた薄暗い道を、トボトボと歩く。
街灯がポツン、ポツンといいかげんな間隔で設置されている。
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俺はなんとなく、足元を見ながらトボトボと歩いていた。
ふと視界に、道路にチョークで描かれた図形が飛び込んできた。
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はじめにひとつ。
○
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次もひとつ。
○
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次はふたつ。
○○
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ーーははあ。
俺は気が付いた。
懐かしい、これはケンケンパの円だな。
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見れば円は道のずっと先まで続いている。
俺はなんとなく、それを目で追いながら進んだ。
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○(ケン)
○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○(ケン)
○○(パ)
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頭の中で口ずさみながら、俺はトボトボ歩く。
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○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○(ケン)……
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○○○
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ーーって、オイ!
俺は思わずツッコミを入れた。
なんだその第3の足は!
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まあ、子供のすることだ。目くじらを立てるようなことでもない。
俺も子供の頃、似たようなことをした覚えがあるし。
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気を取り直して再び進む。
円は間隔が広くなったり狭くなったり、大きさが大きくなったり小さくなったりと、実に気まぐれな感じで続いている。
ーーしかし、根気の強さだけはすごいもんだな。もう随分長いのに。
俺は少し感心してしまった。
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○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○○(パ)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
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○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
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ーーコイツ、鬼だな。
ずっと続く片足エリア。
実際自分が挑戦したら、すでに脱落していたであろう。
体重の軽い子供ならいざ知らず、脂肪もたっぷりついて運動不足な自分にしたら、このケンケン地獄を生き延びる術はない。
ーーハア、ダイエットしよ。
小さくため息をついた、その時、
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shake
ギャアアアアアアアあアアアアアアああアアアアアアアアアアアアあぁアアアアアアあアアアアアアあアアアアアアアアアぁアアアあぁアアアアアアぁ‼‼‼
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身の毛のよだつような悲鳴が背後から覆い被さってきた。
続いて、
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shake
ボリッ
shake
ガリッ
shake
ボリボリッ
shake
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリッ
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口の中でラムネを噛み砕いた時に、頭の中で響くような、そんな音が聞こえてきた。
思わず背後を振り返る。
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そこには何もいなかった。
暗い夜道。
その先に、若干黄色がかった街灯の光に照らされた、線路の踏切だけがあった。
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そして、遮断機の脇に添えられた、小さな花束だけが。
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円はどうやらその辺りから、このケンケンゾーンに入っていたらしい。
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俺はしばらく踏切から目を離せずいたが、やがて前へ向きなおった。
俺の前にはいいかげんな間隔の街灯に照らされた、暗い夜道が真っ直ぐに伸びている。
そしてチョークで描かれた円もまた。
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○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
○(ケン)
作者綿貫一
こんな噺を。